2011年、ITベンチャーのスタートアップ(起業)ブームが再来した。新進気鋭のITベンチャーが続々と登場している。創業からおよそ10年を迎えたブイキューブ、アイキューブドシステムズ、シナジーマーケティングの3社は、市場における存在感を増してきた先輩格のITベンチャーだ。何が事業拡大に結びついてきたのか──。(取材・文/信澤健太)
ITベンチャーの成長を左右するもの
「ビジョン」「事業特化」「運」 2000年頃、ITベンチャーへの投資ブームが沸き上がった。ネットベンチャーの集積地として渋谷に“ビットバレー”が誕生し、時代の寵児ともてはやされる経営者たちがメディアに登場した。しかし、ネットバブルはあっけなく崩壊。一部を除いて、事業撤退の憂き目に遭うことになった。
アイキューブドシステムズ(佐々木勉社長)、ブイキューブ(間下直晃社長)、シナジーマーケティング(谷井等社長CEO)は、いずれも2000年前後に起業したITベンチャーだ。ブームの潮流に乗っていたわけではなく、地道に事業を運営して、現在も生き残って成長し続けている希有な存在である。
長年、日本のITベンチャーを観察してきたサンブリッジのアレン・マイナー会長兼CEOは、グローバルで成功する要因を、ずばり「運」と指摘する。営業力や技術力、マーケティング力などに「偏っていること」も重要だとみる。ITベンチャーの資金調達支援などを手がけるジャパンベンチャーリサーチの北村彰会長は、創業者の実行力やビジョンを診断して“金の卵”を見つけるという。事業領域を広げすぎるベンチャーは敬遠するという姿勢だ。
3社のITベンチャー経営者のインタビューを通じて浮かび上がってきた成長要因は、(1)経営者がしっかりとしたビジョンをもっていること、(2)特定の事業にリソースを集中していること、(3)成功者に欠かせない「運」をもっていることの三つである。
アイキューブドシステムズは、「オフィスワークの生産性向上」「日本発で世界に挑戦する」をビジョンに、クラウドサービスと、その拡張と捉えるモバイルアプリケーションや、スマートデバイスを統合管理するプラットフォーム事業を展開している。製品領域を拡大してきた結果、「必要な部分が伝わらないこともある」(佐々木社長)という事態が生じつつあるものの、事業戦略は一貫しており、「サービスプラットフォームベンダー」というスタンスは変えていない。
ブイキューブは、「ビジュアルコミュニケーションサービスの提供を通じ、シームレスなコミュニケーション社会の実現に貢献し、人々の生活・ビジネススタイルに変革を与え、より豊かな社会環境の構築を目指す」ことをビジョンとして掲げる。ビジュアルコミュニケーションと位置づけるウェブ会議システムに専念し、国内外のベンダーとの提携を通じてグローバル展開を加速している。
シナジーマーケティングのビジョンは、「情報システムは資産として持つのではなく、必要なときに、必要なだけ利用できるものであるべき」「お客さまが求めていらっしゃるものは、システム自体ではなく、そのシステムを利用して得られる成果である」というもの。クラウド型の顧客関係管理システム(CRM)を開発・販売し、近年は独自の消費者予測エンジンを使ったソリューションを展開。新しい事業モデルを創造しようとしている。
今後、少なからず課題は浮上してくるだろう。なかでもブイキューブは、ウェブ会議システム市場での先駆者ではなく、既存ベンダーとの激しい競争にさらされている。新興のアジア市場でいち早く足場を築くことが重要となる。3社に共通するのは、二代目以降の経営者がビジョンを発信し続けられるか、ということである。
注目!伸びるベンチャー〈その1〉
アイキューブドシステムズ
「クラウドとモバイルをつなぐ」で勝負
3、4年後には売上高100億円へ  |
アイキューブドシステムズ 佐々木勉社長 |
iPhoneやiPad、Androidなどのスマートデバイスとクラウドサービスの統合管理プラットフォーム「CLOMO(Cloud as a Module)」やアプリケーション開発のフレームワーク「Yubizo Engine」を提供するアイキューブドシステムズ。日本ベリサインやソフトバンクBBなどの有力パートナーとの提携を通じて、伸び盛りのITベンチャーだ。
2001年の創業で、福岡県発のITベンチャーであるアイキューブドシステムズは、受託開発で事業をスタートした。佐々木社長は福岡県の中小ソフトハウス出身で、人事・給与システムなどのシステムエンジニアの仕事に従事していた人物。「小さなチームで新しいモノをつくっていきたいと思っていた」という。
転機は、米グーグル本社を訪問したことだった。「Google Apps」の機能を拡張するサービス群の取り扱いを通じて、クラウドやモバイルへの関心を高めた。2010年には日本オラクルと提携し、「Google Apps」とオラクルのSaaS型CRMアプリケーション「Oracle CRM On Demand」のスマートデバイス対応の連携ソリューションを発表。こうしたなかで、独自開発の「Yubizo Engine」や「CLOMO」が生まれた。スマートデバイスを駆使することでクラウドサービスの価値が高まり、ワークスタイルに変革をもたらす、との考えが佐々木社長を新規事業に突き動かしてきた。
「CLOMO」は、クラウドサービスとスマートデバイスの統合的な運用管理機能を実装している。核となるサービスは、多数のデバイスを遠隔管理する「CLOMO MDM」、社内専用のアプリ配布ポータル「CLOMO MOBILE APP PORTAL」、クラウドへのログイン制御サービス「CLOMO GATE」の三つで構成する。「Yubizo Engine」を用いて、独自開発のモバイルアプリケーションを開発することができる。
「CLOMO」普及の契機は、日本ベリサインとの提携だった。MDMと電子証明書のシステムを統合したサービスを、両社が国内で初めて提供開始した。「Yubizo Engine」に関しては、ソフトバンクBBがディストリビュータとして、扱いを始めたのが大きな意味をもつことになった。
今年の秋口には、「ソーシャルパワーを生かす大型製品」をリリースする予定だという。FacebookやTwitterなどのソーシャル・ネットワーキング・サービスにみられるように、各個人のアイデアや経験は、クラウド上で多くの人に共有されている。佐々木社長はこれを、「居場所や時間、言語に縛られない“組織体”が、各個人のモバイルのなかに展開される」と表現する。新製品は「CLOMO」に加わるものとして、「能力のある従業員を押し上げるツールとしたい」という。
3、4年後には売上高100億円の達成を目指す。2010年度の売り上げが2億5000万円、今年度は6億~7億円の見込み。佐々木社長は、「250%の成長が続けば達成できる」と意気込む。米国に子会社を設立した。グローバル展開にも積極的に取り組み、日本発の優秀なサービスを広める考えだ。
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