主戦場は企業(B2B)向け
「みちびき」の想定事例とは
準天頂衛星「みちびき」は、精密測位が可能なことから、企業(B2B)向けの商用サービスでの活用が期待される。では、情報サービス業界各社は、具体的にどのようなビジネスで役立てようと考えているのだろうか。
●農機・建機は“二大勢力” 「みちびき」の特性は(1)常に日本の上空にとどまっている(2)米国のGPSと電波周波数帯がほぼ同じで、受信用のチップも少しの改修で済む(3)センチメートル単位の精密測位が可能の3点である。そして、GPSでの経験から携帯電話や自動車など移動体との相性が非常にいいことを踏まえると、「みちびき」活用ビジネスは、まず農業機械や建設機械などの比較的低速で動く機械の自動運転、バスや鉄道の運行管理、自治体の防災や測量が有力候補として挙げられる。

図3 コアの「COHAC∞(コハク・インフィニティ)」の製品例 出典:コア

コア
松浪正信
社長 GPSの研究にかねてから熱心で、組み込みソフト開発に強いSIerのコアは、「みちびき」を活用したビジネスに大きな期待を抱いているSIerの一社である。コアでは、「みちびき」対応製品として「COHAC∞(コハク・インフィニティ)」(図3参照)シリーズを独自に開発。「∞」は「みちびき」が「8」の字を描いて飛行するように見えることに由来する。COHAC∞では、センチメートル級の超精密測位によって、農機の精密誘導が可能なことを茨城県の実験圃場で実証済みだ。「『みちびき』の精密誘導による農機や建機の自動運転システムの開発にぜひともつなげていきたい」(コアの松浪正信社長)と並々ならぬ意欲を示す。
農機・建機は「みちびき」活用ビジネスの“二大勢力”として注目を集めている。トラクターやブルドーザーは、農場や建設現場といった限定された区域内で使用され、なおかつ動きが遅いことから、一般の自動車の自動運転よりも、はるかに実用的で安全であることが背景に挙げられる。自動運転によって得られるメリットは大きく二つあり、まずは人件費の削減、もう一つは真っ暗な夜間でも運転が可能である点だ。
実証実験では自動運転のトラクターが、まるで定規で線を引いたように運行し、田畑の端に来るとクルリと方向を変えて、隣の列を耕した。トラクターの制御はパソコンの画面で操作することから、夜間は自宅に居ながらにして、今、トラクターが田畑のどのあたりを耕しているのかをリアルタイムで監視できる。
ある程度規模がある農地であれば、トラクターの自動運転の経済的効果は見込みやすいし、国内での使用頻度は下がっているとはいえ、山間部や河川工事でブルドーザーの自動運転の需要は存在するとみられている。「みちびき」はオーストラリアまでカバーしているため、例えば同国の広大な農場で使うトラクターや資源採掘の鉱山で使うトラックへの適用、ブルドーザーは成長国での使用頻度が高いため、ASEANへ展開できる可能性が高い。国内市場だけで閉じるのではなく、「みちびき」をきっかけとした海外ビジネスも視野に入ってくる(図4参照)。

●新交通BRT/LRTへの応用も 前ページでもレポートした通り、測位衛星は20年頃まで打ち上げラッシュが続く。数年後には日、米、EU、露、中、印の6か国・地域の衛星測位サービスが出揃う見通しだ。日米の測位衛星は当初から併用前提で設計されているが、実は地域測位のインドを除いたEU、露、中の衛星も使う「マルチ衛星対応」のチップ開発も進んでいる。先述のコアも「マルチ衛星に対応して、精度と測位スピードを飛躍的に高めることが当社の衛星測位ビジネスの旗印としている」(松浪社長)と話す。
東芝ソリューションは、強みとする“交通”分野に「みちびき」の活用価値を見出している。同社では、すでに完成の域に達しているフル規格の既存の鉄道より、これから需要拡大が見込めるバス高速輸送システム(BRT)や次世代型の路面電車(LRT、ライトレール)への活用に期待を寄せている。
国内では少子高齢化で地方都市の交通のあり方が課題になっている。フル規格の鉄道を導入するには人口が少なすぎて採算が合わない。かといってバスだけでは心もとない。そこで地方都市の幹線部分は専用軌道を走り、郊外は一般道をクルマと一緒に走るBRT/LRTが注目を集める。BRTは名古屋の「ガイドウェイバス」、LRTは富山の「富山ライトレール」が有名だ。
バスの最大の弱点は混雑する都市部での遅延。利用者からすれば「いったい、いつバスが来るのか、本当に来るのか」と疑心暗鬼になってしまう。この点、BRT/LRTは遅延しやすいところは専用軌道をつくり、そうでない郊外部分は一般道を使うことで、建設や運行にかかるコストを安く抑えて、なおかつ定時運行できる設計がなされている。
問題は一般道に出てしまうと、とくにBRT(バス)の場合は、どこを走っているのかわからなくなるところ。専用軌道上は各種の物理センサでバスの位置を正確に把握することが可能だが、一般道では物理センサの設置に限りがあるからだ。今はGPSによっておおまかな場所を把握しているケースが多いが、「いかんせんGPSはおおよその目安にしかならない」(東芝ソリューションの久保英樹・交通ソリューション部主幹ITアーキテクト)課題があった。そこで、高い測位精度が安定的に出せる「みちびき」を活用することで、信頼性の高い位置を把握する動きが加速すると東芝ソリューションではみている。
●衛星測位に対する見方が“逆転” 米GPSの利用では、インフラを間借りしているため、精度がよくても悪くても誰にも文句が言えない状態だったが、「みちびき」によってこうした状況は一変する。自前の測位衛星が常に頭上にあることで、既存のGPSと組み合わせながら基幹業務に取り込める信頼性と精度を発揮することが期待されている。東芝ソリューションの久保主幹ITアーキテクトは、「これまでGPSは『おおよそ合っている』程度のものだったが、『みちびき』によって『信頼性の高い社会インフラ』になり得る」と予測している。
当面は「みちびき」4機体制での運用となるが、業務での活用が広がり、日本の「社会インフラ」としての認知度や重要性が高まれば、さらに追加で3機を打ち上げ、計7機体制での運用も現実味を帯びる。機数が増えれば、より精密で安定的、高信頼な測位体制が整う(図5参照)。

東芝ソリューションの主力商材の輸送計画ソフト「TrueLine(トゥルーライン)」では、鉄道やバス、貨物の輸送計画を効率的に策定する。輸送計画をもとに時刻表がつくられ、ユーザーは定時運行する鉄道やバスの利便性を享受できるわけだが、この輸送計画の立案にも「みちびき」は役立つとみられている。例えば、バスの運行ルートを計画するとき、運行するバスの正確な位置と時間が把握できれば、より緻密な計画が策定でき、それによって人件費や燃料費のコストも割り出せる。運行会社にとってコスト計算の精度が高まれば、その分だけ確実に利益を確保できるメリットは大きい。

東芝ソリューション
久保英樹
主幹ITアーキテクト 他にも貨物列車の操車場で、貨物コンテナの位置を本部から正確に把握するのにも「みちびき」は役立つ。操車場は線路と線路の幅が狭く、コンテナもそれだけ密集している。従来のGPSの精度ではわからなかったコンテナの正確な場所が、遠隔地からでもリアルタイムに把握できる。貨物列車はニッチではあるが、東芝ソリューションの「TrueLine」にとっては重要な顧客層の一つだ。久保主幹ITアーキテクトは「これまでは輸送計画に対して補助的な役割を果たしていたGPSだが、これからは『みちびき』の情報をもとに計画を立案する逆転現象が起きる」と、衛星測位に対する見方が一転するとみている。
「みちびき」を活用したBRT/LRT、鉄道(貨物を含む)関連のシステムも、先述の農機/建機と同様、ASEANやオーストラリアなどへの輸出に十分な可能性がある。成長国では低コストで導入できるBRT/LRTに人気が高く、ASEANを中心に「みちびき」を活用した高信頼な精密測位技術をベースに運行計画を立案するニーズが見込まれている。
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