長らくプロプライエタリな環境が続いた自動車向け組み込みソフトウェア業界だが、ここへきて欧州発のオープンなベーシックソフトウェア「AUTOSAR(オートザー)」の存在感が急速に高まっている。組み込みソフトの“牙城”とされる自動車分野を切り崩されないために、日本の組み込みソフト開発ベンダーはどう対処しようとしているのかを取材した。(取材・文/安藤章司)
●車載ECUに地殻変動が起こる 組み込みソフトの主戦場の一つである自動車向けビジネスに地殻変動が起きている。欧州発のオープンなベーシックソフトウェアのAUTOSARがいよいよ本格的な普及期に差し掛かる可能性が高いからだ。
AUTOSARは欧州発の車載ECU(電子制御ユニット)向けベーシックソフトで、OSや通信制御、ドライバーなどを内包している。仕様は欧州の標準化団体が中心になって策定しており、実装(ソフトウェアとしてプログラミングすること)は、ソフト開発ベンダー各社が行っている。
AUTOSAR仕様に基づいたベーシックソフト(以下OS)の開発では、独ベクターや独エレクトロビット、印KPIT、米メンター・グラフィックスなどが有名で、開発したソフトウェアそのもののソースコードは原則として公開されないことが多い。このことからAUTOSARは「仕様は協調、実装は競争」といわれており、ソフト開発ベンダー各社による車載EUC向けOSの開発競争が激しさを増している。
では、このAUTOSARが日本の組み込みソフト開発ベンダーにどのような影響を与えるのだろうか──。この特集ではAUTOSARを巡る日本の組み込みソフト開発ベンダーの取り組みをレポートする。
●ソフト開発費がうなぎ登り 組み込みソフト開発ベンダーにとって自動車関連メーカー向けのビジネスは、(1)車載ECUと(2)カーナビなど車載情報系の主に二つの領域に分かれる。後者はスマートフォンの普及が影響するかたちで価格が大幅に抑制されているのに対して、前者の車載ECUは堅調に推移している。自動車関連メーカー側からみれば、新車の研究開発コストで「ソフトウェア開発に占める比率が半分を超えることも珍しくない」(組み込みベンダー幹部)といわれるほど車載ECUを中心としたソフト開発費の高騰が頭の痛い問題にもなっている。
自動車関連メーカーにとって組み込みソフトの開発は、コストそのものであり、なんとか抑制したい。そこで登場したのがECU向けのオープンなOSであるAUTOSARだ。これまでECUの種類ごとに開発してきた制御ソフトをAUTOSARに置き換えれば、ECUの開発費抑制につながると、自動車関連メーカー側は捉えている。ECUに採用されているマイコンは自動車メーカーごとに大きく異なるが、今後、AUTOSARが普及すことによって、例えば「Android OS × ARM系マイクロプロセッサ」「Windows OS × インテルチップ」のように、AUTOSAR対応マイコンが安く出回るようになると、組み込みソフト開発ベンダーにとって、いよいよ脅威となる。

AUTOSARとはいったい何だ
Q:「AUTOSAR」って何?
A:AUTOSARとは欧州発の車載ECU(電子制御ユニット)向けのベーシックソフトウェア(OSや通信制御、ドライバーなど)を指す
Q:「ECU」って、燃費をよくするものでしょ?
A:近年のECUはエンジン制御だけでなく、ハンドルやブレーキ、モーター、ギア、サスペンションなどクルマのさまざまな部分を制御している。ECUの数が多くなりすぎるのが問題になるほどで、中級車クラスでも大小100個近いECUが使われている
Q:なぜ今、AUTOSARなの?
A:AUTOSARは10年ほど前から欧州を中心に開発が進んできたが、本格的に普及が始まったのは、ここ数年。欧州の自動車メーカー向けに部品を納入している日本の自動車部品メーカーが、納品先メーカーからAUTOSAR準拠を要求され始めたことから、国内でもAUTOSARが俄然注目を集めるようになった
Q:ECUにクルマの運転を制御されるなんて許せない(50代男性)
A:好き、きらいにかかわらず、若い世代は電子制御式のパワーステアリングやAT(オートマチック)でなければ運転できないドライバーの割合が増えており、ハイブリッド車ともなれば、構造的にマニュアルでのクラッチやギアの操作はできない。必然的にECUの力を借りることになる
Q:ECUは信頼できるのか?
A:ECUが故障しても、失われた機能を補うバックアップ装置が動作するよう設計されている。これは「機能安全」と呼ばれており、車載システムの特徴の一つになっている
Q:「機能安全」って具体的には何?
A:例えば、パワーウインドウに指を挟まれたとする。通常なら指を挟んだ圧力をセンサで感じ取り、モーターを止めるが、もしこのセンサが故障しても指を挟み込まないよう別の安全機構を動作させるようにする。機能安全は通常の機能が壊れることを前提として、そのバックアップを設計時から用意しておく考え方である
Q:車載ECU向けOSを欧州勢に奪われて、世界のOSのほとんどを専有してきた米国勢はなぜ黙っているのか
A:黙っているわけではないが、車載ECUは先の「機能安全」であったり、処理をするタイミングや速度が厳密に定義される「リアルタイムOS」機能が必須であったりと、LinuxやWindowsのような米国勢が開発してきた汎用的なコンピュータのOSは使い物にならないとされている。むしろ地味な組み込みOSより、米国ではGoogleの自動運転カーに代表されるようなロボットカーやAI(人工知能)の開発へ資金や人材が集まっている印象を受ける
Q:リアルタイムOSといえば、国産の「TRON(トロン)」があるではないか
A:残念ながら車載ECUに特化しているわけではないので、リアルタイムOSという共通点はあるものの、世界的にはAUTOSARが事実上の標準になりつつある
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