クラウドを「皆」に売り込む
すそ野を広げて、利益創出
IaaSのデファクトスタンダードで、国産クラウドベンダーが強く意識しているのがAWSだ。価格を正確に比較することは難しいが、国産ベンダーが提供しているワンコインクラウド(ワンクラ)と同様のスペックのサービスをAWSで利用するとしたら、月額5000円前後になるといわれる。これでもお手頃価格といえるが、国産ベンダーと比べて、10倍も高いわけだ。それほど価格を大胆に下げて、ビジネスとして大丈夫か!? 実は、国産ベンダーが狙うのは、ワンクラそのものによる利益の創出ではなかったのだ。
●市場をつくり上げる 
IDCフロンティア
大屋誠
R&D室長 「利益に関しては、クラウド事業全体としてみなければならない」。IDCフロンティア技術開発本部UX開発部の寺門典昭部長(下掲)は、ワンクラの利益構造についてそう語る。
IDCフロンティアは、ワンクラ事業を手がける国産ベンダー3社のなか、わずか数日ではあるが、昨年の10月15日、最初にサービスの提供を開始した企業だ。同社は、九州や東北で、外気を取り入れてサーバー室の冷却に生かす大規模な郊外型データセンター(DC)を運営し、ゲーム会社などに対して、クラウドリソースを提供している。こうして、事業を順調に伸ばしてはいるが、「国内クラウド市場の規模は米国の10分の1以下」(技術開発本部R&D室の大屋誠副本部長兼室長)という環境下にあって、本格的なビジネス拡大のため、まず市場そのものをつくり上げることを課題としてきた。そこで、考え出したのが、ワンコインクラウドの投入だ。
IDCフロンティアが提供するワンクラサービスの主要なターゲットは、これまでの法人客ではない。企業のなかにいる個人客なのだ。IDCフロンティアの技術開発本部R&D室でサービスディベロップメントグループを率いる梶本聡・グループリーダーは、「全国で約100万人の企業内エンジニアが存在して、そのうち、およそ9万人が、クラウドが求めるような高度なスキルをもっている」とみている。彼らは、会社のシステム開発に携わる仕事とは別に、スキル向上やブログなどでの情報発信のために、個人でサーバーリソースを入手し、利用することが多いという。IDCフロンティアがワンクラサービスの利用者として着目しているのは、この企業内エンジニアのグループだ。

IDCフロンティア
梶本聡
グループリーダー 同社はこれまで、ゲーム業界など特定の分野では認知度を高めてきたが、全体としては、まだIDCフロンティアのブランドが浸透していないと判断している。その打開策として、ワンクラの展開に期待を寄せている。「500円で購入の敷居を下げて、エンジニアにクラウドを個人レベルで体感してもらうことによって、当社の認知度を高める。そして、その延長線で、クラウドのハイエンド案件の獲得につなげたい」(大屋室長)と構想している。つまり、ワンクラサービスだけでは利益の創出が難しいので、ワンクラをあくまで「入り口」として位置づけ、これをツールにユーザーのすそ野を広げながら、クラウド事業全体で利益を上げるという戦略だ。
この2月で、サービスの発売から4か月弱。IDCフロンティアはユーザーの数については口を閉じるが、ワンクラ事業が好調なスタートを切り、ニーズに手応えを感じているという。
Interview
「おかげで、ハイエンドは好調」

寺門典昭
部長 独特のサービスには、独特の売り方が必要だ。IDCフロンティアは、ソーシャルメディアを活用し、ワンクラサービスの販売促進に力を入れている。また、ソーシャルメディアを通じてユーザーと対話し、利用者の声を製品開発に反映している。ユーザー体験(UX)を担当する寺門部長にたずねた。
──毎日何件かユーザーからのフィードバックがあるとうかがっている。 寺門 ユーザーは「こんな機能がほしい」とか「ここが使いにくい」とか、生の声をTwitterなどでつぶやき、私はそれらをヒントに機能を見直すなど、ユーザーの声を開発に反映している。今回のサービスは、エンジニア個人がターゲットなので、多くのエンジニアが使っているソーシャルメディアをマーケティングの基盤に選んだ。日頃、ユーザーと密なやり取りができて楽しい。
──エンジニア個人をターゲットに据えたきっかけは。 寺門 米国では、エンジニア個人にクラウドリソースを販売するビジネスが盛んで、DigitalOceanなどのサービスプロバイダが順調に事業を伸ばしている。私は日本でもこうしたビジネスに商機があると捉え、米国の動きを参考にしつつ、今回のワンコインクラウドサービスを考え出した。開発に際してはスピード感を心がけ、わずか数か月で発売にこぎ着けた。
──マーケティング活動の効果は。 寺門 当社の認知度が高まっていると実感している。ワンコインクラウドではないけれど、CPUを40基備えたサーバーを1台あたり17万円前後で提供するハイエンドクラウドの販売が好調で、在庫(笑)がなくなりつつある。ワンコインクラウドを入り口として案件を獲得する戦略が、うまくいっている証だと思う。
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