“格安SIM”のブームにより、ここ数年で日本市場にも完全に根付いたMVNO。コンシューマ市場は価格競争によるレッドオーシャン化の兆候がみられる一方、法人向け市場ではSIerが回線を組み合わせたシステムの提案や、MVNOを支援する周辺事業に乗り出す例が相次いでおり、市場拡大の余地が大きい。盛り上がるMVNO市場を生かして自社ビジネスの拡大を目指す企業の取り組みを追う。(取材・文/日高彰)
[用語解説]
MVNO
Mobile Virtual Network Operatorの略で、日本語では「仮想移動体通信事業者」と訳される。自社では基地局などの無線設備を保有せず、大手携帯電話会社など他の移動体通信事業者が提供する通信サービスを利用して、または移動体通信事業者のネットワークと相互接続することで、エンドユーザーに移動体通信サービスを提供する事業者を指す。大手事業者にはない多様な通信サービスを実現し、競争と電波の有効利用を促進する事業モデルとして期待されている。なお、MVNOに無線ネットワークを提供する移動体通信事業者は「MNO」(Mobile Network Operator)と呼ばれる。●ここ2年で急速に成長した個人向けMVNO市場 2年ほど前から携帯電話市場をにぎわせている“格安SIM”。他の移動体通信事業者(MNO)のネットワークを利用して自社ブランドのモバイル通信事業を展開する仮想移動体通信事業者(MVNO)のサービスのことで、月々数百円からといった文字通り格安の料金プランを打ち出す事業者も多い。端末と通信回線を事実上セットで購入する必要がある従来型の携帯電話サービスとは異なり、回線を利用するための情報が書き込まれた「SIMカード」単体での契約が可能なことから、このように呼ばれている。
ヒットの背景にあるのは携帯電話料金の高止まりだ。大手携帯電話会社からスマートフォンを購入し、標準的な料金プランで契約すると、月々の支払額は7000~8000円。端末が従来型携帯電話(俗にいう“ガラケー”)からスマートフォンに変わり、通信方式が3GからLTEへと進化したという事情はあるものの、年間で8万~9万円に上る出費に割高感を覚えるユーザーは少なくない。
格安SIMでは、端末は別途用意しなければならず、店頭サポート窓口が存在しないか少ないなどのデメリットがあるものの、通信料金は大手の半額以下に抑えることも可能。一定のスキルがあり、利用形態に合うサービスを自分でみつけられるユーザーであれば、コストメリットは大きい。今年3月末時点でのMVNO契約数(MNOが提供するMVNOサービスを除く)は約952万件で、この1年9か月だけで1.5倍に急増。移動体通信サービス全体の6.1%を占めるに至っている(表参照)。欧米市場では移動体通信契約の約10%がMVNOといわれているが、日本でもこの勢いでMVNOが伸びていけば、10%突破も十分あり得る話だ。
●価格競争のMVNOはISP市場の轍を踏む 国内でのMVNOサービス自体は、2001年から法人向けデータ通信カードや組み込み通信モジュール向けに提供されており、決して新しいものではない。しかし、前述のようにスマートフォン時代になって価格的メリットがいっそう際立つようになったほか、SIMフリー端末の普及なども追い風となり、現在は主にコンシューマ市場で急速に認知が広がっている。
ただし、注目される理由が料金の安さであったことから、MVNO各社の間ではユーザー獲得に向けた値下げ競争も過熱している。また、十分な品質のサービスを提供し続けるには、需要の拡大に応じてMNOから調達する通信帯域を増やしたり、より高性能なネットワーク機器を導入したりと、オペレーションコストを積み増す必要がある。市場が価格勝負に陥れば、競争を左右するのは資金力ということになりかねない。
1990年代後半のインターネット黎明期、日本全国で無数のインターネットサービスプロバイダ(ISP)が登場したが、ADSLや光ファイバーによる常時接続が普及して高速化・低価格化が進むと、中小事業者の多くは大手に吸収されて消えていった。「大手にない多様なサービスの実現という当初の目的が実現されないと、MVNOもISP市場の歴史と同じ道をたどる可能性が高い」と指摘する関係者も多い。KDDI傘下のKDDIバリューイネイブラーが提供する「UQ mobile」や、ソフトバンクが展開する「Y!mobile」など、大手事業者がサブブランドで展開するMVNOやそれに近いサービスもあり、すでに“レッドオーシャン”化が進行している状態だ。
一方、法人向け市場においては特色のあるサービスを提供する事業者が増えつつある。MVNO大手のインターネットイニシアティブ(IIJ)は、4月よりNTTドコモとKDDIのネットワークを組み合わせることのできるマルチキャリアサービスを開始しており、2キャリアでの冗長構成をとったり、契約中の複数回線のデータ通信量を合算し、キャリアをまたいで分け合える料金プランなどを用意したりと、既存のモバイル通信サービスにはないメリットを提供している。
東芝製のPCやタブレット端末を法人向けに販売する東芝情報機器では、2月よりMVNO事業に参入し、自社ブランドの通信サービス「TIEモバイル」の提供を開始した。データ通信量を分け合えるシェアプランやIoT向けの小容量プランを用意し、LTE通信機能を内蔵したPC、タブレット等と通信回線、そして東芝のクラウドサービスなどを、サポートも含めワンストップで提供する。
利用形態が多種多様なコンシューマユーザーに比べ、アプリケーションの種類やユーザー数が比較的固定的な法人ユーザーの場合は、発生するトラフィックの量やパターンを予測しやすく、MVNO側もより緻密な料金プラン設計が可能になる。また、IoTでは大量のセンサ一つひとつでモバイル通信を利用したいといった需要もあるが、既存の通信サービスは料金やサービス内容がIoT用途にマッチしないことも多い。さらに、セキュリティニーズの高まりから、モバイル回線をインターネットには接続せず、企業のイントラネットとのみ通信を許可したいといった要望も増えているという。
このような背景を考慮すると、MVNO市場における“ブルーオーシャン”はむしろ法人向けビジネスにあることがわかる。また、MVNO事業への新規参入を考える事業者が増えていることから、情報サービス業界においては、「MVNOのビジネスを支援するビジネス」も有望視されている。以降では、拡大するMVNO市場を自社のビジネス成長につなげる各社の取り組みを紹介する。
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