シスコは囲い込みで事業を拡大
製品戦略やパートナー支援で違いを打ち出す シスコシステムズの参入は、製品戦略やパートナー制度が国産メーカーとは異なるプレーヤーが、小規模企業向けのネットワーク機器市場に現れたことを意味する。ここでは、シスコの「スモールビジネス」の事業概要を解説し、シスコと国産メーカーの相違点を考える。
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シスコシステムズ 前川充マネージャ |
シスコシステムズが2010年10月に開始した「スモールビジネス」は、「高性能な従来の企業向け製品と、低価格の一般消費者向け製品の中間のニーズを狙っている」(シスコシステムズ パートナーマーケティング スモールビジネスマーケティングマネージャの前川充氏)という。性能と機能を必要十分なレベルに抑えて、5万円前後との低価格を実現したルータやスイッチ、ワイヤレス製品などを提供している。1次販売店はダイワボウ情報システムとソフトバンクBBの2社で、2次販売店としてシスコシステムズがこれまでおよそ600社を新規で獲得してきた。
「スモールビジネス」は組織面において、エンタープライズ(大手や中堅の企業)やパブリック(公共)、サービスプロバイダに並んで、事業展開のターゲット市場をはっきりと定めたセグメントであることが特徴だ。シスコは、従業員数5~99人の企業を「スモールビジネス」のターゲットに設定している。一方、ヤマハやバッファロー、アライドテレシスといった、小規模企業向け市場でシスコの競合となる国産メーカーは、「小規模」や「中堅中小」のようなセグメントを設けておらず、幅広い展開のなかで小規模な企業を含めたSMBに対して事業展開している。
国産メーカーは
「影響ない」と平静を保つ  |
シスコシステムズ 高村徳明部長 |
また、シスコの「スモールビジネス」は特別に日本市場に合わせてつくったビジネスモデルではないことも、国産メーカーとの相違点となる。シスコは「スモールビジネス」を欧米とはじめとした世界各国の市場で展開しており、グローバル展開の一環として、昨年、日本市場で事業を開始した。同社は現時点で、事業開始からまだ約1年しか経っていないこともあって「『スモールビジネス』はマーケットシェアが低く、全社売り上げに貢献するまでには、まだ時間がかかる。より広い販売網やパートナー支援が必要だ」(前出の高村部長)との課題に直面している。
国産メーカーは、シスコの市場参入が自社のビジネスにほとんど影響を及ぼさないとみて、落ち着いた態度を崩さない。ヤマハは、「シスコは今回、SMBのなかでマーケットを仕切り直しただけで、新規参入というより、戦略のリセットだ。以前とそれほど変わらない」(サウンドネットワーク事業部技術開発部企画・知財グループの平野尚志企画担当課長)と見解を述べる。アライドテレシスは、「ルータに関していえば、当社と製品力に差がある。シスコは開発部隊が米国にあるので、日本市場の細かなニーズには対応できない。だから、当社の売り上げには影響しない」(プロダクトマーケティング部の西隆次課長)と自信満々だ。
小規模企業の市場開拓に注力しているシスコシステムズと、この分野で長年の実績をもっている国産メーカー。両者の違いは何か。「製品戦略」「営業の体制」「パートナー支援」の3点に沿って、各社の特徴を浮き彫りにする。
ユーザー企業の視点
導入・運用のサポートに不安 シスコシステムズは、ネットワーク機器のユーザー企業に向けて、シスコの強いブランドによる信頼感に加え、専用サポートセンターや無償のウェブ上管理ツールなどの運用・管理サポートが充実していることを「スモールビジネス」製品の利点としてアピールしている。では、ユーザー企業は大手メーカーの製品に何を求めるのか。ノークリサーチが、年商規模500億円未満のユーザー企業738社(IT企業を除く)を対象に、大手メーカーによる低価格IT機器に感じるメリット/デメリットについて意識調査を行った。
ノークリサーチの調査では、メリットについては「大手メーカーから提供されることでの安心感・信頼感がある」と回答した企業が最も多い(45.5%)。この点では、シスコのマーケティング戦略とユーザー企業の意識が合致している。一方、デメリットについては、28.9%とほぼ3割の企業が、「価格が安いため、導入・運用におけるサポート面において不安がある」と答えている。シスコシステムズなど大手メーカーがどのような支援を用意しているかが、ユーザー企業には伝わっていないようだ。メーカーは啓発活動に力を入れる必要がある。
また、大手メーカーの低価格IT機器を導入するとした場合に購入先として最も望ましいものについては、「大手メーカーから直接購入したい」(32.2%)、または「すでに取引のある販社/SIerから購入したい」(44.2%)と回答した企業が過半数を占める。直接販売を望む企業は多いものの、既存の販社/SIerに依存するSMBの割合が高く、半分近くを占めていることがわかる。大手のIT機器メーカーは、SMBとパイプを太くしている既存のSIerを販売チャネルとして獲得することが、低価格機器の販売拡大につながる近道になりそうだ。
Point 1 製品戦略
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アライドテレシス 杉山一郎氏 |
シスコは、販売中のルータやスイッチに加えて、来年をめどにセキュリティ関連やコミュニケーション関連の製品を投入し、「スモールビジネス」の製品ラインアップを徐々に拡大していく。大手企業向けの製品戦略と同様に「スモールビジネス」でも、ネットワークに必要な機器をすべて網羅して、複数の機器をメーカー1社から統合的に提供するという囲い込みの戦略を採っている。
一方、国産メーカーは統合的なポートフォリオを用意せず、得意とする製品の幅を絞っている企業が多い。囲い込みではなく、SMBに適合する性能・機能や、細かいカスタマイズ対応などによって競合他社に差をつけようというアプローチだ。 アライドテレシスは、「案件の規模を問わず、カスタマイズに近いかたちでユーザー企業の要望に応じて製品の性能を合わせる」(マーケティング本部第1プロダクトマーケティング部の杉山一郎氏)ことを強みとしている。同社は「開発部隊を国内にもっていて、エンジニアの層を厚くしている」(西課長)こともあって、小規模企業を相手にした場合でも、製品の性能に関して柔軟な対応ができるという。
日本のSMBのニーズへの対応は、根本的なことから始まる。企業向けルータ市場で40%以上とトップシェアのヤマハは、「使い方を簡単にするだけでなく、日本語のマニュアルを用意する」(平野担当課長)としながら、こうしたきめ細かさが、外資系企業との差異化点と語る。
Point 2 営業体制
シスコは、これまで「スモールビジネス」の営業活動を少人数の専門チームで行っていた。同社の新年度が始まる今年8月には、シスコの全セグメントで「スモールビジネス」製品の営業ができる体制に変更した。リソースが限られた専門チームよりも、広い範囲での営業活動のほうが効率的とみての判断だ。営業体制の変更によって、シスコはそもそもセグメント別の営業活動を行わない国産メーカーに似ているような体制を築いてきた。
外資系にしろ国産にしろ、低価格ネットワーク機器の回収モデルは、ボリューム販売を柱としている。製品を大量に売るには、首都圏など特定の地域だけでなく、日本全国の企業に向けた営業活動が欠かせない。地方の企業をいかに開拓することができるかが重要となる。アライドテレシスは昨年、地方の営業拠点を14か所から31か所へと倍以上に増やし、各地方に営業担当を配置した。現地の販売店を支援したり、エンドユーザーとダイレクトに接することによって、販売拡大に取り組んでいる。
西課長は、「地方では、当社の営業マンが現地の販社と一緒になって提案を行うパターンが多い。この攻め方ができるのは、地方拠点を多くもっているからだ」(西課長)という。
Point 3 パートナー支援
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ヤマハ 平野尚志 担当課長 |
シスコは「スモールビジネス」を拡大するためには、パートナー戦略が大きなポイントになるとみている。これから先、2次販売店の増強を図るとともにトレーニングなどの支援策を実行し、パートナー戦略を強化していく。一方、「パートナー制度のメニューなどはもっていない。パートナー制度による囲い込みを重視している他メーカーと当社とでは、ビジネスのスタイルが異なる」というバッファローのように、あえてパートナー制度を設けない国産メーカーも存在する。
ヤマハも同様の戦略をとっている。「われわれはパートナー戦略に多額の資金を投じるよりも、製品価格を抑えたり、販社のマージンを重視することを優先している」(平野課長)という。同社は、ホームページを活用して、販社向けに製品情報を提供することによって、情報が不足しがちな地方の販売店を支援している。平野課長は、「地方で当社製品を売る販社の多くは、当社と直接の関わりをもっていない。にもかかわらず、満足のいく販売実績をあげることができている」と、ホームページを通じた間接的なパートナー支援の成果を語る。
記者の眼
国産メーカーは、シスコの参入による自社ビジネスへの影響はまだ小さいとみている。しかし、「今後どう変わるか、危機感をもっている」と語る関係者もいる。小規模企業がネットワーク機器をリプレースする時期に向けて、その需要獲得を狙うメーカー間の競争が激しくなってくるのはそう遠いことではない。囲い込み戦略で低価格機器のボリューム販売を狙うシスコにとって、リプレース需要こそが小規模企業向け市場で存在感を発揮するチャンスとなる。