ネットワーク編
川崎フロンターレが自社負担でスタジアムWi-Fiを整備
Jリーグ所属のプロサッカークラブ・川崎フロンターレが今年6月、ホームスタジアムである等々力陸上競技場のWi-Fiエリア化を行い、観客向けにインターネット接続サービスや映像コンテンツの提供を開始した。スタジアムのネットワーク化はスポーツ観戦の姿をどのように変えるのか。システム構築を担当したエヌ・ティ・ティ・ブロードバンドプラットフォーム(NTTBP)に聞いた。(取材・文/日高彰)
●来場者の4分の1が利用 6月7日夕方、J1リーグ・川崎フロンターレ対湘南ベルマーレの試合が行われた川崎市の等々力陸上競技場には、2万人を超える観客が来場した。観客が手にするスマートフォンの画面には、フィールド上で繰り広げられるプレーの中継映像が流れ、選手のデータなども表示されていた。これらは、この日Jリーグ初の試みとして行われた無料Wi-Fiサービス「FRONTALE FREE Wi-Fi」を通じて提供されたコンテンツで、来場者の4分の1にあたる約5000人が何らかのかたちで、このネットワークを利用した。
名称からもわかるように、このWi-Fiサービスの提供元は、等々力陸上競技場をホームグラウンドとする川崎フロンターレ。競技場の所有者である川崎市に許可を得て、チーム自ら費用を負担してアンテナなどの設置や、サービスの運用を行っている。競技場を訪れた観客は、FRONTALE FREE Wi-Fiのアクセスポイントに接続し、簡単な利用登録を行うだけでインターネットに接続でき、スタジアムでしか見られない限定コンテンツやスカパー! オンデマンドが提供する映像配信サービス「Jリーグオンデマンド」を無料で楽しむことができる。
●無料Wi-Fiが収益に貢献 等々力陸上競技場のWi-Fiエリア化は、NTTBPがJリーグ側にシステムを提案し、リーグ内で川崎フロンターレが強い導入意欲を示したことで実現した。現時点では、スタジアムまで足を運んでくれるファンに対してのサービス向上が主な目的となっているが、将来的にはこのインフラを生かして、各試合での収益向上を図ることを視野に入れている。

等々力陸上競技場で3月に完成した新メインスタンドにアンテナを設置した
利用手続き完了後に表示されるポータル画面。スタジアムでしか見られない限定コンテンツなどを用意 NTTBPの大西佐知子・アライアンス営業部スタジアムWi-Fi推進室長によると、米国ではプロスポーツ会場のサービスとして、スタジアムWi-Fiがあたりまえの存在になっていて、マルチアングル映像のオンデマンド配信や、観客席からの飲食デリバリの注文、電子チケットとビーコン信号の連携による座席位置の案内など、観戦の楽しみや利便性を高めるための基盤として、多くのチームが活用しているという。

NTTBP
大西佐知子
スタジアムWi-Fi推進室長 大西室長は「当社でも、米国の事例を視察・研究しているが、現地のスタジアムやプロチームでは、試合のみならず、スタジアムで過ごす1日を十分に楽しんでもらおうという考え方が非常に強い」と話し、Wi-Fiもそのための戦略的なツールの一つになっていると説明する。スタジアムの利用が楽しく快適なものであるほど、来場客数も滞在時間も大きくなり、会場で落としてくれるお金の額も増えるという考え方だ。また、ボックス席などのプレミアムシートに、ベンチ内などふだん見られない場所の映像を配信することで、チケット価格を上げるのに成功した事例もあるという。
J1リーグ所属チームが、ホームスタジアムで試合を行う機会は、年間17回と限られている。にもかかわらず川崎フロンターレがWi-Fiに投資をしたのは、上記のようにマーケティングツールや収益源としての活用の道筋がみえてきたことが背景となっている。
●スタジアムでもライブ映像 6月7日に利用状況をモニタリングしたところ、Wi-Fiネットワークへの接続数は試合開始の時間帯が最も多かったものの、Jリーグオンデマンドの映像配信サービスには、前半・後半それぞれのキックオフと同時に視聴者数が急増する傾向があったという。当初は、待ち時間に過去の注目シーンなどを観て楽しむ需要が大きいのではないかと予想していたが、実際には目の前で試合が行われているスタジアムにおいても、ライブ映像へのニーズが非常に高いことが確認された。野球場ではラジオやワンセグで解説を聞きながら観戦する人が少なくないが、サッカーにおいても同様の楽しみ方が行われているようだ。
Jリーグオンデマンドは、月額2962円の有料サービスを、会場限定で無料提供しているため、自宅に帰ってからまた観たいという視聴者の新規獲得も期待できる。このため、スカパー! オンデマンドからもコンテンツを無償で供給してもらうことができた。
工事にあたっては、建造物の構造上理想的な場所にアンテナを設置できないエリアもあったが、NTTBPは、西武スタジアムなどで大規模なWi-Fiネットワーク構築の経験があり、観客席が来場者で埋まったときの信号減衰の影響なども含め、想定した通りのパフォーマンスが得られているという。現在は、等々力陸上競技場のメインスタンドの85%のエリアで、Wi-Fiの利用が可能ということだが、将来的には競技場全域をサービスエリアにする考えだ。またNTTBPでは、Jリーグの他チームへの展開に向けた準備も進めている。
NTTグループでは、スポーツ観戦に新たな体験をもたらすための技術開発を進めており、4K映像の伝送とプロジェクションマッピング技術を組み合わせることで、競技場で行われている試合を、遠隔地の別会場で再現するテレプレゼンス技術や、全方位カメラで撮影した映像とヘッドマウントディスプレイを用いて、競技フィールド上の選手の視点で観戦する没入型の視聴技術などを研究している。インフラとアプリケーションの両面でスタジアムのICT化を推進し、2020年に向けた新しい観戦スタイルの実用化を目指す。
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