Special Feature
クラウド業務ソフト 新興ベンダーの最新戦略 両雄のビジネスは新たなフェーズに
2016/07/21 15:52
週刊BCN 2016年07月18日vol.1637掲載
スモールビジネス向けのクラウド会計ソフトで業務ソフト市場に新風を吹かせた新興ベンダーのビジネスが、新しいフェーズに突入しようとしている。これまで競うように類似のサービスを展開してきたfreeeとマネーフォワードという両雄の戦略も、ここにきてそれぞれに独自色が出てきている。既存の業務ソフトベンダーのビジネスにも大きな影響を及ぼす可能性がある彼らのビジネスの「第二章」とは──。
──なぜ、中堅企業向けの市場に参入するのですか?
代表取締役佐々木 これまでのビジネスモデルを変えずに、より大きな価値を出せる市場があるとわかったからです。
freeeは、同社クラウド会計ソフトのユーザーについて、5月末現在で有効事業所数が60万を突破したと発表している。スモールビジネス向け業務ソフト市場で断トツのシェアを誇る弥生の登録ユーザー数が140万弱であることを考えれば、2013年3月のリリース以降、驚異的な急成長を遂げたといっていいだろう。ただし、有効事業所数の定義は、同社クラウド会計ソフトの「会員登録を完了したユーザー」であり、実際にどの程度のユーザーがアクティブユーザーであるのかは不明であることには留意する必要がある。
とはいえ、公表されている数字だけをみれば順調に伸びているようにみえるスモールビジネス向けのクラウド業務ソフトの市場から、今回、中堅・中小企業向けの市場に新たに足を踏み入れた理由とは、端的に何だったのだろうか。佐々木代表取締役は、freeeの事業を実際に3年間やってきて、より大規模な企業向けにも同社製品の需要があることを実感する案件が出てきていることが大きかったと説明する。
「いままでfreeeは、従業員50人くらいまでの、割と小規模な会社向けのビジネスをやってきたし、市場からもそうみられてきたと思う。しかし、実は従業員500人くらいまでの中規模層のセグメントでもfreeeはどんどん使われるようになってきている。その背景には、中堅・中小企業向けの基幹システム市場で、テクノロジーによる効率化・統合化が相対的に遅れているという状況がある。ほとんどクラウド化も進んでいないし、基本的に会計ソフトしか使っていないユーザーが多く、給与計算、人事管理、販売管理などを使っていたとしても、個別にパッケージソフトを導入していて、経営情報を統一できていないケースが圧倒的に多い」。
大企業は、大規模なERPを導入して業務の効率化・統合化を進めてきたが、中堅・中小企業にとっては当然コストが高すぎる。一方でfreeeは、「会計と給与計算がクラウド上でネイティブにデータ連携できるなど、小規模事業者がオールインワンで使える、ほぼERPといってもいい製品を低コストで提供してきたと思っている。だから、freeeを使ってバックオフィス業務を統合的に効率化したいと考える中堅・中小企業が増えているのだろう」。
佐々木代表取締役の肌感覚として、中堅・中小企業のバックオフィス業務を統合的に最適化できる安価な基幹系システムパッケージには確かなニーズがあるものの、市場は成熟していないという。そしてfreeeは、これまでのビジネスモデルの延長上でそのニーズに応えることができるという結論に至り、中堅・中小企業向けの機能拡張に本気で取り組むことを市場に宣言したということのようだ。佐々木代表取締役は、「3年間freeeをやったことで、広大な新しい市場がみえてきた」と力を込める。
──どんな製品で勝負しますか?
佐々木 圧倒的に低コスト、かつ業務効率化を図ることができる製品を出したと自負しています。
上記のような背景を踏まえ、freeeは中堅・中小企業向けの基幹システム市場で、低コストで導入できるクラウドERPを開発・提供しようとしている。そのための第一歩として、「クラウド会計 freee」の法人向けプランを刷新。従業員500人までの中堅企業向けプランとして、ERPの財務会計、販売管理モジュールに相当し、権限管理や管理会計の機能を強化した「ビジネスプラン」を新たにラインアップした。従来どおりのスモールビジネス向けプランである「ライトプラン」は月額1980円(税別)であるのに対して、ビジネスプランは同3980円。さらに1ユーザーごとに同300円の利用料がかかる。これに、「給与計算ソフト freee」を合わせて導入することで、まずはクラウドERPとしての基礎的な機能を実現したという。
佐々木代表取締役はビジネスプランの特徴について、「中堅規模でのユースケースを意識した機能が使えるようになっている。基本的な財務会計機能だけでなく、販売管理、経費精算、管理会計などもできるようになったのが大きな目玉。権限の管理がすごく細かく設定できるようになっているし、仕訳承認など、内部統制上必要な機能もしっかり押さえている。部門別会計にも対応しており、このあたりは本格的なERPとしての姿だと思っている」と説明し、その仕上がりに自信をみせる。また、料金についても、「ユーザー企業の従業員全員で使っていただくことをお薦めしていて、戦略的な価格設定にしている。従業員50人の企業で使うことを想定した場合、ERPパッケージはおろか、中堅企業向けの既存の会計パッケージのみの導入(4年で更新)ケースと比較しても、少なくとも4分の1以下のコストで使うことができる」と、メリットを強調している。
──今後の製品開発ロードマップは?
佐々木 在庫管理、物流、生産管理まで、“自動化”による業務効率向上を追求していきます。
もちろん、「クラウドERP」を謳うからには、現行のクラウド会計 freee ビジネスプランがその完成形ではなく、今後も機能拡充は継続的に行われることになる。佐々木代表取締役は、freeeのクラウドERP構想のポイントについて、「さまざまな機能モジュール間のデータ連携がクラウド上でネイティブにでき、マルチデバイスに対応するという世界を、中堅企業向け基幹システムでも実現する。また、取引先とのやりとりも含めてfreeeで一括管理する仕組みにして、ユーザーの業務効率化を飛躍的に進めたい」と説明する。6月末には、freeeの企業間取引プラットフォーム機能の第一弾として、freeeユーザー同士であれば、クラウド上で請求書の送付から受け取った請求書の経理データ入力までワンクリックで処理できる「スマート請求書」をリリースするなど、具体的な機能の実装も進んでいる。AIによる消し込み管理や、ビッグデータを活用した資金繰りシミュレータ、独自指標による財務状態のビジュアライゼーション機能なども順次提供していく方針だ。
また、ERPとしての機能モジュールも順次拡張・強化していく。部門別予実管理やプロジェクト会計にも対応して、中堅規模の企業の管理会計ニーズに応える機能をさらに付加するなど、リリース済みのモジュールの強化を向こう半年をめどに急ピッチで進めるほか、給与計算 freeeの拡充により、人事、労務管理機能も整備していく。さらには、在庫管理、物流、生産管理といったモジュールの独自開発もすでに視野に入れているという。ここまでくれば立派なERPといってよさそうだ。現在考えているロードマップがいつ頃完成するかはまだわからないというが、佐々木代表取締役は、「在庫管理、物流、生産管理も、やる以上は私たちが得意とする“自動化”を追求したものができないとダメ。その意味で、IoTのトレンドには注意深く目を配っている。また、コストにも当然こだわる。既存のERPビジネスにはカスタマイズのためのカスタマイズみたいなものもあると思っていて、そこは疑っていくという考え方でやっていくのは間違いない」と、基本的な方針を説明している。
大企業向けのIT市場では、ERPを単なる基幹システムとして扱うのではなく、IoTなどのフロントアプリケーションと連携させ、デジタルトランスフォーメーションの核として提案していこうというトレンドも顕在化している。freeeも、「いずれはそうした世界を目指したい」とはいうものの、「中堅・中小企業向けの基幹システムでは、効率化を完成させるところまではまだ誰も手を出していない。まずはそこからだと思っている」というのが、佐々木代表取締役の見方だ。
──クラウドERPをどのように拡販していきますか?
佐々木 ウェブマーケ+直販営業が施策の中心ですが、代理店販売によるスケールアウトも模索します。
freeeは今回、クラウド会計 freee ビジネスプランのリリースによって、中堅企業(同社の定義でいうと従業員50人から500人規模の企業)向けの基幹システムの市場に進出したわけだが、なんと、5年間で30万事業所のユーザー獲得という意欲的な目標を掲げている。これが現実になったとしたら、中堅・中小企業向けの基幹システム市場でも、一気にトップベンダーの仲間入りということになる。
このセグメントでfreeeがユーザーを獲得するということは、既存の業務ソフトメーカーから顧客を奪うこととほぼ同義だ。しかし、既存の業務ソフトメーカーにも、中堅・中小企業向けのIT市場で強固な顧客基盤をもつ大手事務機メーカー系販社や事務機ディーラー、SIer、ISVなどと全国津々浦々までカバーするパートナーエコシステムを構築することで成長してきたという強みと実績がある。このハードルを乗り越えて30万ユーザーを獲得することは、簡単ではないように思える。これに対して佐々木代表取締役は、次のように答える。
「これまでやってきたウェブマーケティング+直販営業はかなり機能していて、数百人規模のお客様からの引き合いはもともと増えていた。しかし、権限管理の機能がなくて受注に至らなかったりということも多く、クラウド会計 freee ビジネスプランを出したことでこれを着実に拾えるようになる。それだけでずいぶん変わってくると思っている。歴史がある中規模の企業などは出入りの事務機ディーラーから買うほうが顔がみえて安心だという人もいるが、そういう実感はあまりなくて正直ピンとこない。ユーザー企業内の意思決定者や意思決定に影響力をもつキーパーソンにリーチすることを考えれば、ウェブマーケティングをさらに精緻化していくことが一番成果に跳ね返ってくる取り組みだと考えている」。
また、会計事務所は重要なパートナーで、認定アドバイザーも2600事務所に達しているが、名古屋のアタックス税理士法人など、中規模顧問先が多い大手事務所とも協業していて、彼らのコンサルサービスに付加価値を与えるものとしてfreeeを提供してもらうケースは広がっている。「この二つの販路だけで、30万ユーザーの3分の2くらいはカバーできるという算段はある」。
一方で、30万の残り3分の1を埋めるために、代理店による間接販売も検討していくという。すでにパートナー営業の担当者も置いている。これは、同社にとっては新しい取り組みだ。佐々木代表取締役は、「具体的な代理店施策の方針を出すのはもう少し先のことだが、少なくともしっかりとビジョンを共有できるパートナーを探すことにはなるだろう。なるべくカスタマイズなしで、ユーザー側の業務設計を最大限支援してfreeeの導入効果を高めていただくという売り方になるので、大企業向けにERPのインプリをやってきた人たちのビジネスにはフィットしないかもしれないが、さまざまな可能性を模索していく」と話している。クラウドの付加価値再販に力を入れようとしているSIerや事務機ディーラーとの協業も、選択肢として排除はしない方針だ。
freeeと競うように同じ市場で成長してきた新興クラウド業務ソフトベンダーのもう一方の雄が、マネーフォワードだ。ここにきて同社は、freeeとは別の道を歩み始めているようにみえる。
MFクラウド本部副本部長
freeeがクラウド会計 freee ビジネスプランをリリースした約3週間後、マネーフォワードは、クラウド業務ソフト群「MFクラウド」シリーズのバリューパックをリリースした。MFクラウドシリーズの主力の会計(個人事業主の場合は確定申告)のほか、請求書管理、給与計算、経費精算、マイナンバー管理をセットで提供するもので、従業員数5人以下のユーザー企業は月額3900円(税別)、6~10人の企業は同9800円、11人以上は一人あたり同800円の追加コストで利用できる。クラウド会計 freee ビジネスプランとミニマムの料金は似ているし、クラウド業務ソフトをベースにERP的なパッケージを構成し、低コストで提供するというコンセプトも似ているものの、顧客対象は明確に異なる。
MFクラウドのビジネスパックの狙いは、小規模な法人ユーザーに複数のクラウド業務ソフトの統合的な活用を促し、経営の見える化と生産性の向上を進めてもらうことだ。マネーフォワードの山田一也・MFクラウド本部副本部長は、「マネーフォワードは、50人くらいまでの規模の法人に最もフィットするように製品開発を進めてきた。しかし、これまではサービスごとに単体で料金が発生していて、とくに小規模な企業にとっては、コストが複数のサービス導入のハードルになっていた。そうしたユーザーにも受け入れられるような価格でERPパッケージのような機能を提供したいと考えた」と説明する。マネーフォワードは、少なくとも現時点では、従来と変わらず従業員50人規模までの中小企業を顧客対象として法人向けビジネスを展開していく意向だ。
●地方公共団体や商工会議所とも連携しチャネルを拡充
また、パートナーとして会計事務所を重視しているのはfreeeと同じだが、大阪、札幌、名古屋、福岡に支店を開設し、地方でも彼らに対する営業やサポート体制を強化しているのは、マネーフォワードならではの取り組みだ。1900事務所がすでに導入済みで、顧問先企業への販売チャネルとしても機能している。これに加えて同社は、「MFクラウド地方創生プロジェクト」として、地方公共団体や商工会議所との連携にも着手している。先ごろ、具体的な取り組みの第一弾として、北九州市、長崎県松浦商工会議所との提携を発表した。
北九州市とは、中小・小規模事業者、とくにスタートアップ企業向けにMFクラウドシリーズの導入を提案するセミナーを共催する。また、商店街でMFクラウドシリーズ導入の成功事例を構築し、商店街全体への水平展開なども検討していく。一方、松浦商工会議所は、北九州市と同様にセミナーを共催するほか、MFクラウドシリーズの導入から運用までのサポートも手がけていくという。
山田副本部長は、「北九州市も松浦市も、スタートアップや中小企業の支援にものすごく力を入れていて、Fintechやクラウドで地元の産業を変えたいという思いが強い。そこで協業のスキームをつくるには、地元とのコネクションづくりが大切。各地で泥臭く活動しているのがマネーフォワードの強みになっている」と手応えを語る。
さらに、歯科、理美容、飲食、不動産など、さまざまな業種の業務プロセスに精通したプレイヤーとタッグを組み、MFクラウドを核とした業種特化型ソリューションも整備していく。
加えて、同社は今夏、新サービスとして「MFクラウドファイナンス」の提供も始める。ユーザーの許諾を得たうえでMFクラウド会計などのデータを提携金融機関と共有し、融資の審査にかかる労力、コスト、時間を圧縮し、新しい資金調達サービスの実現を目指す。freeeも類似の取り組みを進めているが、マネーフォワードが一歩先んじている印象だ。「中小企業は、赤字でもキャッシュが回っている限りは存続できる。業務システムだけでできることには限界があるわけで、中小企業の経営にテクノロジーで+αの価値を提供できるようなサービスメニューは、今後も貪欲に増やしていきたい」と、山田副本部長は継続的なポートフォリオの拡充に意欲をみせる。
中堅・中小企業向けの基幹システム市場は、競争が激しい市場ではあるものの、有力業務ソフトメーカーが堅いビジネス基盤をすでにつくっている市場でもある。それでも、freeeの佐々木代表取締役が主張するとおりに、これまでにない利便性を圧倒的に安い価格で本当に提供できるとしたら、市場の勢力図は大きく動く可能性も否定できない。迎え撃つ既存の有力業務ソフトベンダーやその販社の動きも含め、市場の動向から目が離せない状況になりそうだ。
ついに中堅企業までをターゲットに 佐々木さんに聞いてみた freeeの狙いってなんですか?
スモールビジネス向けのクラウドネイティブな基幹系業務アプリケーションのパイオニアであるfreeeは、今年6月、従業員500人規模の中堅企業向け基幹システム市場に参入すると発表した。これまで顧客の中心だった個人事業主、小規模・零細企業だけでなく、より大規模なユーザー向けのビジネスに踏み出したわけだ。国内中堅・中小企業向けの基幹システム市場は、老舗の国産業務ソフトパッケージメーカーが大きな存在感を発揮している市場。freeeがここにどんな戦略で割って入ろうとしているのか、佐々木大輔代表取締役を直撃した。──なぜ、中堅企業向けの市場に参入するのですか?
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代表取締役
freeeは、同社クラウド会計ソフトのユーザーについて、5月末現在で有効事業所数が60万を突破したと発表している。スモールビジネス向け業務ソフト市場で断トツのシェアを誇る弥生の登録ユーザー数が140万弱であることを考えれば、2013年3月のリリース以降、驚異的な急成長を遂げたといっていいだろう。ただし、有効事業所数の定義は、同社クラウド会計ソフトの「会員登録を完了したユーザー」であり、実際にどの程度のユーザーがアクティブユーザーであるのかは不明であることには留意する必要がある。
とはいえ、公表されている数字だけをみれば順調に伸びているようにみえるスモールビジネス向けのクラウド業務ソフトの市場から、今回、中堅・中小企業向けの市場に新たに足を踏み入れた理由とは、端的に何だったのだろうか。佐々木代表取締役は、freeeの事業を実際に3年間やってきて、より大規模な企業向けにも同社製品の需要があることを実感する案件が出てきていることが大きかったと説明する。
「いままでfreeeは、従業員50人くらいまでの、割と小規模な会社向けのビジネスをやってきたし、市場からもそうみられてきたと思う。しかし、実は従業員500人くらいまでの中規模層のセグメントでもfreeeはどんどん使われるようになってきている。その背景には、中堅・中小企業向けの基幹システム市場で、テクノロジーによる効率化・統合化が相対的に遅れているという状況がある。ほとんどクラウド化も進んでいないし、基本的に会計ソフトしか使っていないユーザーが多く、給与計算、人事管理、販売管理などを使っていたとしても、個別にパッケージソフトを導入していて、経営情報を統一できていないケースが圧倒的に多い」。
大企業は、大規模なERPを導入して業務の効率化・統合化を進めてきたが、中堅・中小企業にとっては当然コストが高すぎる。一方でfreeeは、「会計と給与計算がクラウド上でネイティブにデータ連携できるなど、小規模事業者がオールインワンで使える、ほぼERPといってもいい製品を低コストで提供してきたと思っている。だから、freeeを使ってバックオフィス業務を統合的に効率化したいと考える中堅・中小企業が増えているのだろう」。
佐々木代表取締役の肌感覚として、中堅・中小企業のバックオフィス業務を統合的に最適化できる安価な基幹系システムパッケージには確かなニーズがあるものの、市場は成熟していないという。そしてfreeeは、これまでのビジネスモデルの延長上でそのニーズに応えることができるという結論に至り、中堅・中小企業向けの機能拡張に本気で取り組むことを市場に宣言したということのようだ。佐々木代表取締役は、「3年間freeeをやったことで、広大な新しい市場がみえてきた」と力を込める。
──どんな製品で勝負しますか?
佐々木 圧倒的に低コスト、かつ業務効率化を図ることができる製品を出したと自負しています。
上記のような背景を踏まえ、freeeは中堅・中小企業向けの基幹システム市場で、低コストで導入できるクラウドERPを開発・提供しようとしている。そのための第一歩として、「クラウド会計 freee」の法人向けプランを刷新。従業員500人までの中堅企業向けプランとして、ERPの財務会計、販売管理モジュールに相当し、権限管理や管理会計の機能を強化した「ビジネスプラン」を新たにラインアップした。従来どおりのスモールビジネス向けプランである「ライトプラン」は月額1980円(税別)であるのに対して、ビジネスプランは同3980円。さらに1ユーザーごとに同300円の利用料がかかる。これに、「給与計算ソフト freee」を合わせて導入することで、まずはクラウドERPとしての基礎的な機能を実現したという。
佐々木代表取締役はビジネスプランの特徴について、「中堅規模でのユースケースを意識した機能が使えるようになっている。基本的な財務会計機能だけでなく、販売管理、経費精算、管理会計などもできるようになったのが大きな目玉。権限の管理がすごく細かく設定できるようになっているし、仕訳承認など、内部統制上必要な機能もしっかり押さえている。部門別会計にも対応しており、このあたりは本格的なERPとしての姿だと思っている」と説明し、その仕上がりに自信をみせる。また、料金についても、「ユーザー企業の従業員全員で使っていただくことをお薦めしていて、戦略的な価格設定にしている。従業員50人の企業で使うことを想定した場合、ERPパッケージはおろか、中堅企業向けの既存の会計パッケージのみの導入(4年で更新)ケースと比較しても、少なくとも4分の1以下のコストで使うことができる」と、メリットを強調している。
──今後の製品開発ロードマップは?
佐々木 在庫管理、物流、生産管理まで、“自動化”による業務効率向上を追求していきます。
もちろん、「クラウドERP」を謳うからには、現行のクラウド会計 freee ビジネスプランがその完成形ではなく、今後も機能拡充は継続的に行われることになる。佐々木代表取締役は、freeeのクラウドERP構想のポイントについて、「さまざまな機能モジュール間のデータ連携がクラウド上でネイティブにでき、マルチデバイスに対応するという世界を、中堅企業向け基幹システムでも実現する。また、取引先とのやりとりも含めてfreeeで一括管理する仕組みにして、ユーザーの業務効率化を飛躍的に進めたい」と説明する。6月末には、freeeの企業間取引プラットフォーム機能の第一弾として、freeeユーザー同士であれば、クラウド上で請求書の送付から受け取った請求書の経理データ入力までワンクリックで処理できる「スマート請求書」をリリースするなど、具体的な機能の実装も進んでいる。AIによる消し込み管理や、ビッグデータを活用した資金繰りシミュレータ、独自指標による財務状態のビジュアライゼーション機能なども順次提供していく方針だ。
また、ERPとしての機能モジュールも順次拡張・強化していく。部門別予実管理やプロジェクト会計にも対応して、中堅規模の企業の管理会計ニーズに応える機能をさらに付加するなど、リリース済みのモジュールの強化を向こう半年をめどに急ピッチで進めるほか、給与計算 freeeの拡充により、人事、労務管理機能も整備していく。さらには、在庫管理、物流、生産管理といったモジュールの独自開発もすでに視野に入れているという。ここまでくれば立派なERPといってよさそうだ。現在考えているロードマップがいつ頃完成するかはまだわからないというが、佐々木代表取締役は、「在庫管理、物流、生産管理も、やる以上は私たちが得意とする“自動化”を追求したものができないとダメ。その意味で、IoTのトレンドには注意深く目を配っている。また、コストにも当然こだわる。既存のERPビジネスにはカスタマイズのためのカスタマイズみたいなものもあると思っていて、そこは疑っていくという考え方でやっていくのは間違いない」と、基本的な方針を説明している。
大企業向けのIT市場では、ERPを単なる基幹システムとして扱うのではなく、IoTなどのフロントアプリケーションと連携させ、デジタルトランスフォーメーションの核として提案していこうというトレンドも顕在化している。freeeも、「いずれはそうした世界を目指したい」とはいうものの、「中堅・中小企業向けの基幹システムでは、効率化を完成させるところまではまだ誰も手を出していない。まずはそこからだと思っている」というのが、佐々木代表取締役の見方だ。
──クラウドERPをどのように拡販していきますか?
佐々木 ウェブマーケ+直販営業が施策の中心ですが、代理店販売によるスケールアウトも模索します。
freeeは今回、クラウド会計 freee ビジネスプランのリリースによって、中堅企業(同社の定義でいうと従業員50人から500人規模の企業)向けの基幹システムの市場に進出したわけだが、なんと、5年間で30万事業所のユーザー獲得という意欲的な目標を掲げている。これが現実になったとしたら、中堅・中小企業向けの基幹システム市場でも、一気にトップベンダーの仲間入りということになる。
このセグメントでfreeeがユーザーを獲得するということは、既存の業務ソフトメーカーから顧客を奪うこととほぼ同義だ。しかし、既存の業務ソフトメーカーにも、中堅・中小企業向けのIT市場で強固な顧客基盤をもつ大手事務機メーカー系販社や事務機ディーラー、SIer、ISVなどと全国津々浦々までカバーするパートナーエコシステムを構築することで成長してきたという強みと実績がある。このハードルを乗り越えて30万ユーザーを獲得することは、簡単ではないように思える。これに対して佐々木代表取締役は、次のように答える。
「これまでやってきたウェブマーケティング+直販営業はかなり機能していて、数百人規模のお客様からの引き合いはもともと増えていた。しかし、権限管理の機能がなくて受注に至らなかったりということも多く、クラウド会計 freee ビジネスプランを出したことでこれを着実に拾えるようになる。それだけでずいぶん変わってくると思っている。歴史がある中規模の企業などは出入りの事務機ディーラーから買うほうが顔がみえて安心だという人もいるが、そういう実感はあまりなくて正直ピンとこない。ユーザー企業内の意思決定者や意思決定に影響力をもつキーパーソンにリーチすることを考えれば、ウェブマーケティングをさらに精緻化していくことが一番成果に跳ね返ってくる取り組みだと考えている」。
また、会計事務所は重要なパートナーで、認定アドバイザーも2600事務所に達しているが、名古屋のアタックス税理士法人など、中規模顧問先が多い大手事務所とも協業していて、彼らのコンサルサービスに付加価値を与えるものとしてfreeeを提供してもらうケースは広がっている。「この二つの販路だけで、30万ユーザーの3分の2くらいはカバーできるという算段はある」。
一方で、30万の残り3分の1を埋めるために、代理店による間接販売も検討していくという。すでにパートナー営業の担当者も置いている。これは、同社にとっては新しい取り組みだ。佐々木代表取締役は、「具体的な代理店施策の方針を出すのはもう少し先のことだが、少なくともしっかりとビジョンを共有できるパートナーを探すことにはなるだろう。なるべくカスタマイズなしで、ユーザー側の業務設計を最大限支援してfreeeの導入効果を高めていただくという売り方になるので、大企業向けにERPのインプリをやってきた人たちのビジネスにはフィットしないかもしれないが、さまざまな可能性を模索していく」と話している。クラウドの付加価値再販に力を入れようとしているSIerや事務機ディーラーとの協業も、選択肢として排除はしない方針だ。
一方、マネーフォワードは……スモールビジネスへの注力は変わらず 製品、チャネルのカバレッジを広げる
●小規模ユーザーのメリットが大きいERP的パッケージfreeeと競うように同じ市場で成長してきた新興クラウド業務ソフトベンダーのもう一方の雄が、マネーフォワードだ。ここにきて同社は、freeeとは別の道を歩み始めているようにみえる。

MFクラウド本部副本部長
freeeがクラウド会計 freee ビジネスプランをリリースした約3週間後、マネーフォワードは、クラウド業務ソフト群「MFクラウド」シリーズのバリューパックをリリースした。MFクラウドシリーズの主力の会計(個人事業主の場合は確定申告)のほか、請求書管理、給与計算、経費精算、マイナンバー管理をセットで提供するもので、従業員数5人以下のユーザー企業は月額3900円(税別)、6~10人の企業は同9800円、11人以上は一人あたり同800円の追加コストで利用できる。クラウド会計 freee ビジネスプランとミニマムの料金は似ているし、クラウド業務ソフトをベースにERP的なパッケージを構成し、低コストで提供するというコンセプトも似ているものの、顧客対象は明確に異なる。
MFクラウドのビジネスパックの狙いは、小規模な法人ユーザーに複数のクラウド業務ソフトの統合的な活用を促し、経営の見える化と生産性の向上を進めてもらうことだ。マネーフォワードの山田一也・MFクラウド本部副本部長は、「マネーフォワードは、50人くらいまでの規模の法人に最もフィットするように製品開発を進めてきた。しかし、これまではサービスごとに単体で料金が発生していて、とくに小規模な企業にとっては、コストが複数のサービス導入のハードルになっていた。そうしたユーザーにも受け入れられるような価格でERPパッケージのような機能を提供したいと考えた」と説明する。マネーフォワードは、少なくとも現時点では、従来と変わらず従業員50人規模までの中小企業を顧客対象として法人向けビジネスを展開していく意向だ。
●地方公共団体や商工会議所とも連携しチャネルを拡充
また、パートナーとして会計事務所を重視しているのはfreeeと同じだが、大阪、札幌、名古屋、福岡に支店を開設し、地方でも彼らに対する営業やサポート体制を強化しているのは、マネーフォワードならではの取り組みだ。1900事務所がすでに導入済みで、顧問先企業への販売チャネルとしても機能している。これに加えて同社は、「MFクラウド地方創生プロジェクト」として、地方公共団体や商工会議所との連携にも着手している。先ごろ、具体的な取り組みの第一弾として、北九州市、長崎県松浦商工会議所との提携を発表した。
北九州市とは、中小・小規模事業者、とくにスタートアップ企業向けにMFクラウドシリーズの導入を提案するセミナーを共催する。また、商店街でMFクラウドシリーズ導入の成功事例を構築し、商店街全体への水平展開なども検討していく。一方、松浦商工会議所は、北九州市と同様にセミナーを共催するほか、MFクラウドシリーズの導入から運用までのサポートも手がけていくという。
山田副本部長は、「北九州市も松浦市も、スタートアップや中小企業の支援にものすごく力を入れていて、Fintechやクラウドで地元の産業を変えたいという思いが強い。そこで協業のスキームをつくるには、地元とのコネクションづくりが大切。各地で泥臭く活動しているのがマネーフォワードの強みになっている」と手応えを語る。
さらに、歯科、理美容、飲食、不動産など、さまざまな業種の業務プロセスに精通したプレイヤーとタッグを組み、MFクラウドを核とした業種特化型ソリューションも整備していく。
加えて、同社は今夏、新サービスとして「MFクラウドファイナンス」の提供も始める。ユーザーの許諾を得たうえでMFクラウド会計などのデータを提携金融機関と共有し、融資の審査にかかる労力、コスト、時間を圧縮し、新しい資金調達サービスの実現を目指す。freeeも類似の取り組みを進めているが、マネーフォワードが一歩先んじている印象だ。「中小企業は、赤字でもキャッシュが回っている限りは存続できる。業務システムだけでできることには限界があるわけで、中小企業の経営にテクノロジーで+αの価値を提供できるようなサービスメニューは、今後も貪欲に増やしていきたい」と、山田副本部長は継続的なポートフォリオの拡充に意欲をみせる。
記者の眼
クラウド業務ソフト新興メーカーの代表である2社の最新の戦略を比較すると、新しい市場に大胆に踏み出したfreeeに対して、マネーフォワードは従来の市場でポートフォリオを広げて成長を加速させようとしているという印象を受ける。その意味において、市場により大きな波紋を広げるのは、freeeのほうだろう。中堅・中小企業向けの基幹システム市場は、競争が激しい市場ではあるものの、有力業務ソフトメーカーが堅いビジネス基盤をすでにつくっている市場でもある。それでも、freeeの佐々木代表取締役が主張するとおりに、これまでにない利便性を圧倒的に安い価格で本当に提供できるとしたら、市場の勢力図は大きく動く可能性も否定できない。迎え撃つ既存の有力業務ソフトベンダーやその販社の動きも含め、市場の動向から目が離せない状況になりそうだ。
スモールビジネス向けのクラウド会計ソフトで業務ソフト市場に新風を吹かせた新興ベンダーのビジネスが、新しいフェーズに突入しようとしている。これまで競うように類似のサービスを展開してきたfreeeとマネーフォワードという両雄の戦略も、ここにきてそれぞれに独自色が出てきている。既存の業務ソフトベンダーのビジネスにも大きな影響を及ぼす可能性がある彼らのビジネスの「第二章」とは──。
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