時代の趨勢には抗えず
規模のメリットを生かせ
国内情報サービス市場の成熟とユーザー企業の海外進出は、時代の趨勢である。向こう5年を見据えたとき、SIerは少なくともこの二つの動向への対応が不可欠となる。商材カットでみると、手組みの受託ソフト開発からパッケージ、クラウド/SaaSへ移行する。かつての受託ソフト開発は比較的小規模なSIerやソフトハウスでも手がけることができたビジネスモデルだが、グローバル化やクラウド/SaaSは規模のメリットが生きる分野だ。それだけに業界再編も避けられない状況である。
先行投資に耐える体力  |
天津TIS海泰信息系統 丸井崇 総経理 |
SIerが国内市場市場とグローバルでの競争に打ち勝つには、一定以上の規模と体力が求められる。ユーザー企業やSIerの海外進出先の多くを占める中国・ASEAN地区は、貨幣価値の違いから「3分の1から5分の1の経済」(SIer幹部)といわれている。つまり、日本で100万円で売れる商品が、向こうでは20万~30万円くらいの値付けをしなければ売れないというわけだ。正直なところ、立ち上げ時は儲からない割にはコストがかかる。
中国で1200ラックの大型高規格データセンター(DC)を、日系SIerで最も早いタイミングで開設したITホールディングス(ITHD)グループのTISは、2010年4月の全面開業以来、計画を大幅に上回るペースで受注を決めている。だが、その一方でDC運営を担当する天津TIS海泰信息系統の丸井崇総経理は、「日本のTISのDCサービスを中国価格で提供するという、ユーザー企業にとってはとてもおいしいサービスメニューだ」と、苦笑気味に打ち明ける。そのユーザー企業も、中国に向けて自社の商品を販売するときは“中国価格”で売るわけで、DCのみに“日本価格”を支払うわけにはいかないというのが実情だろう。
ユーザー企業が海外でのIT投資を増やし、なおかつ中国・ASEAN地区の高度経済成長に伴う将来の発展可能性を考えれば、今から進出し、ビジネスの基礎固めをしなければならない。そのためにはまとまった資金が必要となり、必然的に規模のメリットを求める再編へと踏み出すことになる。中国に活動領域を広げ、ビジネスを着実に伸ばしているTISも、2008年4月にインテックなどともにITホールディングスグループを形成。2011年4月にはソランとユーフィットと合併し、新生TISとして規模の拡大を図っている。
大型再編が次々と起きる 情報サービス業界を見渡すと、ここ1年余りの間に、大型再編が次々と起きている。2010年10月には日立ソフトウェアエンジニアリングと日立システムアンドサービスが合併して日立ソリューションズが発足。2011年4月には前出の新生TISが誕生。11年7月には内田洋行の首都圏と中部、関西の直系地域販社6社が内田洋行ITソリューションズと内田洋行ITソリューションズ西日本の東西2社に再編されている。11年10月には日立情報システムズと日立電子サービスが合併して日立システムズが誕生し、同じ時期に住商情報システムとCSKが合併してSCSKになった。ある大手SIer幹部は、「こうした大型再編は、これからも続くだろう」との見方を示す。
海外進出やクラウド/SaaSへの対応には、経営体力の増強が不可欠となる。海外で優秀な人材を雇用し、収益が上がってくるまで給料を支給し続けなければならないし、いくらグローバル業務アプリケーションベンダーの製品を担ぐからといって、これら開発元がクラウド/SaaS化の基盤となるDCまで用意してくれるわけではない。SIerは自らDCを工面しなければならず、先行投資の負担が重くのしかかる。
ユーザー企業からみれば、DCなどのITリソースを複数のユーザー企業で共有することで、1社あたりのコストは単純に下がる。クラウド/SaaSでは、原則としてユーザー自身でハードウェア資産をもたないので、保守運用にかかる手間も省ける。ユーザー企業にはメリットが多い反面、SIerの設備投資は増える傾向にあるが、こうしたニーズに応えなければ失注は免れない。経営統合によってSIerトップグループに食い込んだITHDグループの直近のDC面積は国内外22拠点、計12万2000m2で、国内SIerとして有数の規模を誇るまで拡大し、クラウド/SaaS商材は約50種類に増やした。中国を中心とした海外進出も11拠点、現地社員数600人余りの体制へと拡充し、旧TISやインテック単体では、到底達成できない規模のメリットを享受している。
地域密着体制も見直し 再編の波に洗われているのは、グローバル進出を進める大手SIerだけではない。オフコン全盛時代から地域密着で、ユーザー企業の業種業務に最適化したアプリケーション開発に努めてきた内田洋行の地域直系販社も再編に向けて動き始めている。ウチダユニコムやオフィスブレイン、静岡ユーザックなど地域密着の直系SIer6社を内田洋行ITソリューションズ東西2社に再編したのは、地域市場の成熟と同時に、主力の業務アプリケーションの開発力の強化やクラウド/SaaSへの対応で、内田洋行本体との総合力をより強めていくためにほかならない。
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内田洋行 江口英則 執行役員 |
内田洋行の江口英則・執行役員情報システム事業部長は、「内田洋行100年余りの社歴のなかで、グループ会社に“内田洋行”の漢字4文字を使ったのは今回が初めて」と、東西地域会社は内田洋行の“分身”的な位置づけだと話す。さらに内田洋行ITソリューションズの新家俊英社長は「IT系の再編はまだ始まったばかり」と、今後も引き続き再編統合を検討していく方針を示している。
まだブレーンストーミングの段階だが、例えば内田洋行本体の情報システム事業をITソリューション専門会社に移管する方式も俎上に上がっている。これは東芝本体からITソリューションを切り出した東芝ソリューションや、キヤノンMJグループのITソリューション会社を集約したキヤノンMJアイティグループホールディングス(キヤノンMJ-ITHD)と似たモデルである。ほかにも今回の再編の対象となっていない保守サービスをメインとするウチダエスコなどとの統合など、さまざまなアイデアが出ている模様だ。保守サービス系との合併は、日立情報システムズと日立電子サービスなどの例がある。
内田洋行は、国内の直系地域販社を再編するのと並行して、2011年9月、上海でITソリューションとオフィス家具などを総合的に展示する見本市「ICT×Design 2011」を開催した。中国でICTとオフィスの複合イベントを開催するのは今回が初めて。他のSIerにはないオフィス環境系の商材と情報システムを融合させる「情環融合」で、グローバルでのビジネス立ち上げに挑む。
厳しい現実が横たわる  |
内田洋行ITソリューションズ 新家俊英社長 |
業界再編は、海外のSIerをグループ化する方向にも動く。最大手SIerのNTTデータは、欧米の有力SIerを中心に次々とM&Aを仕掛けることで海外でのビジネス規模を飛躍的に拡大している。同社の1997年の海外社員数はたったの48人だったが、直近では世界34か国145都市、2万4000人余りの海外社員数を有するまでに至った。2005年の連結売上高全体の0.6%を占めるに過ぎなかった海外売上高も2011年3月期では同8.7%、1015億円を達成。2013年3月期には3000億円を目指す。
だが一方で、国内での売上高は減少傾向が続く。NTTデータでは2013年3月期に国内で1兆2000億円を売り上げ、これに海外分を足し合わせることで1兆5000億円の連結売上高を目標に掲げていたが、今のままでは国内分の売り上げ目標の達成は難しい状況だ。一連のM&Aなどの海外ビジネスを担当してきたNTTデータの榎本隆副社長は、「海外進出をやってよかった」と、国内既存ビジネスの漸減を目の当たりにした率直な感想を口にする。国内市場は国内最大手のNTTデータですら苦戦する状況なのだ。
向こう5年を見通したとき、国内市場は縮小することはあっても、大幅な伸びは見込めない。国内ビジネスは、グループ間や同業他社との再編を推し進め、少しでもコスト削減に努める必要がある。例えば、NRIは直近の通期連結売上高3263億円で従業員数は約6500人、ITHDは同3231億円で同約2万800人、富士ソフトは同1347億円で同約1万1300人。売上高と従業員数の比率はそれぞればらつきがあるものの、一見してNRIが国内SIerのなかで高い利益水準にあることが分かる。
少ない人数で多くの売り上げを得る仕組みは、共同利用やアウトソーシングなどのサービスビジネスにあり、今後はクラウド/SaaSが新たなサービスビジネスに加わる。その先頭を走るNRIをしても「多くの人手を要する手組みのソフト開発業務が減ることは頭痛の種」(嶋本正社長)と、経営者として雇用を守るという側面で不安を抱えるという。海外に出るリスクや苦労はつきものだが、それと同時に、国内の既存ビジネスは再編やリストラがもはや避けられない厳しい現実に直面しているといわざるを得ない。
海外DC投資も不可欠  |
東芝ソリューション 河井信三社長 |
パッケージソフトベースのSIと並んで、情報サービス業に大きなインパクトを与えるのがクラウド/SaaSへの移行である。ユーザー企業は、よほど他社との差異化が必要なシステムでない限り、従来のように手組みでのソフト開発を行わなくなるのは自然な流れだろう。
中国大手SIerの東軟(Neusoft)グループと2011年7月、合弁事業に乗り出した東芝ソリューション(TSOL)の河井信三社長は、「どのような形態にしろ、海外でのSaaS/クラウドの基盤となるデータセンター(DC)への投資はしなくてはならない」と話す。国内のみならず、海外でのDCの基盤整備を行いながら、かつグローバル標準のパッケージソフトとクラウド/SaaSのコンビネーションの展開が求められている。
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