最新鋭のIT装備を武器に
パイを奪うネット勢
流通・小売業にとってのポイントは、なんといっても「購買」や「リピート」を自店で行ってもらえるかどうかにかかっている。ネットやモバイル、ソーシャルなど、店舗以外の顧客接点が増え続けるなか、ネット勢は、これにビッグデータ分析やクラウド基盤などの最新鋭のIT装備を武器に既存販売チャネルからの顧客の収奪を狙う。何もしなければ「購買」や「リピート」もネット勢に奪われかねない状況だ。
●カスタマー・ジャーニーをつかむ 顧客が購買に至る過程は、商品の「認知」から始まり、「比較検討」のための情報収集、現実の店舗やネット店舗などへの「来店」、そして「購買」に至る。実際に使ってみて「評価」を行い、次にどのようなものを買うのか決める「リピート」につながる。ネットがなかった時代は、一連の行動をほとんど現実の「店舗」で行っていたが、今は「現実店舗」「ネット店舗」「モバイル」「ソーシャル」などさまざまな接点があり、顧客はこれらを行き来しながら認知し、検討して、購買、リピートという行動を起こす。

野村総合研究所
亀津敦
上級研究員 こうした行動は「カスタマー・ジャーニー(顧客の旅)」と呼ばれており、野村総合研究所(NRI)の亀津敦・上級研究員は「買い物を楽しむとは、つまりこの“カスタマー・ジャーニー”が楽しいものであるかどうかで決まる」と指摘する。カスタマー・ジャーニーは急速にIT側にシフトしており、「認知」や「検討」はネットで十分という顧客層も増えているのが実際のところだ。
流通・小売業に強く、組み込みソフト開発では独立系SIer最大手の富士ソフトが着目したのは、「場所」と「顧客属性」「モバイル」の三つの要素だ。今年2月に販売を始めた新商材「smart COCO(スマートココ)」は、スマートフォン向けの専用アプリを配布し、近所にいる顧客をWi-Fiで呼び寄せる仕組みだ。専用アプリをインストールするときには、性別や年齢など簡単な顧客属性を入れてもらう。こうすることで、Wi-Fi圏内に誰がいるのかを店舗側でつかむことができる仕組みになっている。
●場所と属性とモバイルの3要素 一つの例を挙げよう。富士ソフトの本社周辺にWi-Fiエリアを設置するとともに、富士ソフトの社員の通り道で専用アプリ配布の告知を行う。「専用アプリを入れればポイント進呈」「専用アプリを入れて、来店すればさらにポイント倍増」などといった売り文句でユーザー数を増やす。富士ソフトの社員属性は当然ながらIT系がほとんどで、ひょっとすると男性が多く、ガジェット類が好きである可能性が高いという想定をもとに、彼らが好みそうな商品情報を配信して、来店と購買につなげるという構図だ。

富士ソフト
小一原宏樹
主任 実際には金融系の会社が入居しているビルが隣にあったり、商社系の本社オフィスが向かいにあったり、さまざまな属性が混在していることが多い。このため、まずは専用アプリを多くの人に導入してもらい、「どのような属性の人が店舗の周辺を歩いていて、どのような情報を提供すれば来店率、購買率が高まるのかを分析し、最適解を導き出す」(富士ソフトの小一原宏樹・デジタルソリューション部コンテンツサービスグループ主任)というふうに、ビッグデータのようなアプローチで小売りの売り上げ増につなげる。同社は「smart COCO」ユーザーを向こう3年で1万店舗に増やすとともに、将来は「小売業に向けたマーケティングのITプラットフォームに発展させる」(小一原主任)ことを目標に掲げる。
店舗への集客は、これまでにもチラシ配布や会員カードのポイント付与などでもできたが、「リアルタイム性に欠ける」(小一原主任)という大きな欠点があった。位置情報と属性を加えることで、店舗の周囲に、今、どんな人がどれだけいるかを把握できる。何曜日のこの時間帯は20代女性が多いが、別の時間帯は50代男性が多いなどということが把握できれば、その時間帯に最適な販促策を打つことができるというわけだ。位置情報といえばすぐにGPSを思いつくが、ショッピングモールなどの建物のなかに入ると精度が落ちる。このため、ほとんどすべてのスマートデバイスに実装されているWi-FiやBluetoothで位置情報を得るのが、この種のサービスで主流になりつつあることも見逃せない点だ。
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