デジタル変革の時代の到来は、ITベンダー側のビジネスモデルの変化も促している。そうした流れを牽引する大手外資系ベンダー日本法人トップの言葉を通して、国内IT市場の現在と行く末を展望する。(取材・文/本多和幸)
小出 グローバルでは、今期(2017年1月期)売上高は8000億円以上になる見込みだ。創業から17年ほどで世界第4位のソフトウェア企業になる。セールスフォース・ドットコム(セールスフォース)の場合、解約率が極端に上下することはないので、すでに1兆円がみえている。非常にハイスピードでの成長を持続している。
日本法人も、私がトップに就任した時点では社員が500人弱だったのが、16年11月で1000人に達した。新卒採用も始めて、毎年40人以上が入ってくれるというキャパシティにもなっている。売り上げについては申し上げられないが、社員数の増加ペースから想像してほしい。パートナーも約370社、エンジニアの認定資格者も7000数百人という規模だ。グローバル同様、急成長を続けているのは間違いない。日本に進出した外資系ベンダーのなかで、これだけ早く社員数が1000人を超えた企業はないだろうし、トップ企業と遜色のないところまできているという手応えがある。
――SaaSの領域では、グローバル大手の総合ベンダーもセールスフォースとの対決姿勢を鮮明にしている感がある。脅威では?
小出 実際、常に脅威にさらされているとはいえるだろう。ただ、個別に競合関係はあるにせよ、そこにとらわれていても仕方がない。マイクロソフトやオラクルは、仮にクラウドが200%伸びたといっても、事業全体に占める売上比率はまだまだ小さい。クラウドのパイオニアであり、専業ベンダーとして、日本のクラウド市場そのものを大きくすることが当社の役割だと思っている。
本来、クラウドビジネスは売り切り型のハードウェアビジネスなどとは根本的に違っていて、機能や価格で勝負するものではない。一番大事なことは、お客様が使い続けてくれるかどうか。例えばCRMなら、お客様が求めているのは、高いROIであり、業績を向上させることなわけで、いくら安くても、機能がたくさんあっても、営業の現場で使えない、意味がないと判断されたらおしまい。だから、導入していただいた後に徹底して定着化させるアクティビティが必要になる。全世界のCRMの6割くらいのマーケットシェアをもっている当社はその光も影も知り尽くしていて、定着化のためのノウハウも、定着化をサポートできる人員の質と数も圧倒的にすぐれていると自負している。
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お金持ちのためのAIでは意味がない
――直近のトピックでいうと、AIのEinsteinを発表されたことは大きな反響を呼んだ。セールスフォースにとってこれはどんな意図があるのか。
小出 Einsteinには相当力を入れてきた。ポイントは、アナリティクスを得意とするスペシャリストがビッグデータをぶん回して解析するために使うようなものではない、ということだ。われわれの原点はあくまでも顧客接点の部分。顧客と直接かかわる営業パーソンとか、コールセンターのコミュニケーターとか、彼らがAIをうまく使って生産性を上げたり、営業成績を上げるようにしたいというのがコンセプトだ。数億円のマシンを買って動かし、データアナリストを何人も並べて分析するために使うようなAIでは、お金持ちだけのものになってしまう。それでは、やがて消え去る技術になりかねない。クラウドによりITが民主化したように、AIにも民主化が必要だと思っていて、それをやるのがセールスフォースだ。
――まずはSaaSに組み込んだかたちでEinsteinを提供する。まさに「AIの民主化」というコンセプトの表れといえそうだが、ユーザーにとって本当にメリットを感じられるものになるのか。
小出 例えば、(CRMの)「Sales Cloud」にEinsteinを組み込むことで、Aという継続的に成果を上げ続けている営業マンの業務のプロセスから成功の方程式のようなものを導き出して、ほかの営業パーソンの行動をスマートフォンやタブレット端末経由でナビゲートしてあげるといったことも可能になる。重要なのは、誰でも、いつでも、どこでも(アプリケーションを通して)使えるということ。それこそが民主化されたAIといえる。
――SMBはもっているデータ量も少ないが、それでも役に立つ?
小出 営業の現場では、「チェスの世界王者に勝つ」必要はない。売れている営業のノウハウがうまくシェアされるだけでもチームとしての成果はまったく違ったものになる。
しかもEinsteinは、もちろん個別に承認をいただいたうえでだが、さまざまなお客様にデータを共有していただき、Einsteinを共同で育て、その成果を広く活用していただくこともできるようになっている。
――Einsteinをカスタムソリューションのためのテクノロジーコンポーネントのような位置づけで、独立した商材として提供する予定は将来的にもないのか。
小出 プランは完全に白紙。というのも、それはマーケットが何を要求するかによって判断することだからだ。ご存じのとおり、セールスフォースは新機能を年3回リリースしている。この3回でどの機能を追加するかは、お客様の投票で決めるというフェアなやり方を採っている。Einsteinをどうしていくのかも、ユーザーボイスに従って決めるというのがセールスフォースの基本姿勢だ。
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すべてはユーザーのニーズに従う
――Einsteinに限らず、単純にSaaSレイヤの商材だけをみても、近年のセールスフォース・ドットコムは、ポートフォリオを急速に拡大している。その背景は?
小出 今までの話と同じで、お客様の求めるもの、ニーズに合ったものをいち早くマーケットに提供するという考え方を徹底してきた結果といえる。そのためにはM&Aも非常に有効な手立てなので、16年でいえば、デマンドウェアを買収してEコマースの「Commerce Cloud」として提供を始めたりといった動きがあった。これはデジタルマーケティングの「Marketing Cloud」が市場に浸透するにつれ、Eコマースと連携したいという要望が出てきたことが大きな要因になっている。テクノロジーが先ではなく、あくまでもお客様の声が先にある。
ただし、最終的にすべてのアプリケーションを一つのプラットフォーム上にインテグレーションして、お客様からみたらシームレスに動くようにしなければならないので、M&Aは常にそれを念頭に置いてやっている。いくら機能がすぐれていても、それが無理なら買収はしない。
――パートナーはセールスフォースのスピード感に困惑していないか。
小出 ケース・バイ・ケースといえる。パートナーの経営者の感度が高ければついてきてくれるし、レガシーなビジネスでなんとかなってしまっているパートナーはスピード感が落ちる傾向はある。
当社としても、すべての戦略をパートナーと共有する必要はないと考えていて、それぞれの特徴、強みを生かした売り方をしてもらえばいい。チャネルそのものはいくつあってもよくて、ダイレクトのチャネルもあるし、パートナーチャネルにも、高い付加価値とともにSIで売るチャネル、コンサルで売るチャネル、ローコストデリバリが得意なリセラーチャネル、さらにはISVなどいろいろある。それぞれにリーチできるお客様は違うし、どんなニーズに応えられるかも違う。セールスフォースとパートナーは、補完関係を構築してシナジーを出せるWin-Winのやり方を一緒に考えていくべき関係にある。
――17年の目標は?
小出 現在の成長のモメンタムを持続させることだ。ほかの外資系ベンダーと違って、日本に決定権をすべてもらっていて、何か困れば私が米本社のマーク(・ベニオフ会長兼CEO)と直接やりとりして解決できる。
中期的には、2020年の東京五輪というビッグイベントに向けて、当社のグローバルのリソースも使って日本にどんな貢献ができるのか、布石を打たないといけないとも考えている。