【仙台発】本当にこの地で、あの忌まわしい巨大地震が起きたのか――。東日本大震災から1か月が過ぎた4月13日、記者は北東北の経済中心地、仙台市を訪れた。桜の花開く春の陽気のなかで、震災と向き合いながら、自社の事業継続と地域の復旧・復興に懸命に取り組む地場ITベンダーの声を拾い、いまIT業界がやるべきこと、できることは何かを考えた。

中心地区は損壊なし、仙台の街は明るい

 地元IT業界の事務所が集まる青葉区の宮城県庁周辺。一部のオフィスビルに壁のひび割れやタイルの欠落が見られる程度で、外見上はここをマグニチュード9.0の地震が襲ったとは思えない。計画停電や電力供給不足の影響がある関東地区に比べると、コンビニエンスストアの看板や照明が消えている店を探すのに苦労するほど。青葉区中央の仙台朝市通りは平常時よりやや人通りが少ない程度で、店には青果物や魚介類、野菜などの食材が溢れていた。タクシー運転手は「震災前とお客さんの数は変わらない。飲食店が夜早く閉まるので、その影響がある程度」と、笑顔で話してくれた。
 

仙台市青葉区の仙台朝市通り。モノは溢れ、人も多いが、売れ行きはよくない雰囲気だ

 市内中心部に、倒壊したビルは見当たらない。1972年竣工のビルですら、外壁にひびが入った程度。日本のビルの頑丈さを改めて思い知った。それでも、ビルのなかに入ると、ところどころにひび割れなどの被害が目に入る。築年数二十数年のビルに入居する受託ソフトウェアベンダーのアテネコンピュータシステムは、応接室の白い壁に大きな亀裂が入るなどの被害で、事務所の維持が難しいと判断。鈴木利信社長は「社員の安全を守るため、近く新築のビルに引っ越す」と、移転を決意した。全社員が揃って通常営業を再開したのは3月23日。「地元案件は落ちる一方だが、東京の製造業案件は昇り調子」と、当面は収支とんとんで事業を継続できるという。
 

宮城県情報サービス産業協会(MISA)の穴沢芳郎事務局長
 

影響は軽微、ほぼ正常に戻る

 宮城県情報サービス産業協会(MISA)が、約150社の会員ベンダーの半数から被害状況を聞き取ったところ、社員の死亡・行方不明はゼロ。ただし、社員の家族で亡くなった方が11人、家屋の流出などの損壊が48件に上った。仙台市内のライフラインは、電気と水道は数日で復旧し、ガスは最近ようやく使えるようになった。MISAの穴沢芳郎・常務理事事務局長は「被害が大きかった地区もあり、また市内の交通が寸断されたことで、社員が出社できないなど影響は出ていたが、いまはどのベンダーもほぼ正常に戻っている」と、現状を語ってくれた。ただし、営業は再開できたものの、現状は被害を受けた既存顧客の対応に追われているベンダーが多い。受託ソフトウェアベンダーのコンピュータシステム開発の佐藤公幸社長は、顧客対応に追われるなか、記者の質問に「業務再開が遅れた分をいま取り返しているところ」と答えてくれた。
 

サイエンティアの荒井秀和社長

 自治体や大学向けに人事・人材・給与・労務管理パッケージを提供するサイエンティアの本社は、市内中心部から車で約30分、泉区の丘の上にある。地震が起きた3月11日、同社の荒井秀和社長は東京にいた。東京から社員や家族の安否確認を行い、仙台に戻ってきたのは14日。社員には数日間の自宅待機を命じたが、3月16日には営業を再開した。ただ、食糧供給量が少なかったため、昼食は事務所前で炊き出しをしたという。

 サイエンティアでは、3月末納期の大学向けの中型案件が進行していた。荒井社長は「人事・労務管理システムの検収段階で、最終的な納品日を決めようとしているときに震災にあった」という。納品は延期されたが、同社の期末にあたる6月には納品できる予定で、「幸いにも、今期の収益に対する影響は軽微」と安堵の表情をみせた。同社の国立大学向けパッケージ「U-PDS」は全国シェアが65%に達する。ただ、「国の予算が復興資金に充てられ、先行きは不透明になってきた。来期は売上高で2割程度の減収を覚悟している」と、減収分をかつての主力だった受託ソフト開発で賄い、当面の売上げを確保していくという。
 

SRA東北の阿部嘉男社長

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