交通や車載システムが大きな変革期に差しかかっている。準天頂衛星「みちびき」3機が2017年にも打ち上げられることで、日本版GPS(全地球測位システム)の商用サービスが2018年をめどに始まる見通しだ。先行的に打ち上げた1機を使って、すでにさまざまな実証実験が進んでおり、情報サービス業界においても、「みちびき」を活用したビジネスを模索する動きが出てきている。(取材・文/安藤章司)
●「みちびき」は社会インフラに 現行の米国のGPSで経験済みであるように、衛星測位はスマートフォンやカーナビといった移動体で威力を発揮する。とりわけスマートフォンは、Googleマップとの組み合わせによって、誰でも道に迷わず目的地に到達できるようになり、GPSはクルマを運転しない人にとっても、一気に身近な存在になった。
そもそも、すでにGPSがあるのに、なぜ日本版GPSを商用化するのか──。移動体や自動車を中心にGPSがあたりまえのように実装された今、GPSはすでに立派な社会インフラである。しかし、そのインフラは米国が構築したもので、日本は相乗りさせてもらっているに等しい。一般消費者(コンシューマ)の間で使う分には問題ないにせよ、これを自動車や鉄道の制御や、交通システムの基幹システムとして組み込むには、実のところ問題が多かった。現行のGPSで測位誤差が大きかろうと、衛星の位置が低くてビルや山の影になると測位できなくなっても、相乗りさせてもらっている以上、文句は言えない。
つまり、自国で責任をもって運用できる衛星測位のインフラがあって、初めて信頼性が求められる業務用途で使えるというわけだ。
「みちびき」は、米GPSの代わりになるものではなく、既存の米GPSと併用することで精度を高められ、なおかつ「みちびき」は地球を周回する米GPS衛星と違って、日本周辺にとどまるタイプの衛星であるため、自ずとそれぞれが担う役割が異なる。米GPSは全地球をカバーし、汎用的であるのに対して、「みちびき」は日本の社会インフラを支える業務用途を念頭に置いているといえる。
●世界各地で測位衛星ラッシュ では、情報サービス業界にとって、「みちびき」はどのようなビジネスチャンスをもたらしてくれるのだろうか。

まずその前に、衛星測位を巡る主要国の動きを頭に入れておく必要がある。2016年から20年にかけてEUの「Galileo(ガリレオ)」、中国の「北斗」、インド「IRNSS」が相次いで本格的な商用サービスを始める見通しで、日本の「みちびき」もその動きなかの一つ(図1参照)。すでにサービスを始めている米GPS、ロシア「GLONASS(グロナス)」に続いて、新たに日本を含む4か国と地域が加わり、合計6か国・地域が衛星測位の商用サービスを始めることになる。うち、日本とインドは静止衛星(準天頂)方式であるため、カバー範囲は自国とその周辺だが、EU、中国は米露と同様、全地球をカバーするものである。

NEC
神藤英俊
準天頂衛星利用推進室
エグゼクティブ・エキスパート 測位衛星に詳しいNECの神藤英俊・準天頂衛星利用推進室エグゼクティブ・エキスパートによれば、「現時点ですでに地球全体でおよそ70機の測位衛星が飛行中で、空を見上げると常に20~30機の測位衛星が見える」状態にあるという。全地球をカバーするEUと中国が米GPSと同様、30機程度の運用を始めるとすれば、それだけで20年頃までには全世界でおよそ100機体制になる見込み。NECが開発した測位衛星の位置をシミュレーションするスマートフォンアプリ「GNSS View」(図2参照)は、無料で各国・地域の測位衛星の位置を可視化してくれる便利ツールで、すでに数十機の測位衛星が利用可能であることがわかる。
繰り返しになるが、いくら数が多くても低いところを飛んでいる衛星では、ビルや樹木、山などが陰になって使えないことが多く、飛来してもすぐに去ってしまうので安定性に欠ける。その点、たとえ1機でも常に日本の真上に衛星がとどまっていてくれれば「測位精度は飛躍的に高まる」といい、その役割を果たすのが「みちびき」だ。神藤エグゼクティブ・エキスパートが調べたところによれば、西新宿の高層ビル街で米GPSだけの測位だと50%くらいしか測位できなかったのが、「みちびき」が1機あるだけでざっくり75%くらいまで測位の成功率が高まるという。

図2 測位衛星の位置をシミュレーションするNECのスマートフォンアプリ
「GNSS View」の画面イメージ。中央の赤い丸が「みちびき」
次ページからは、ビジネスへの応用をレポートする。
〈用語解説〉 準天頂衛星とは
準天頂衛星「みちびき」ってなに?

準天頂衛星「みちびき」イメージ
──そもそも日本版GPSなんて必要なの? 情報サービス業界では、意見が割れていて、コンシューマ用途よりもB2Bビジネス用途での期待が大きい。日本版GPS「みちびき」を米GPSと併用することで測位精度が格段に高まるからだ。精度や信頼性が求められるB2B領域で確実に需要が見込める。
──米GPSと併用じゃ、「みちびき」は存在価値ないじゃん! 米GPSは常に移動しているが、みちびきは常に1機が日本上空にいるため衛星測位の信頼性が格段に高まる。精密さと信頼性が高まることで業務用途でニーズが高まる。
──例えばどんな用途? 農業用のトラクターや土木用のブルドーザー、自動車・トラック、船舶の位置の精密測位や自動運転が有力候補。
──「みちびき」って現行の初号機の名前でしょ? 何機も打ち上げなきゃならないのに、1機ずつ別の名前をつけていくの? 運営受託会社の1社のNECによれば、「みちびき」は準天頂衛星の総称。来年にも追加で打ち上げられる商用の3機、それから今後の追加打ち上げを目指している3機の計7機すべて含めて「みちびき」と呼ぶとのこと。当面の4機体制では米GPSとの連携は不可欠だが、将来的に7機体制になれば、理論上、「みちびき」だけで測位が可能。
──「準天頂」の意味がいまいちわからないんだけど。GPSとどこが違うの? 「準天頂」とは「日本のほぼ真上にいつも測位衛星がある」という意味。米国のGPSは地球を周回しているため、日本の上空にいる時間はわずか。入れ替わり立ち替わり異なるGPS衛星が飛んでいく。「みちびき」はいつも確実に上空にいるため、電波をつかみやすい。日本の気象観測や天気予報のために活躍して、国民に愛され続けている静止気象衛星「ひまわり」と似たような位置づけ。
──じゃあ「みちびき」は静止衛星なの? 細かく言えば、18年から商用サービスで使う4機のうち1機は赤道上の静止衛星で、残り3機は静止衛星だが、軌道が赤道に対して少し斜めであるため地上からみると数字の「8」の字を描くように見える。「みちびき」の広い意味での利用可能な範囲は日本や韓国、中国、ASEAN、オーストラリアなどで、「みちびき」を活用した海外ビジネスも展開できる。
[次のページ]