オフショア開発に構造的限界
具体的な協業は緒に就いたばかり 日中情報サービス業の鎹(かすがい)となってきた中国オフショア開発ビジネスに、構造的な限界がみえてきている。日本から中国への発注量の伸び悩みは長期化する様相で、両国のSIerは新たな関係の構築を模索。中国経済は高度成長の段階に入っており、中国地場の市場を開拓していくという方向性は一致するものの、具体的な協業に向けての行動はまだ緒に就いたばかりである。
ニアショアと競合激化か 日中両国の情報サービス業を語るうえで欠かせないのが、中国でのオフショアソフト開発ビジネスである。調査会社のガートナージャパンによれば、2010年の日本企業のオフショア開発に対する支出金額は、中国が77%を占め、残り22%がインド、1%がその他となっている。発注元である企業社数ベースでみた利用率では、さらに中国の割合が増えて83%まで高まる。つまり、インドに比べて中国でのオフショアソフト開発はプロジェクト規模が相対的に小さく、中国の情報サービスベンダーが日本からの小口のオフショア開発案件にも柔軟に対応していることがうかがえる。
実際、第15回日中情報サービス産業懇談会に参加する多くの中国SIerは、日本から何らかのオフショア案件を受注しており、日本の情報サービス業と密接に関わりがある。しかし、日本からのオフショアソフト開発の支出額は、2008年のリーマン・ショック以降、減少傾向にある。それまでは年率30%前後で勢いよく伸びていた中国でのオフショア開発だが、2009~2010年にかけて大幅に減少。2010年はおよそ前年比15%ほど落ちたとガートナージャパンはみている。
低落の理由は、まず、日本の情報サービス業の売り上げそのものが低調に推移しており、内製化率を高めなければ国内での雇用維持そのものが難しくなっていることにある。もう一つは、中国のとくに沿岸部における人件費の高騰で、九州や北海道などニアショアソフト開発とのコストとの差が縮まっていることが挙げられる。日本の中国オフショア開発を地域別でみると、大連、上海、北京と沿岸部の3大ロケーションが多くを占め、ブリッジSEを立てると「価格差は予想を上回る速さで縮まっている」(日系大手SIer幹部)のが現実だ。
共通認識と方向性は一致  |
情報サービス産業協会(JISA) 浜口友一会長 |
中国の国内情報サービス市場の急速な成長と、人口規模から類推される伸びしろの大きさ。これに対して日本からのオフショア開発の見通しの悪さを考えると、日本とのビジネスを手がけてきた中国SIerのなかには、中国国内向けのビジネス拡大に重心を移す動きもある。日本のSIerも、伸び悩む国内市場で汲々とするよりも、中国をはじめとする海外でビジネスの新たな可能性を追求したいと考えるケースが増えている。情報サービス産業協会(JISA)の浜口友一会長は、「日中双方でオフショアから中国地場の需要を獲りにいくという共通の認識、方向性は一致しつつある」と、潮目の変化を感じている。
ここで新たな課題に突き当たる。日中のSIerの共通の認識、方向性が一致したとはいえ、具体的にどのような協業が成り立つのか──。中国情報サービス・ソフトウェア業界団体の中国軟件行業協会(CSIA)の陳冲理事長は、「両国情報サービス業にとって、ウィンウィン(両者勝ち)の関係をどう築いていくのかが今後の課題」と捉えており、膝を突き合わせた深い議論が必要だとみる。
世界の有力ITベンダーの中国でのシェアをみると、IBMやヒューレット・パッカード(HP)、デル、アクセンチュア、SAPといった主要ベンダーを合算すると20%程度になる。残念ながら日系SIer、ITベンダーの中国情報サービス市場におけるシェアは、依然として微々たるもので、列強との差はなかなか縮まらない。この原因について、中国情報サービス市場きっての知日派で知られる北京アウトソーシングサービス企業協会(BASS、北京服務外包企業協会)の曲玲年理事長は、次のように指摘する。
日系中国法人の課題とは  |
北京アウトソーシングサービス企業協会 (BASS) 曲玲年理事長 |
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中国軟件行業協会(CSIA) 陳冲理事長 |
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北京新思軟件技術 郭占文総裁 |
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中科創達軟件科技 宣皓杰副総裁 |
曲理事長によると──。(1)中国の商習慣の理解不足、(2)中国法人の幹部に日本人が多すぎて、しかも裁量権の範囲が狭すぎる。製品や技術の中国法人に対する開示も圧倒的に少ない、(3)価格が高いばかりか、中国市場にマッチするような改修一つを行うのにも複雑な手続きが必要、(4)意思決定が遅すぎて、中国市場の成長に追いつけない、(5)そもそも製品や技術を開発する過程で、国際対応が考慮されていない──。これまでさんざんいわれてきたことも含まれているが、耳の痛い指摘であることは確かだ。
曲理事長は、自らの指摘に対する解決策として、「中国法人での中国人マネジメント層の育成、ビジネスノウハウや両国市場の共有、従来のオフショア開発全盛時代のような“発注者・受注者”の硬直した関係ではなく、対等で相互に補うことができる関係づくり」を提案する。CSIAの陳冲理事長は、曲理事長の提案に賛同の意を示すとともに、日系SIerやITベンダーがもつ製品や技術の中国法人、中国のビジネスパートナーに対する開示レベルの低さについて、「もう少し中国の商慣習やビジネスパートナーに向けた警戒心を解いてくれるとありがたいのだが……」と注文をつける。
中国で出回るソフトウェアの海賊版や、売掛金回収の難しさなど、過去20年余りにわたって体験してきたインパクトが強すぎて、日系SIerやITベンダーが、中国と一定の距離を保とうとしている様子がうかがえる。中国側はこのあたりを察して、思うような協業ができないと苛立ちにも似た感情を抱いている側面がある。CSIAの陳冲理事長は、「5年前と比較しても、著作権保護や国際的な商慣習への対応など、中国は大きく変わっているし、これからも変わる」と、国を挙げてソフトウェア産業を育成し、その基礎となる著作権保護に取り組んでいる点を評価してほしいと訴える。
中国側も意識改革が進む では、中国の地場有力SIerは、具体的にどのようにみているのか。中国上場SIerである浙大網新グループの北京新思軟件技術の郭占文総裁は、「開発スピードの速さが中国でのビジネスにとって欠かせない要素だ」と断言する。例えば、品質を1%高めるために開発時間やコストが2倍かかっているようでは、急速に経済が発展している中国では「まず受け入れられない」という。このスピードの出し方、品質レベルの見極めは、やはり中国のユーザーを肌感覚で知っている地場のSIerの協力を得るのが早道といえそうだ。
北京新思軟件技術は、浙大網新グループのなかで主にオフショア開発を担う位置づけであって、日本向けのオフショア開発比率が高く、それだけに危機感も強い。「今は円高に振れているので何とかなるが、いったん円安に振れ始めるとどうなるわからない」と、中国の人件費の高騰や日本経済の伸び悩みで、ただでさえ厳しい対日オフショアビジネスが「為替の爆弾」で一気に崩壊することもあり得ると危惧している。だが、一方で浙大網新グループ全体では中国地場のビジネスで成功しており、日系SIerやITベンダーと組む必然性が薄いことは否めない。「今後、当社を含むグループ全体で調整していく必要がある」と、中国側にも新しい方向性を見出すための機構改革が求められている。
地場有力SIerの中科創達軟件科技は、スマートデバイス向けのAndroid OS対応のソフト開発をメインにすることで成長してきた。2010年末の社員数が約400人だったのに対し、直近の社員数は800人余りに増え、2012年には1000人を超えるのはほぼ確実となっている。同社の宣皓杰副総裁は、「日本のスマートデバイスベンダーのほとんどはAndroidベースで開発しており、中国市場のニーズをよく理解している当社がソフトウェア部分の開発を担うメリットは大きい」と訴える。残念ながら中国における日系スマートデバイスベンダーのシェアは、アップルやサムスン、華為技術(ファーウェイ)、中興通訊(ZTE)に押されて影が薄い。だが、このまま埋もれるわけにはいかない。
“日系SIer人脈”を生かす
高度人材の育成で両者勝ちに
情報サービス産業協会(JISA)の浜口友一会長は、中国情報サービス市場をつぶさに観察したうえで、「成長が速すぎて、もはや自己解決できるレベルを超えている」と驚きを隠さない。情報サービスやソフトウェアは、よく“人に始まって人に終わる”といわれるほど、人のスキルに依存したビジネスである。過去20年余りにわたって日本の情報サービス業界は、中国オフショア開発を通じて中国の人材開発に少なからず貢献してきた。とりわけ品質とプロセスを重視する開発手法は日本が強みとするところで、いわば“日系SIer人脈”ともいえる人材の塊を中国で形成している。
とはいえ、オフショア開発から中国地場市場攻略へと舵を切るなかで、経営課題を解決できるマネジメント層の人材が、今、とくに不足している。中国側だけに人材の育成を頼っていては経済成長の速さに追いつけない。浜口会長は、日系SIerに向けて「人を出せるところは、むしろ積極的に出して、自らの海外ビジネスのスキル向上と、地元のマネジメント層の育成に努めるべき」と提案する。
日本でもそうだが、世界最大手のIBMは“IBM人脈”と呼ばれるほど、人材輩出の宝庫である。現役の社員だけでなく、OB、OGが世界中で活躍する。“日系SIer人脈”は、今のところ中国が中心だが、こうした人脈を時代の変化ともに生かしていくノウハウを中国で確立できれば、ASEANやインドをはじめとする他の成長国でのビジネス拡大にも役立つのは確実だ。