SIerが流通・小売業に熱い視線を注いでいる。スマートフォンの普及でショールーミングの危機にさらされる流通・小売業が、ITを活用して販売の低迷を脱しようと試みているからだ。「流通・小売業の危機感を背景としたIT投資意欲の増大」が期待されている。(取材・文/安藤章司)
●「アマポチ」を阻止できるか 
GMOメイクショップ
向畑憲良社長 流通・小売業のIT投資のスタンスが今後大きく変わる。SIerが熱い視線を注ぐのは、流通・小売業のIT活用が次のフェーズにシフトするとみているからだ。これまで流通・小売業のIT投資といえば、POSレジや店舗管理、販売管理が主流で、少子高齢化・人口減少が進む国内市場では、既存システムの更新(リプレース)需要が中心だった。
ところが、スマートフォンやソーシャルメディアが普及して以降、様相が大きく変わってきた。店舗をショールーム代わりに使い、実際はネットショップで購入する「ショールーミング」と称される購買行動、あるいは店舗に行かずにそのままネットで購入する「アマポチ(Amazonでポチっとクリックして購入する)」という購買行動が盛んになってきた。若者など、ファッションやトレンドに敏感な客層をターゲットにする流通・小売業にとっては、購買行動の変化は無視できないほど大きなものとなり始めている。
まずAmazonや楽天をはじめとする国内EC(ネット通販)の概況をみよう。調査会社のMM総研の調べによれば、直近の国内EC市場の規模は15.9兆円で、国内最終消費市場283.7兆円の5.6%を占めるという。向こう2年の見通しでは、国内消費市場全体は微減傾向を示すものの、EC市場は2014年度が10.7%増、2015年度は14.2%増と、それぞれ2ケタ成長の見通しと予想する。
「EC」という言葉が知られはじめたのは、インターネットが本格普及し始めた1995年頃のことだ。以来、20年近くが経過してたったの5.6%に過ぎないのが現実である。だが、スマートフォンやソーシャルメディアが充実して以降の環境の変化は決して過小評価はできない。ECの専門家であるGMOメイクショップの向畑憲良社長は、「今後は日本の広告費のなかに占めるインターネット広告と同じ推移をたどるだろう」と話す。
●ラジオや雑誌を抜いたように…… つまり、新聞と雑誌、テレビ、ラジオの「4マス媒体」のどれよりも低かったネット広告費が、いまやテレビに次ぐ広告費のボリュームになったのと同様のことが、ECでも起こると予測しているのだ。小売業は百貨店や専門店、量販店、食品スーパー、GMS、コンビニ、ディスカウントストア、100円ショップ、カタログ通販などさまざまなチャネルがあるが、ECはこうした既存チャネルのいくつかをしのぎ、主要チャネルとしての地位をより高める。向畑社長は、「それが全体の1割なのか、2割なのかはわからないが、そう遠くない将来、『均衡点』に達する」と分析する。
少子高齢化の現状では、国内消費市場が減ることはあっても、大幅に増えることは考えづらいので、主要販売チャネルでパイを奪い合うことになる。「均衡点」とは、今、伸びているECがいずれ既存の販売チャネルと均衡するであろうポイントのことを指しており、均衡点に達するまでそれほど長くはかからないとみられている。この間、Amazonをはじめとするネット勢がEC市場のパイを奪うことになれば、限られた市場のなかではそのまま既存小売り勢のパイが「奪われる」ことを意味するのだ。
しかし、多くのSIerの担当者が異口同音に話すのは、「超大手を別にして、大多数の流通・小売業の反応は鈍い」ということだ。ネットの広告費がラジオや雑誌、新聞を次々に追い抜き、差を広げたのと同様、このままではスマートデバイス対応やビッグデータ分析、ソーシャルメディア連携など、最新のITでフル武装するネット勢にいくつかの既存流通チャネルは規模で追い抜かれ、自らのパイを奪われることになる可能性が高い。
ここに着目したITベンダーは、既存小売り向けのIT商材の拡充に努めようとしている。ネット勢の動きを指をくわえて見ているだけでなく、既存小売り勢が自らも最新のITで武装し、ネット勢を迎え撃つように仕向けるためだ。集客などマーケティング分野や、顧客データベース(DB)統合の基幹システム系、ビッグデータ分析の領域など、さまざまな切り口でアプローチをかける。とはいえ、前述の通り、流通・小売業はコストに敏感な業種であり、投資対効果をシビアに求める傾向が非常に強い。こうした“渋い”顧客のニーズにSIerやITベンダーはどう応えようとしているのか。次ページで詳報する。
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