沖縄県内に、特色あるITビジネスインフラが整備されていることをご存じだろうか。官民を挙げ、IT産業を観光産業と並ぶ基幹産業に育てようと、さまざまな取り組みを進めている。国内のIT産業の集積地である首都圏と、東アジア、東南アジア地域をつなぐ情報通信のハブとなり、付加価値の高いビジネスを生み出すことで、県内の経済成長を牽引する流れをつくろうと構想しているのだ。かつての琉球王国が、日本、明、李氏朝鮮、マラッカ王国などとの中継貿易で栄えた歴史をなぞるように、ITで沖縄に新たな繁栄をもたらすことができるか──。(取材・文/本多和幸)
アジアの情報通信ハブ目指しインフラ整備いよいよ活用フェーズに突入
●ITを新たな基幹産業に
沖縄県を代表する産業といえば、まずは観光産業が挙げられるが、近年、これと並ぶ新たな基幹産業として浮上してきたのが、ITと物流だ。
物流に関しては、2009年にANAグループが那覇空港を国際物流拠点として活用し始めたことが大きく影響し、同空港の国際貨物取扱量は、15年度末時点で、成田、関空、羽田に次ぐ国内4位の約19万トン、08年度比で約100倍まで増加している。
一方、IT産業への注力の歴史はさらに古く、沖縄振興の予算を活用し、官民一体で取り組みを進めてきた経緯がある。1998年には、沖縄県が「沖縄県マルチメディアアイランド構想」(~11年度)を打ち出した。IT産業を県内の中心産業に育成する方針を明確にし、IT関連企業の集積拠点として、うるま市に「沖縄IT津梁パーク」を整備するなど、IT産業振興にも積極的に補助金を投入した。また、同市を含め、県内の主要自治体で情報通信産業特区の指定を受けるといった取り組みも進めてきた。結果として、県外から沖縄県に進出したIT関連企業は、11年度末時点で累計で237社に達し、これにより新たに生まれた雇用者数は2万1758人となった。
ただし、この新規雇用者の73%はコールセンターが占めている。県内IT産業を従来牽引してきたソフトウェア開発にしても、企業数や雇用者数こそ増えたものの、人件費が本土と比べて安いことを生かした「ニアショア開発の拠点」という位置づけにとどまっていたのが実態だ。いずれも将来にわたって持続的に成長可能なビジネスとは言い難く、より生産性や付加価値の高いIT産業の育成が課題となっていた。
●課題は認知度の向上
マルチメディアアイランド構想の後継として12年度にスタートした「おきなわ Smart Hub 構想」(~21年度)は、こうした課題を踏まえた内容になった。沖縄県はこのとき、ちょうど本土復帰40周年を迎えており、県全体の新たな中期計画「沖縄21世紀ビジョン基本計画」を策定し、県内IT産業の高度化・多様化を図るという目標を掲げた。その下位計画として、Smart Hub 構想では、目標達成に向けた具体策を提示。日本の首都圏と東アジア、東南アジアをつなぐ「アジア有数の国際情報通信ハブの形成」を目指し、そのためのインフラとして、クラウド環境の構築に着手した。
Smart Hub 構想のクラウド環境構築事業は、県が行う複数の事業をパッケージにしたプロジェクトだ。具体的には、公設民営の高品質なデータセンター(DC)の建設、同DCを含む県内の主要DCをすべて高速光回線で接続する「沖縄クラウドネットワーク網」の整備、そして、首都圏、香港、シンガポールを結ぶ光海底ケーブルの沖縄への陸揚げにより、これらの地域との高速・大容量・低価格での通信を実現する「沖縄国際情報通信ネットワーク」(NTTコミュニケーションズ、ソフトバンクがサービス提供)の整備という三つの事業から成る(図参照)。
大嶺 寛
沖縄県商工労働部情報
産業振興課基盤整備班
班長
沖縄県の大嶺寛・商工労働部情報産業振興課基盤整備班班長は、「このクラウドインフラを活用して、沖縄県から高付加価値なクラウドサービスを発信したり、国内外のバックアップやリスク分散化に大きく貢献できる」と説明する。現在、これらの事業はすべて一応の完成をみており、サービスを開始している。インフラ整備が終わり、いよいよ活用フェーズに入ったことになる。インフラをつくっただけでは、アジア有数の国際情報通信ハブを形成するという当初の目的の達成にはまだまだ遠い。むしろ、ここからが本番だ。沖縄県情報産業協会の根路銘勇会長は、「県の企業誘致は思った以上に実績が上がっているし、高品質なインフラの整備もできた。しかし、課題は全国的な認知度が低いこと。われわれも県と連携して沖縄ブランドのクラウド環境を全国的に活用してもらうべく、マーケティングや営業的な活動はしているものの、成果を上げるためにはもう一歩踏み込んだことをやる必要があると感じている」と話す。
●アジアのビジネスを本気で狙う
そこで沖縄県は、15年9月に、沖縄21世紀ビジョン、おきなわ Smart Hub 構想など、従来の計画を補完・強化する「沖縄県アジア経済戦略構想」を立ち上げ、16年度以降、クラウドインフラ活用フェーズの事業をいくつかスタートさせている。なかでも中核となる事業が、「沖縄IT産業戦略センター(仮称)」の設立だ。大嶺班長によれば、「ソフト開発のビジネスが代表的だが、単なる下請けを脱却できなければ、いずれジリ貧になる可能性が高い。そこで、県内のIT産業が、沖縄の観光や物流などの他産業、さらには国内、アジアのIT企業と連携して新しいプロダクトやサービスを生み出し、国内外で高付加価値のビジネスを展開することで県民所得をどんどん上げていこうと構想している。沖縄IT産業戦略センターはその司令塔になる組織」だという。今年4月にセンター設立準備室を立ち上げ、そこで一年間、組織の構成やどんな機能をもたせるのかなどの詳細を議論し、18年度の設立を目指す。現時点では、同センターがIT政策・戦略の提言を行うシンクタンク機能やインキュベーション機能を担うとともに、IT×他産業による新ビジネスのプロデュース、国内外の企業を対象にしたビジネスマッチングイベントの誘致・開催なども手がけるイメージだという。「最初は資金の問題もあるので行政も支援しながら官民一体で取り組むが、最終的には民間主導の組織にしたい」(大嶺班長)とのことだ。
根路銘勇
沖縄県情報産業協会
会長
情産協の根路銘会長も、「沖縄IT産業戦略センターをどういうかたちに仕上げていくかで、沖縄の情報産業業界のあり方が変わっていくといっても過言ではない」としており、県内IT産業界としても、さまざまな機会を捉えて、同センターの機能の充実と早期設立を働きかけていく意向を示している。
人材確保・育成は依然大きな課題
沖縄県には、ITビジネスのインフラは整備された。ただし、依然として大きな課題として残るのは人材確保・人材育成の問題だ。器があっても、それを使って付加価値の高いビジネスを創出する人材がいなければ産業は成長しない。
琉球大学
玉城史朗
教授
沖縄県情報産業協会の理事も務める琉球大学工学部情報工学科の玉城史朗教授は、「本土から沖縄にきたいという優秀なIT人材はかなり多いと思っている。そういう人を積極的にリクルートするのは有効。また、そういう人が、地場できちんと次の世代の人材を教育するような流れができるといいのだが。オーシーシーやレキサスなどでは実現され始めている」とみている。
例えば琉球大学情報工学科の学生(約半数が県内出身者)は、学部卒で県内に就職するのは全体の3分の1程度だというが、玉城教授は、「地元出身者には、一旦県外に出てもいずれは戻りたいというニーズが実は多い」と指摘する。「本土で3年くらいスキルを磨いて、沖縄に戻ってそれなりの立場で仕事をやらせてもらえる環境があると理想。現時点でも、県内のベンダーとそうした人材の希望がうまくマッチングされていない状況はあると思うので、Uターン希望者のためのマッチングの仕組みなどはもっと真剣に考えたほうがいい」。
玉城教授はさらに、「県内企業には、もう少し上流の仕事をやってほしいという感じはある。そうでなければ、人材も根付かない。その意味では、本土側もいいが、ミャンマーやベトナムの市場を狙うという手もあるのではないか。最初は補助金をうまく使って事業を立ち上げるというのも有効だと思う」と指摘する。その意味で、「沖縄IT産業戦略センター(仮称)」には大きな期待を寄せているという。
県内ITエンジニアのスキルアップ、キャリアアップを図る人材育成事業としては、沖縄県情報産業協会が事務局を務めるITアドバンスド・プロフェッショナル事業(iTAP)があるが、情産協や会員企業はその内容のブラッシュアップに継続的に取り組んでいる。また、レキサスが発起人となって、Ryukyufrogsという「人財」育成プロジェクトも発足しており、中学生以上の生徒・学生を対象に、シリコンバレー研修などを通じてアントレプレナーシップを養ってもらうための活動も展開している。こうした取り組みがどう結実するかにも注目だ。
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