新政権は成長戦略の柱として「世界最高水準のIT社会実現」を掲げ、新たなIT戦略の取りまとめにも着手している。中央省庁の平成25年度予算、24年度補正予算に計上されたIT関連施策と合わせて、市場への影響を探る。(取材・文/本多和幸)
政府が新たなIT戦略を検討
昨年12月の衆院選挙による政権交代は、国のIT関連施策にも大きな転換をもたらすことになりそうだ。政府は、5月をめどに新たなIT戦略を取りまとめる。
●ITを成長戦略の柱に 
藤井和久
内閣官房
情報通信技術(IT)担当室
参事官補佐 経済政策で何かと注目を浴びる新政権は、「IT」を日本の国力強化の柱の一つに掲げている。閣内に設置した「日本経済再生本部」の下部機関「産業競争力会議」は、安倍晋三首相が自ら議長を務め、関係閣僚や日本を代表する企業のトップらが議員に名を連ねる。1月25日に開かれた初会合では、「科学技術イノベーション・ITの強化」を七つの重点課題のうちの一つに挙げた。これを受けて安倍首相は、「世界最高水準のIT社会の実現」を目標として、IT戦略の見直しを内閣高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT戦略本部)に指示した。
過去を振り返ると、日本政府のIT政策は、2001年のIT基本法施行、e-Japan戦略のスタートを皮切りに、数年単位で新しい戦略が打ち出されてきた(図1)。これらの施策は、一体どれほどの成果を上げたといえるだろうか。
初期の施策は、高速インターネット網などのハード整備が中心で、国民全体のインターネット利用環境を底上げすることにつながった。しかし、2000年代中盤以降、「ITの利活用促進」がテーマになってくると迷走が始まる。総務省、経済産業省などの関連省庁や、省庁連携の司令塔の役割を担うIT戦略本部は、ITをめぐる環境の変化のスピードについていけないかのように、統制の取れていない施策を展開し、実用化やビジネスにつながらない実証事業、研究開発を繰り返した。
IT戦略本部の事務局でもある内閣官房情報通信技術(IT)担当室の藤井和久・参事官補佐は、「IT戦略のリニューアルを重ねるうちに、ずっと同じことをやり続けているのに成果が出ない状況に陥ってしまった。一本化された哲学がなくなり、施策同士のつながりもみえなくなってきたと自省している」と、過去の施策が必ずしも成功ではなかったことを率直に認める。
こうした反省をもとに、新戦略は「実用化」を強く意識したものに仕上げたいと考えているようだ。藤井参事官補佐は「まず、IT化は目的ではなく手段であるという原点を踏まえ、IT化で何を変えるのかというしっかりした目標を定める。そして、目標達成のための施策、スケジュール、実施主体まで明確に決めたうえで、成果が期待できる戦略をつくりたい」と語る。検討体制は、IT戦略本部の有識者本部員全員で構成するIT戦略起草委員会を設置し、5月上旬をめどに素案を取りまとめる。なお、ほぼ同様のスケジュールで総務省も「ICT成長戦略」を取りまとめるが、新戦略はその上位施策になる。
●注目はビッグデータ/オープンデータ では、新戦略の内容はどうなるのか。基本的には、(1)産業再興・経済活性化、(2)国民の安心・安全、(3)行政機能や政策効果の向上という三つの大きな柱に沿って、ITの利活用と市場創出を図る施策を検討する(図2)。
このなかで、「とりわけ政府として重要視している」(藤井参事官補佐)のが、(1)の産業再興・経済活性化で、具体的にはオープンデータ/ビッグデータの利活用などが注目施策だ。ビッグデータについては、すでに平成24年度補正予算と25年度予算の計上段階で、総務省、経産省、文科省が連携して取り組む「重点施策パッケージ」に位置づけられ、新産業創出に向けた基盤整備を進めることが決まっている(次項に詳細)。
一方、オープンデータの利活用については、有識者と関係府省担当者が「オープンデータ実務者会議」を構成し、IT戦略本部主導ですでに施策の調査・検討を始めている。藤井参事官補佐も「EUでは公共データの解放と民間の利活用促進により、5.4兆円の経済波及効果を生んでいるという報告もある。新戦略でも、新ビジネスの創出につながるような方針を盛り込みたい」と力を込める。
今国会には、「内閣法等の一部を改正する法律案(政府CIO法案)」も閣議決定を経て提出されている。成立すれば、IT戦略本部の事務方トップである政府CIOに法的権限が与えられることになる。政府CIOには、昨年8月にリコー出身の遠藤紘一氏が就任しているが、新戦略の取りまとめにあたっては、IT政策の真の司令塔としての機能が期待される。
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