日系ITベンダーの熱い視線が向けられているASEAN。なかでもタイ王国には、高い関心が寄せられている。IT投資額が他の業種の企業よりも多い製造業が進出しており、「日系向けビジネス」がある程度計算できるのが魅力だ。経済発展が著しいタイ。その実際はいかに──。現地取材を通じて現状と今後の可能性を探った。(取材・文/木村剛士)
東南アジアの最有力国か 活況を呈する製造業の進出
●駐在する日本人の数はトップ ASEAN加盟国のなかで、日系企業が最も多く進出している国は、タイだろう。外務省の調べによれば、駐在する日本人が最も多いのはタイで、約5万6000人にも及ぶ。「昼のオフィス街、夜の繁華街は日本人で溢れている。その日本人を狙って、日本の流通・小売業、サービス業が多く出てきている」と日本の駐在員は口を揃える。
タイに進出する日系企業のなかで多い業種は製造業だ。勤勉な労働者を比較的低賃金で雇用できること、タイ政府が企業誘致に積極的で、海外企業に向けてさまざまな優遇措置を設けていること、そして、質の高いインフラと物流網が整備されていることが、タイに進出した日系製造業が語るタイの魅力である。それ以前に工場を設ける製造業が多かったのが中国だが、政治不安や人件費の高騰を気にして、他国への進出を検討。その先として、タイを選んでいるわけだ。
今のASEAN加盟国の日系企業の進出状況を国別でみると、統括拠点が多いのがシンガポール、ITベンダーのオフショア開発拠点が多いのがベトナム、コールセンターが多いのがフィリピン、データセンター(DC)が増え始めているのがマレーシア。そして、工場が多いのがタイ。こんな構図が固まりつつある。
●現地向けビジネスは停滞か!? 
MATの石川正明オペレーティングオフィサー&ジェネラルマネージャー。タイでのビジネスキャリアは約20年 日系企業の進出に沸くタイ。とはいえ、現地でビジネス展開するビジネスマンに話を聞くと、タイの足下の景況感は良好とはいえないようだ。3年前の2011年に大洪水に見舞われ、首都バンコクも多大な被害を受けた。今年5月には、19回目のクーデターが起き、外出禁止令がたびたび発令されるなどで、国民の不安も高まった。昨年までの法人を対象とした税制優遇措置と、自動車の減税措置が終わったことも、企業や個人の消費を抑制させてしまっているという。
現地ITベンダーのMaterial Automation(Thailand)=MATの石川正明・オペレーティングオフィサー&ジェネラルマネージャーは、「昨年後半から自動車産業を中心に減速。洪水は企業にダメージを与えたが、その後に復興特需を生んだ。それも3年が経って一段落した。ただ、『景気が悪くなった』というよりも昨年までがよすぎた感じがして、『落ち着いた』感触」という。
石川氏によれば、タイの企業は、大洪水を経験したことから災害対策への関心はとくに高いという。データのバックアップや停電対策ソリューションが受け入れられることが多い。とくに「UPS(無停電電源装置)はパソコンやサーバーが売れると、必ずといっていいほど同時に購入してくれる」とか。
一方、タイはネットワーク環境が劣悪で、回線速度が遅く途切れてしまうことも多いため、クラウドは受け入れにくい状況だという。「クラウドのトレンドは当然耳に入っているが、タイで普及させるにはまだ時期尚早」と石川氏。今はオンプレミス型商品の販売に力を入れる方針を示している。
●問題は人材不足? タイに進出した日系ITベンダーの悩みのタネは、案件の創出ではなく人材の確保であるという。ERP開発・販売などの東洋ビジネスエンジニアリングのタイ法人に務める行方聡ジェネラルマネージャーは、「人がいなくて仕事がさばききれない。当社の業務内容であれば、会計業務の知識と、製造業の業種知識、そしてITを知っている人がベストだが、なかなかいない」と頭を悩ませている。
また、MATの石川氏は「タイも他国と同様に人材の流動性が高い。優秀な人材ほど引き抜かれるケースが多く、今も人件費は高騰している。人件費は、今後、もっと上がっていくだろう」と危機感を隠さない。タイは、英語を話す人材に乏しいのもマイナスだ。それ以上に日本語を話す人も少ない。「英語を話すことができる人を探すだけでもひと苦労」だといい、その点でいえば、シンガポールやベトナム、フィリピンよりも人材確保は困難だという。
仕事が多いにもかかわらず、それに対応するための人材がいないのがタイの最大の課題だといってもいいだろう。
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