急成長を続ける中国情報サービス市場に、日系ITベンダーの進出が一段と拡大している。地場有力SIerとの提携強化や、データセンター(DC)設備の拡充、人材育成に取り組むなど、さまざまな施策を打ち出す。中国情報サービス市場は年率およそ30%で拡大しており、すでに日本の同市場規模を上回る。この巨大市場でまとまったシェアを確保できるかどうかが、日系ITベンダーやSIerのグローバルビジネスを大きく左右する。(取材・文/安藤章司)
世界第3位の市場規模
中国情報サービスの市場規模は、日本を追い抜いて、米国、EUに次ぐ世界第3位のポジションにある。注目すべきはその伸び率だ。2010年の中国ソフトウェア産業と情報サービス業の売り上げは、前年比34.0%増の1兆3364億元(約16兆4200億円)に達している。業界団体の北京アウトソーシングサービス企業協会(BASS)は、「2011年1月~5月で前年同期比30%近く伸びた」とみており、通期でも前年並みの高い成長の見込みだ。
日系ITベンダーやSIerは、競うように急成長する中国市場への進出を加速しており、日本のトップグループに属する主要ベンダーの大半は、何らかのかたちで中国市場との関わりをもっているといっても過言ではない。
中国情報サービス市場に向けた日系ベンダーのアプローチは、いくつかに分類できる。その一つは、データセンター(DC)やアウトソーシングの拠点を中国に開設し、サービスを基軸とする方法。二つ目は、地場有力SIerと協業して、互いの強みを組み合わせてビジネスを伸ばす方法。三つ目が、中国に日本と同じ企業文化をもつ会社をもう一つつくる方法である。各社とも、それぞれの手法を複合的に組み合わせながら中国での競争力向上に努めている。
DCやアウトソーシングでは、ITホールディングス(ITHD)グループのTISが天津DCを活用したサービスを軌道に乗せたり、JBCCホールディングス(JBグループ)が大連に遠隔監視センター「SMAC」を設置し、北京や上海、広州などの沿岸部主要都市に向けたサービスを拡充している。今年6月には、日立情報システムズが、広州の地場有力SIerの広東華智科技と協業して、BPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)サービスを広州で立ち上げている。日系SIer最大手のNTTデータは、無錫をDCサービスやBPOの拠点と位置づけ、機能拡充を急ピッチで進める。
“中国の会社”であれ
しかし、課題もある。中国の巨大な情報サービス市場では、デジタルチャイナ(神州数碼)グループやNeusoft(東軟)グループなどの中国トップSIerだけでなく、IBMやヒューレット・パッカード、アクセンチュアなど、世界トップベンダーも果敢に参入している。中国の情報サービス市場においては、残念ながら、日系ベンダーはこうした中国や米国の大手ベンダーに匹敵するシェアをまだ獲得できていない。
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富士通(中国) 高澤信哉総経理 |
では、どうすればシェアを伸ばせるのか。NTTデータは、わずか1%未満だった海外売上高比率を、ここ5年余りで10%近くまでに増やた。さらには世界の情報サービスで「トップ5入り」(NTTデータの山下徹社長)を目指すまでにグローバル化を進めたが、その原動力になったのはM&A(企業の合併と買収)である。規制がまだ多い中国では、思い切ったM&Aが実行しにくい状況があるため、M&Aではないかたちでの投資が求められる。先に挙げたDCや運用監視センターの開設も重要な投資だが、中国で雇用を創出し、人材を育成することもキーとなる投資のあり方である。
日本に置き換えて考えると、かつて米IBMが日本市場に本格参入したときは、日本でもう一つの日本版IBMをつくる方式をとった。非関税障壁が高かった当時の日本でビジネスを拡大するためには、“日本の会社”になることが一番の近道だったからだ。
中国はWTO加盟国として自由貿易を原則とするものの、国内産業の保護育成の意識が根強く働いている。7月7日に日本コンピュータシステム販売店協会(JCSSA、大塚裕司会長)の中国IT企業視察団の訪問を受けた富士通(中国)の高澤信哉総経理は、「DC投資も重要だが、最大の投資はこの国で人を育成すること」と、社員や経営者を育てて“中国の会社”になる投資こそが、中長期的なビジネス拡大につながると話す。富士通は、今年秋に中国南部に大型DCを開設する予定だが、箱モノに加えて、人材育成こそ将来の成長につながると考える。日本の高度成長期に米IBMが採った手法であり、今、中国でシェアを伸ばしている米大手ITベンダーは“中国の会社”として人材の採用や育成に余念がない。
最大の投資は人材育成
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天津TIS海泰 丸井崇総経理 |
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JBCN(大連) 小瀧栄二総経理 |
情報サービス業のなかで大きなボリュームを占めるSIは、地場密着でなければうまくいかない特性がある。ユーザーの業務や商慣習を熟知した営業やSEを大量に育て、中国全土に配置してこそ、情報サービスでまとまった売り上げが確保できるというものだ。だが、実際には、「人が育ち、顧客がつき、採算が合うまでの間、その人たちの給料を支払いつづけるのが最大の投資」(日系大手ベンダー幹部)というように、負担も大きい。DCや運用監視、BPOなどセンター設備を開設したほうが投資対効果が現れるのがはるかに早いうえに、ある程度、売れることが分かっている設備投資ならリスクも小さい。
中国は日本のおよそ26倍の国土、10倍以上の人口を擁する大国である。情報サービス業の売り上げが年間100億元(約1220億円)以上ある省市のシェアをみると、首都北京や上海市、江蘇省、広東省、遼寧省、浙江省など沿岸部の主要都市が全体のおよそ8割を占める。まずは沿岸部から情報サービス市場が立ち上がったが、直近では成都や西安、重慶などの内陸部の都市へ市場が急速に広がりつつある。これだけの大きさをカバーするには、まとまった投資が必要であることはいうまでもないが、別の日系ベンダー幹部は、「日本のSIerは、営業利益率5%前後である場合が多く、往々にして収益力が低い。内部留保をすべて吐き出しても、広大な市場をカバーする人員を一度に育てるのは難しい」と、厳しい台所事情を明かす。
パートナーに恵まれる
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大連百易軟件 趙望潮副総裁 |
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北京アウトソーシング サービス企業協会(BASS) 曲玲年理事長 |
日系SIerも、こうした点はよく承知しており、今の段階ではDCなど設備投資系と地場有力ベンダーとの提携戦略を推進するケースが多い。例えば、TISの天津現地法人の天津提愛斯海泰信息系統(天津TIS海泰)では、中国有力スパコンメーカーの曙光信息産業とクラウドサービス分野で業務提携。今はクラウド対応の業務アプリケーションをもっている国内外のベンダーと連携し、「オンラインで中国全土から利用できるSaaS型業務アプリケーションを多数揃え、さしずめ“SaaSのデパート”のようにサービスメニューを増やす」(天津TIS海泰の丸井崇総経理)ことで付加価値を高める。
大連に遠隔監視センター「SMAC」を開設するJBグループは、地場有力SIerの大連百易軟件と協業関係にある。現地法人JBCN(大連)の小瀧栄二総経理は、「大連や上海、広州、北京と各拠点でそれぞれ地場有力パートナーと組むとともに、IBM中国とも密接に連携する」と、ビジネスパートナーとの提携によって、主にSIやソフト開発、サービスといったまとまった人手が必要な案件への対応力をつける。大連百易軟件の趙望潮副総裁は「ソフト開発を主軸としてきた当社だが、今後はより一層、アウトソーシングやシステム運用監視などのサービスビジネスに力を入れて取り組む」と、SMACをはじめとするサービスビジネスで先行するJBグループの知見を最大限活用していく方針を示す。
幸いにも、中国にはオフショアソフト開発で培った知日派の有力SIerが数多く存在する。大連百易軟件や広東華智科技も日系SIerからのオフショア開発を通じて、日本のシステム開発の手法を熟知している。こうした力強いパートナーは日系SIerがもつ最大の財産でもある。日系SIerの取り組みに詳しい北京アウトソーシングサービス企業協会(BASS)の曲玲年理事長は、「日系SIerに精通したパートナーに加えて、中国の顧客を熟知する有力SIerのパートナーも増やしていけば、強力な追い風になる」とアドバイスする。