クラウドやモバイルという時代のニーズを踏まえ、新しいアーキテクチャでつくり直したERPを市場に訴求し、IoTソリューションなどと連携した新しい価値を顧客に提供する──。ERP市場を牽引してきた独SAP、それを追う米オラクルの二大ERPベンダーは、近年、そうした方針を鮮明にしているが、ようやく彼らの「次世代ERP」の全貌と、日本市場での浸透に向けた戦略がみえてきた。次世代ERPはついに本格的な普及フェーズに入り、ベンダー間の新しい競争を引き起こそうとしている。(取材・文/本多和幸)
SAPジャパン
S/4HANAがついに全貌を現す
デジタル化とリアルタイム性の価値を訴求
●最新版はフルラインアップ SAPの次世代ERPである「SAP Business Suite 4 SAP HANA(S/4HANA)」は、2015年2月に日本でも発表された。「SAP ERP6.0」を中心とした従来の主力製品「SAP Business Suite 7」の進化の延長にある製品ではなく、今後のSAP製品の統一基盤として位置づけられているインメモリコンピューティングプラットフォームHANAの上に、新しくつくり直したERPだ。ただし、当初は会計ソリューションである「Simple Finance」のみのリリースで、その他の機能モジュールは、「Simple Logistics」というコードネームで開発を進めており、15年内のリリースを予定していた。ロジスティクスという名前からは物流向けソリューションという印象も受けるが、実際は、物流に限らず、ERPの機能を幅広く網羅した製品だ。つまりSAPは、Simple Logisticsのリリースこそが、S/4HANAのビジネスが本格化する狼煙となると位置づけていたし、SIパートナーも同様の期待を寄せていた。
そして15年11月、Simple Logisticsとして開発を進めてきた機能を実装したS/4HANAの最新版「S/4HANA Enterprise Management」が、ついに世に出た。Simple Financeで提供してきた会計に加え、予告どおり、営業、サービス、マーケティング、コマース、調達、製造、サプライチェーン、アセット管理、研究開発、人事といった業務を網羅した。さらにSAPジャパンは、S/4HANA Enterprise Managementの業務ごとの機能と、関連する他のSAP商材を組み合わせてパッケージ化し、「SAP S/4HANA Lines-of-Business」という業務別ソリューションの提供も始めた。経費精算の「Concur」、購買管理の「Ariba」を会計と組み合わせたり、人事管理にタレントマネジメントの「SuccessFactors」を連携させたりといったケースを想定している。
独SAPの幹部は、「あらゆる業務部門のビジネスプロセスを網羅するものになった」と、まさにS/4HANAの機能モジュールがフルラインアップで出揃ったことを強調。さらに、「基幹系のビジネスプロセスを含むバリューチェーンのあらゆる部分をつなぎ、リアルタイムでトランザクション処理だけでなくシミュレーションや分析を行うことができる」とその価値を説明する。S/4HANA Enterprise Managementは、ユーザーのビジネスをエンド・トゥ・エンドで“デジタル化”し、すべてのデータをリアルタイムで活用できる「唯一のソリューション」(独SAP幹部)であるという。HANAは、オンプレミスにもクラウドにも対応しており、ハイブリッドで活用することも可能であり、SAPはPaaS形態でも提供している。HANAを共通基盤として、S/4HANAはオンプレミスでもクラウドでも拡張できるし、さまざまなクラウドアプリケーションとの統合も可能だ。
●パートナーの体制整備も本格化しつつある 
大我 猛
シニアディレクター SAPはもともと、S/4HANAの発表時から、「従来製品比で処理が速くなったり、UIが改善されたという点がS/4HANAの進化の本質ではない」と主張してきた。SAPジャパンの大我猛・インダストリークラウド事業統括本部シニアディレクターは、「S/4HANAの進化の最大のポイントは、カバーする範囲が従来のERPよりもずっと広くなっている点。人、モノ、金、企業など、あらゆるものがデータでつながる世界を、HANAという同一のプラットフォーム上で実現した」と強調する。これによりユーザーにどんなメリットがもたらされるのか。例えば、「エンド・トゥ・エンドでデータをリアルタイムに活用できるようになれば、大量生産のための製造ラインでも、時間やお金、納期を余分にかけずに、個別ニーズに対応したものづくりが可能になる」(大我シニアディレクター)という。
ただ、S/4HANAはHANAネイティブで開発されたがゆえに、データベースはHANAに限定されるという事情がある。HANAの歴史は浅く、SAPの既存のERPユーザーは、オラクルの「Oracle Database」やマイクロソフトの「SQL Server」など他社DBを使っているため、DB移行がほぼ必須になる。これはユーザーにとって、低くはないハードルといえよう。S/4HANAの普及には、このハードルを越える労力とコストをかけても「お釣りがくる」だけのメリットがあることをユーザーに示さなければならない。それでも大我シニアディレクターは、「パートナーと強調してS/4HANAを浸透させていく準備は整いつつある」と自信をみせる。SAPジャパンは昨年7月、HANA対応のERPテンプレート拡充を目指すコンソーシアムをパートナーと共同で設立した。S/4HANAリリース後は、その後継組織として「S/4HANAコンソーシアム」が発足し、22社が参加している。すでに全社がテンプレートのHANA化を完了し、その3分の1がS/4HANA対応まで完了している。さらに、国内で初めてS/4HANA Enterprise Managementの導入案件を手がけた野村総合研究所(NRI)は、S/4HANA Enterprise Managementリリース前からSAPの製品評価プログラムに参画し、同製品の導入・開発や、S/4HANAの価値訴求のノウハウを蓄積してきた。こうしたパートナーの動向が、S/4HANA拡販のカギを握るのは間違いない。
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