クラウド/SaaSビジネスの立ち上げに際して、販売管理や契約管理の仕組みづくりや課金体系の設定といった壁がベンダーの前に立ちはだかる。この特集では、クラウドビジネスを強力に推し進める事例を紹介する。
クラウド商流と
課金体系の確立を目指せ
サービス事業者(メーカー)やSIerは、クラウドサービスの提供にあたって直面する課題への対応に四苦八苦している。クラウド商流と課金体系の確立を迫られているのだ。
“流通の中抜き”は杞憂 初期のクラウドサービスでは、サービス事業者とユーザー企業の間で直接契約を結ぶ“流通の中抜き”が起きるのではないかといわれていた。しかし、必ずしもそうではないことが明らかになっている。
中堅・中小企業(SMB)向けにクラウドサービスを提供するにあたって、サービス事業者が直面する課題としては、(1)ユーザー企業へのサービスの認知、(2)システム構築と運用、(3)契約と課金体制の構築──などがある。具体的には、ユーザー企業のサービス選定の支援やアカウント登録、既存システムとの連携、与信管理、代金回収といった案件に対処する必要がある。
これらのすべてにサービス事業者が単独で対処するのは難しい。SIerやディストリビュータの存在価値は高まっているのだ。ただし、業種特化型で独自のノウハウを蓄積して直接販売に注力する動きは現にあるし、商流を整えれば“売れる”わけではない。クラウドサービスに応じた商流の確立が求められている。
当然ながら、パートナービジネスあるいは直販ビジネスを展開するにあたっては、クラウドサービスの重要な要素となる課金体系、価格別のサービスプランが求められる。次ページからはサービスプランに焦点をあて、各社の事例を紹介する。
ビープラッツの着眼点
商流の構築を支援する
サービス事業者などが抱える契約管理、販売管理の仕組みづくりなどの課題に商機を見出したビープラッツは、クラウドの流通や販売支援サービス、月額課金、従量課金サービス、宣伝・告知の仕組みをサービス事業者やディストリビュータに提供。具体的には、サービス化支援・業務支援の「B Series」と販売支援・マーケティング支援の「SaaSPalats」というプラットフォームを用意している。
「B Series」は、「サービス販売額の算出機能」「月額課金や従量課金などの請求金額算出機能」「サービス会員向け契約内容確認サイトの構築機能」「サービスポイントの発行と管理機能」「ポイント発行に基づく課金」「アイテム課金」「月額料金の管理」など、必要な機能をオプションとして選択することができるし、APIを利用して自社の基幹システムとの連携もできる。
販売パートナーを経由した再販モデル(仕入と卸額の管理)や取次モデル(パートナーに応じたリベート管理)などにも対応できる。価格は個別交渉だが、月額約10万円+初期費用からとなっている。
サービス事業者のほか、MVNO(仮想移動体通信事業者)などの通信事業者、ECモール運営事業者、ネットゲーム事業者、ソーシャルアプリ事業者などを対象に提供している。すでに、10社ほどがクライアントになっているという。
篠崎明副社長COOは、「競合は自社開発システムだ」と話す。クライアントは、クラウドサービスの展開に欠かせないノンコアな管理業務には「B Series」を採用し、本業であるシステム開発などにリソースを集中することが有効だとしている。
サービスプランが
競争力を生む
課金体系、価格別のサービスプランの策定には、いくつかの道筋がある。本特集で紹介するのは、主に三つ、すなわち(1)技術先行で、まずは開発してみる、(2)試行錯誤を重ねて、順次サービスプランを追加する、(3)検証を重ねてサービスプランを事前に詰める──である。
価格体系を業界標準に TDCソフトウェアエンジニアリングは、カメラ付き携帯電話を活用するモバイルクラウドソリューション「HANDyTRUSt」の製品・販売強化に乗り出している。
「HANDyTRUSt」開発のきっかけは、2000年にJ-Phoneがカメラ付き携帯をリリースし、写メールが流行し始めた2001年のこと。携帯電話でバーコードを読み取り、データ送信する物流業界向けソリューションの提供を検討し始めた。
完成したプロトタイプは「貨物追跡システム」として展示会に出品。その展示会で、JM(当時は前田建設工業リテール事業部)の担当者から「バーコードよりも写真のほうがいい」との感想が寄せられ、方向転換を図った。磯谷修平・業務推進本部事業戦略企画室部長は、「JMから要望を吸い上げて『HANDyTRUSt』を開発し、主に建設業向けに販売を始めた」と経緯を説明する。
当時は携帯電話の仕様などで制限があり、サービス化の障壁は低くなかった。例えば、携帯電話のメールは画像を一度に1枚しか送信できなかった。タイムスタンプにも課題があった。携帯電話の内蔵時計では、写真の送信時刻に誤差が生じてしまうからだ。
こうした課題に対しては、複数枚撮りだめし、まとめて送信できるように工夫した。また、ASPサーバーと連携してサーバー側で時刻を記録することで、誤差が生じないようにした。
「Ver.0」の完成は03年6月。「カメラ」「携帯アプリ」「パケット通信」とサーバー側の機能である「GPS」「タイムスタンプ」「XMLによる帳票作成」「各種管理機能」を組み合わせて、ASPで提供する「HANDyTRUSt」が誕生した。
初期費用(ドメイン開設料)は5250円で、携帯電話のみの利用ライセンスは、1ユーザー月額1050円から。最低契約料金は月額1万500円から、契約は6か月単位とした。磯谷部長は、「当時は、携帯電話を活用したASPの前例がなくて、価格設定に悩んだ。後発の競合は、この価格を参考にしているのではないか」と打ち明ける。毎月3000台の利用を超えれば、黒字化できると踏んだ。現在は、150社5000ライセンスの利用実績をもつ。
直販が8割強を占めているが、パートナービジネスを伸ばすことに意欲をみせる。Android版で新たに独自のPaaS基盤「Trustpro」を採用。APIを利用し、既存の基幹システムなどと連動させて、アプリを構築できる。國政仁・営業本部営業企画部部長は、「すでにCRMのテンプレートなどを用意している。当社の業務システムはすべてTrustproで動作させたい」と意気込む。河合靖雄・取締役執行役員営業本部担当業務推進本部長は、「代理店フィーを高くして自社利益を少なくしても、バックエンドのビジネスにつながれば新たな収益基盤になる」と期待する。複数のサービスを組み合わせた料金については、今後詰める方針だ。
試行錯誤を重ね、プランを整備 ピー・シー・エー(PCA)は、強固な販売網を維持しながらもクラウド事業を軌道に乗せた、SMBに強い業務アプリケーションベンダーだ。
2009年6月、SMB向けのSaaS型業務アプリケーション「PCA for SaaS」の黒字化を成し遂げた。2008年にサービスを提供開始した当初は、対応機器を購入し、さらにサーバー利用料を支払う「買取プラン」だけを用意していた。その後、初期費用なしで月額利用料だけで利用できる「イニシャル“0”プラン」を開始。続けて、ユーザー企業が数か月単位の利用期間を選択できる「プリペイドプラン」を追加した。
「買取プラン」に対しては、「クラウドではない」という声が寄せられていたという。「イニシャル“0”プラン」は、こうした声を受け止め、クラウドのメリットを享受できるものとして提供を開始した。ただし、販売店のクラウド対応の促進や利益を考慮し、「プリペイドプラン」を追加したという経緯がある。折登泰樹専務は、「今期に入ってから買い取りは1件もない」と実状を語る。
2011年6月末の段階で、買取プランは17.7%、イニシャル“0”プランは71.6%、プリペイドプランは10.7%。累計で約800社のユーザー企業を抱えており、CAL数は2000強に上る。最も引き合いが多いのが「PCA商管9V.2R7 for SaaS」と「PCA商魂9V.2R7 for SaaS」で、「PCA会計9V.2R7 for SaaS」が続く。2008年5月30日からの累計平均稼働率は99.9837%(2011年7月24日時点)だ。
「PCA for SaaS」は、パッケージと異なる売れ行きをみせている。「当社パッケージの7~8割はクラウド環境に移行すると予想していたが、他社からのリプレースが多い。新規導入が難しい市場環境で、新規が多いのが特徴だ」と折登専務は語る。
SMBがクラウドに抱く期待 SMB市場のクラウド動向を調査したノークリサーチによると、「SaaS/クラウドの課金体系について望ましいものとは」という質問に対し、「システムの規模をあらかじめ決定し、システム全体で固定された金額を支払う課金体系」が42.4%、「利用料の測定基準(消費メモリ単位など)が定義され、従量制で算出される課金体系」が30.1%、「ユーザー1人あたりの単価が固定されており、ユーザー数を乗算して算出される課金体系」が26.7%、「利用基準(投資対効果など)を事前に設定し、その達成度で金額が決まる成功報酬体系」が19.8%だった。
岩上由高シニアアナリストは、「SMBは、必ずしも従量課金に期待しているわけではない。低価格で利用できることを求めている。使った分の変動費を読みづらい場合、収益圧迫要因となり得るからだ」と指摘する。
最も支持を集めた「システムの規模をあらかじめ決定し、システム全体で固定された金額を支払う課金体系」は、考え方としてはクラウドというよりもシステムのアウトソーシングの延長であるが、SMBがユーザー数の増減に応じた課金や従量課金を必ずしも歓迎しているわけではないという実状が浮き彫りになった。
[次のページ]