Chapter 2 アナリティクス産業の集積
見える化したデータをビジネスに生かす
会津大学の人材育成力が強み
●採用企業の評価は高い 国は地方自治体に対して、地方創生施策の一環として、地方創生のための総合戦略の策定とともに、より具体的な個別事業を含む「地域再生計画」の作成を促している。地域再生計画は、内閣総理大臣の認定を受けることで、国の支援の対象となる。計画に含まれる事業に対して、財政、金融的支援措置を活用することができるようになるのだ。会津若松市は、「アナリティクス産業の集積による地域活力再生計画」と名付けた地域再生計画を打ち出し、今年1月に認定を受けた。
前段で説明したように、会津若松市の地域再生の基本的な方向性は、ITを活用した高付加価値産業を地域の基幹産業として育てるというものだ。その基礎づくりともいえるスマートシティ推進のための5事業で情報の「見える化」を進めたが、これにより出現したビッグデータを活用して高付加価値サービスを提供するアナリティクス産業を、会津若松市の新たな基幹産業にしようという構想だ。
引き続き、プロジェクト全体を管理監督し、そのつど調整やアドバイスを行うPMO(プロジェクトマネジメントオフィス)の機能を果たしていくアクセンチュアは、100人規模の人材を会津若松に配置することを決めている。しかし、計画実現のためには、データアナリティクスに関連する事業を展開するITベンダーを、多数誘致する必要がある。会津若松市やアクセンチュアが、そのインセンティブとになると考えているのが、「データ収集と活用のためのインフラが充実していることと、会津大学というITの専門大学から質の高い人材を供給できること」(高橋部長)だ。
高橋部長は、「会津大学の学生は、1年生から専門的なスキルをみっちり叩き込まれるし、英語の授業がほとんどなので、グローバルで活躍できる即戦力の人材が多く、採用企業の評価も非常に高い。アナリティクス人材育成講座も開設していて、データ・サイエンティストが不足している日本のIT業界にとっては、魅力のある人材を供給できるはず」と力を込める(図5参照)。一方で、会津大学の学生は、6割が県外出身者で、卒業後は8割近くが県外に就職する(図6参照)。ITが首都圏偏重型の産業であることを考えれば当然の結果といえるが、現状では、地域経済の活性化に会津大学はそれほど貢献していないとみることもできる。だからこそ、アナリティクス人材を求めるITベンダーを誘致し、会津大学の卒業生の雇用の受け皿として機能させたいと考えているのだ。県外から会津大学に入学した学生を会津若松市内に定着させ、高付加価値産業育成の担い手を増やしていくという循環をつくろうと構想している。
ただし、いかに優秀な卒業生を輩出しているとはいえ、地元の進学校などでは、会津大学の人気はそれほど高くないのが実情だ。高校生にとっては、偏差値やブランドが進学先を選ぶ決め手になることも少なくない。人材の好循環を実現するには、会津大学のブランド力向上も不可欠ではないのか。その問いに、中村センター長は「そこはアクセンチュアがお役に立てると考えている」と話す。「会津大学を出たらアクセンチュアに入社できるというルートを整備していく。少しおこがましいかもしれないが、アクセンチュアは新卒採用でも人気が高いし、名門大学を出ないと入社できないというイメージをもっている人もいると思う。アクセンチュアが会津大学の卒業生を優先的に採用することで、進学先としての人気を上げることはできると思う」。
●観光拠点になるようなオフィスビルに企業を集める また、ITベンダーが入居するアナリティクス産業の集積拠点も、新たに整備する。高橋部長は、「従来の製造業誘致のように、土地を造成して安く分譲するというようなことをやっても、ITベンダーは魅力を感じるはずがない。必要なのは、グローバル企業の拠点になり得る機能をもったオフィスビル。わざわざ東京から移転してもメリットがあると感じてもらえる器が必要だ。そうなると、単なる賃貸業者が建てるようなビルでは要件を満たすことができないので、新たに整備しなければならない。地域再生計画の認定を受けたことで、こうした所管省庁がどこなのか曖昧な事業でも、補助を受けやすくなっている」と、国の“お墨付き”を得た効果を説明する。中村センター長も、ITベンダーの集積拠点の重要性を強調する。「オフィスビルの建設・運営の主体をどうするかは課題だが、すでに最終調整の段階には入っている。産官学はもちろん、金労言(金融、労働界、地方の状況をよく知っているマスコミ)も含めて広く地域を巻き込んでいくことが大事。著名なクリエイターなどもプロジェクトに参画してもらって、世界的に有名な、観光資源になるようなビルにしたい」。
すでに、中村センター長が代表理事を務める一般社団法人オープンガバメント・コンソーシアムのメンバー企業を中心に、データアナリティクス部隊の拠点を会津若松の新しい拠点に移そうという動きは顕在化しているという。ただし、新たなオフィスビルの全容など、受け入れ側のインフラについてもう少し詳細に明らかにならなければ、正式に移転の決断をすることは難しいのも実際のところだ。農地法の規制により、土地取得がなかなか自由にできないという課題もある。これから乗り越えなければならないハードルも少なくはないようだ。
将来に膨らむ構想
FUKUSHIMA・データバレー・プロジェクト
オプトアウト型データ活用の特区に
これまで説明したほかにも、会津若松市やアクセンチュアは、さまざまなIT活用による地域活性化方策を構想している。現在、国に提案、ヒアリング中なのが、「FUKUSHIMA・データバレー・プロジェクト」だ。
中村センター長は、「日本のインターネット総トラフィックのうち、4割以上が海外のデータセンター(DC)からサービス提供を受けたものが占めている。しかし、安全保障の観点からも、それでいいのかという疑問がある。海外から流入しているトラフィックは、サーバー約66万台で処理されていると想定でき、その50%を国内に取り戻すことができれば、一次効果で3920億円、年次780億円の経済効果が期待できる。会津若松市を中心に、そのためのDCを集積したいと考えている」と説明する。
さらに、同プロジェクトでは、会津若松市を国家戦略特区として、オプトアウト型のデータ活用を例外的に認めるよう提案している。日本では、著作権法や個人情報保護法の壁に阻まれ、DCに集まったデータを自由に使うことはできない。中村センター長は、「ITの技術革新やユーザーのニーズに素早く対応するためには、オプトアウト方式の検討はすべき」と強調する。確かに、これが認められれば、多くのDCが会津若松市に集まってくる可能性もありそうだが、果たして……?