タイIT市場のキーカンパニー 中堅規模を狙うITベンダー続々と
製造業を中心にタイに進出する企業が増えるのにつれて、日系ITベンダーもタイに次々と拠点を構えている。タイに進出してすでに成功を収めている企業、そしてこれからチャレンジする企業。タイに挑んだITベンダーの今と今後を紹介する。
MAT
日本人が設立した現地ITベンダー 抜群の存在感を示す日系キラー

児玉秀郷社長兼CEO。キヤノンITソリューションズタイ法人の社長を兼務する。キヤノン、キヤノン販売時代に英国やオランダに駐在した経験がある。タイ法人の赴任歴は約2年 タイには、日系ITベンダーが手を組みたがるITサービス会社がいる。1992年設立のMATだ。
MATは、純粋なタイ企業なのだが、設立者は日本人。そのため、タイに進出した日系ユーザー企業は、「日本人が経営しているタイ企業」に安心感を覚え、IT環境の整備をMATに依頼するようになった。タイに進出する日系企業が増えるのに比例して、その数は増加。MATの規模は設立から約20年で、従業員は約170人、年商は20億円に到達するまでに成長した。
全顧客のうち、日系企業が90%を占め、業種でみると製造業が70%を占める。ビジネスの内訳は、ハードの販売が40%、ソフト販売が30%、そして保守サービスが30%。「ワンストップITソリューション」をうたうだけあって、バランスのとれたサービス基盤を構築している。製造業のユーザーが多く、CADや生産管理システムの構築・運用にはとくに強い。
MATの規模は、日本の感覚でいえば中小企業レベルだが、タイのマーケットサイズを考えれば、トップクラス。ITベンダーにとっては、MATに自社製品を取り扱ってもらえれば、タイの販路を一気に築くことができる可能性がある。だからこそ、日系のITベンダーは、MATと手を組みたがるのだ。
自社製品を販売してもらいたいという願望を飛び越えて、新たな施策を打ったのがキヤノンITソリューションズだ。今年1月、タイ現地法人と共同でMATを買収した。MATの社長兼CEOには、キヤノンITソリューションズのタイ法人社長である児玉秀郷氏が兼務で就任。「MATの販売力でキヤノングループの製品を拡販できるようになるなど、相乗効果を期待できることがたくさんある」と意欲的だ。キヤノングループの一員になったMATには、当然、これまでにはない変化が起きるはず。求める商品も変わってきそうだ。

MATの本社受付には、米国や日本の大手メーカーから贈られたパートナー認定のオブジェがぎっしりと飾られているB-EN-G
ERPビジネスの隆盛を謳歌 中堅製造業市場は独壇場?

行方聡ジェネラルマネージャー。タイでのビジネスは約15年で、現地のIT市場を知り尽くす 製造業が多いタイのIT事情に商品がマッチし、急成長しているのが東洋ビジネスエンジニアリング(B-EN-G)だ。昨年度の売上高は前年度比30%増と絶好調で、今年度もほぼ同様の数値を見込む。
B-EN-Gがタイで売る製品は、ERP「A.S.I.A.」と生産・販売・原価管理パッケージ「MCFrame」。日本ではSAP製品の販社としての顔をもつが、タイではこの二つの商品の販売にビジネスを絞る。導入企業数はA.S.I.A.が約80社、MCFrameが20社ほどである。
A.S.I.A.は、タイに限らずアジアで唯一無二の存在になりつつある。理由は明確で、競合がいないのだ。
グローバル企業をターゲットに、基幹システム構築ビジネスを手がけるティーディー・アンド・カンパニー(TD&C)は、A.S.I.A.を積極的に活用する姿勢を示している。TD&Cが得意なのは、SAP製ERPを活用したSIで、顧客は海外に複数拠点を構える大手企業。大きな金額を稼げる大手企業にSAPを売るビジネスを従来通り推進していれば、十分に成長できるが、ここ1~2年で中堅以下の企業がタイに進出するケースが増えてきたため、A.S.I.A.を積極的に拡販することを決めた。「中堅以下のユーザー企業にSAPは高額でミスマッチ。『中堅以下の企業が手を出しやすい価格』『グローバル対応』『実績』の三つを兼ね備えるパッケージを探すと、A.S.I.A.くらいしかない」とTD&Cの村山忠昭代表取締役は話す。
また、A.S.I.A.の販社であるMATの石川氏は「日本の製品は安心感を与える。日系のユーザー企業には、やはり日本製のほうが受けがいい」と語る。
「価格×グローバル×実績×日本製」。この条件を満たすパッケージがないというわけだ。行方聡ジェネラルマネージャーは、「大手の日系SIerが続々とタイに進出しており、基幹系システムのプロジェクトを提案する際に、目を向けてくれる日系SIerが増えた」という感触があり、間接販売網が強化されつつあるという。
タイに多い製造業は、ビジネス展開するうえでERPとともに生産管理系システムは必須だ。B-EN-Gは、A.S.I.A.を導入した企業にMCFrameを提案。「アップセル」が成功するというパターンができあがっているのだ。B-EN-Gは、今夏、インドネシアに進出する。タイに続き、製造業が進出するケースが目立ってきたからだ。タイでの成功体験をインドネシアにもち込む。
ビジネスブレイン太田昭和
新任の社長をターゲットに 社長補佐サービスを開始
会計業務支援などのビジネスブレイン太田昭和(BBS)は、海外展開の第二弾としてタイを選んだ。最初に進出した中国は、パートナー企業との協業によるビジネス展開で、現地法人を設立して自力で挑むのは、タイが初めてになる。
BBSがタイでメインターゲットにするのは、中堅クラスの製造業だ。完成品メーカーに部材・部品を供給する中堅規模の製造業がタイに拠点を構えるケースが急増していることに着眼した。
タイ法人の社長を兼務する松江芳夫・グローバルソリューションサービス本部本部長の狙いは「社長サポート」にある。「大手は別として、中堅企業以下の海外法人の社長は、海外市場でのビジネスキャリアはあっても、社長を経験していないケースが多い。そうなると、困るのが財務まわり。ここにリソースを取られてしまっている社長が多い」と分析する。最近は、日本本社の海外法人に対する監視の目が厳しい。海外現地法人の社長は、経営情報の透明性と迅速性を求められ、「ますます苦しい立場になっている」(松江本部長)という状況にある。
BBSはこうした“にわか社長”をコンサルティング、BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)、情報システムで支えようとしているのだ。「欧米の海外法人は、ビジネスの基盤、土台をつくったうえでITを入れる。それに比べて、日本は土台をつくらずにITを導入する傾向がある。だから失敗する」と松江本部長はみており、ITと経営コンサルティングの両分野を手がける基盤があるBBSの強みが、タイでは生きると考えている。
目標はまず100社の獲得。今後は会計業務ソフトメーカーや地方銀行とのアライアンスを検討。海外に新たに進出する企業が、ソフトを購入したり融資を受けたりしたら、BBSのサービスにたどり着くような導線をつくる予定だ。
TD&C
ポスト中国の先はタイ 自社クラウドで中小囲い込み

村山忠昭代表取締役 SAP製品を活用した基幹システム構築を得意にするTD&Cは、この6月、タイに拠点を設立した。シンガポール、フィリピン、オランダ、ドイツに続いて5拠点目の海外拠点となった。海外に複数拠点をもつ日系のグローバル大手企業をターゲットにしている同社が、日系ユーザー企業に人気のタイに進出したのは当然の流れだろう。
田村創一・取締役財務担当は、「中国に進出した製造業のユーザー企業が、日中の関係悪化と人件費の高騰などを理由に、中国以外の国で製造拠点を設ける動きがここ2~3年で顕著。その先としてタイが筆頭に上がっている。勢いは衰えていない」という。
タイでは、中堅以下の企業が続々と登場しており、ここに大きなビジネスチャンスがあるとTD&Cはみている。そこで、前述のように、SAPに加えて中堅企業に適したB-EN-Gのパッケージを従来以上に提案することを決めている。
そして、村山代表取締役は、その先もみている。「大きな伸びが期待できない日本の経済環境を考えれば、中小企業が世界に出るケースがきっと増える。そうなれば、安価で簡単な製品・サービスが求められる。現時点でその要求に応えた製品・サービスは存在しない」と強調。TD&Cのこれまでのビジネスは、あくまで他社製を活用したSIだったが、中小企業向けの基幹系業務支援のクラウドを自社開発することを決めた。早ければ今年度(2015年3月期)内に完成する予定だ。今後は、メーカーとしての顔ももちながら、タイ市場に挑もうとしている。
記者の眼
19回目のクーデターが宣言された日の3週間後に、今回の現地取材を行った。東京国際空港からスワンナプーム国際空港への直行便は、空席が目立っていた。安全を考えて訪問を控える日本人が多かったのだろう。多少の警戒心をもって降り立ったが、現地に着いてみると、そんな不安はどこ吹く風。繁華街は活況、危険を感じることは一度もなかった。「警戒しすぎ」と現地で仕事する日本人は口を揃え、「ビジネスへの影響もほとんどない」とも言い切った。
大洪水に見舞われ、クーデターが起きても、ビジネス環境は他のアジア諸国に比べて良好だ。その背景には、日本企業の存在が欠かせない。駐在する日本人が約5万6000人という数値は異常に多い。それだけ日本企業がたくさん進出している証だ。「海外の日系企業向けビジネスは、真の意味で海外事業とはいえない」という意見はある。確かに、現地企業から受注してこそ海外で成功したといえるだろう。だが、目先のビジネスをつくることと、現地の市場環境に慣れるためには、日系企業向けビジネスは重要だ。その意味で、タイの市場環境はやはり良好だと言い切ることができる。現地取材を通じて、そう感じた。