外国人からみて、日本のIT業界やユーザー企業は、どのようにみえているのだろうか。「カスタマイズ大好き」「IT投資が保守的」「品質や細部にこだわる」――など、“日本ならでは”とされる現象は、諸外国と比べて本当なのか。日本で勤務するITビジネスのキーパーソンに聞いてみた。(取材・文/安藤章司、畔上文昭、前田幸慧)
“日本ならでは”のよさとは
日本のIT業界は、長らく国内中心でビジネスが成り立っていたこともあり、欧米のビジネス慣習とは大きな違いがあるといわれている。徹底したカスタマイズや品質へのこだわりに代表される日本特有のIT活用も盛んに行われており、SIerをはじめとするITベンダーとユーザーの関係も、欧米とは異なる点が多いようだ。
本特集では、日本のITビジネスの第一線で活躍する外国人に、本国などと比較して実際にどのように違うのか、その違いは何を意味しているのかについて話を聞いた。日本ならではのよさが、日本の競争力を支えている側面があると同時に、今後のビジネスの成長の足かせになってはいないか。外国人の視点からヒントを探っていく。
F5ネットワークスジャパン
日本人はITを社会インフラと捉えている
F5ネットワークスジャパン
ギド・フォスメア
執行役員
セールスエンジニアリング本部
本部長
オランダ出身のギド・フォスメア執行役員は、日本で13年働き、日本語が堪能な“日本通”である。本国では米国系のITベンダーに勤め、2007年にF5ネットワークスジャパンに入社。フォスメア執行役員が日本で強く感じたことは、「日本人がITをビジネスや社会インフラを支える非常に重要なツールだと捉えていることだ」と話す。
見方を変えれば保守的であり、一度完成させたシステムは、たとえ外部環境が変化しても、「おいそれと手を入れたがらない“塩漬け”と呼ばれる状態にして、不都合な部分が出てくれば“運用でカバー”するところがある」という。ビジネスや社会インフラを支えるうえで大切なことかもしれないが、運用面での負荷が大きく、運用コストもかさむ、いわゆる“日本的なシステム”ができあがる原因になっている。
ITに対する品質や安定性へのこだわりが強く、欧米ならバージョンアップで修正してすむ話でも、日本だったらやれ原因究明だ、責任は誰がもつのか、再発防止策は……、となりがち。変化適応のスピードに難があるとはいえ、「日本人のこうしたまじめさが、世界でも類をみないほどの信頼性の高いITシステムをつくりあげる原動力になっている」と、フォスメア執行役員はみている。
SAPジャパン
個別最適を好み、細部にこだわる日本人
SAPジャパン
キャシー・ワード
常務執行役員
チーフ・オペレーティング・オフィサー
SAPジャパンのキャシー・ワード常務執行役員は、2016年1月から日本法人で勤務している。SAPが08年にビジネスインテリジェンス(BI)の旧ビジネスオブジェクツ(BO)を買収した流れで、元BOの社員だったワード氏もSAPに勤めることになった。
主に英国を拠点にEMEA(欧州・中東・アフリカ地域)を長らく担ってきたキャリアをもつワード常務からみて、日本のIT業界の第一印象は、「NECや富士通、日立製作所など大手ITベンダーが多数ある」ことが驚きだったという。もちろん、欧州でも大手ITベンダーは多いが、「一つの国に兆円単位で売り上げがあるベンダーが複数存在するわけではない」と、一国で巨大なITベンダーがしのぎを削っているのは、欧州ではあまりみられない現象だという。
また、ITベンダーの多くが国内中心で成長してきたことや、徹底したカスタマイズや手組みのシステム、細部にこだわった日本企業でしか通用しないシステムの割合が高いことも、欧州とは違う点。もちろん、日本にもグローバル展開するユーザー企業は多いが、ITガバナンスの手法が独特で、「日本の本社と海外法人が別々のシステムを入れていることも珍しくない」とワード常務は感じている。
こうした違いは、日本人が個々の組織に最適化したITシステムを好み、「非常に高い品質と完成度を追求し続けていることの現れでもある」という。日本人の勤勉さや、技術へのこだわりがよい方向にいけば競争力の向上につながるが、一方でITの変化は激しく、「完成度の高さばかりにこだわっていると、変化適応のスピードが遅くなってしまうリスクも抱えているのではないか」とも指摘している。
日本マイクロソフト
日本ではSIerがユーザーの意思決定に深く関わる
日本マイクロソフト
マリアナ・カストロ
執行役員常務
マーケティング&オペレーションズ担当
日本マイクロソフトのマリアナ・カストロ執行役員常務は、この4月にマイクロソフト勤続25年を迎えた大ベテランだ。出身地が南米アルゼンチンということもあってか、フロリダ州マイアミの拠点から中南米38か国・地域の営業やマーケティングに長らく携わってきたキャリアをもつ。
日本法人で勤務を始めたのは2015年7月。まず驚いたのが「ユーザーのIT投資の意思決定にSIerなどのITベンダーが深く関わっていること」だった。中南米では、サービスを提供するプロバイダは、プロバイダに徹することが多く、ユーザーの意思決定にはあまり深く関わらない傾向があるからだ。
日本では長く取引関係にあるSIerがユーザーの業務を知り尽くしているケースが多いことから、マイクロソフトとしてもビジネスを伸ばすには、こうした「パートナーといかに密接な関係を築くのかがポイントとなる」と話す。
もう一つ、大きく違うのは「リスクに対する敏感さ」だという。中南米では新しい技術が登場すると、“うちは他社とは違うんだ”といわんばかりに、果敢に新技術を自社のビジネスに取り入れて顧客にアピールすることが多いが、日本のユーザーは、「その技術が本当に自社のビジネスに役に立つのかを見極めてからでないと導入しない」傾向がみてとれるという。
もし、上手くいかなかったらすぐに他の方法に切り替えるのが中南米の流儀だとすれば、日本のユーザーは失敗のリスクに非常に敏感で、慎重であることがうかえる。
外国人が率直に感じていること
●日本のIT業界について
NEC、富士通、日立製作所と、IT関連の売上高が兆円単位ある大手ベンダーが何社もあること。欧州にもこのクラスの大手ITベンダーはあるが、「ひとつの国に複数ある」状態ではない(イギリス)
IT業界は、ネットさえあれば対応できる業務が多く、土地や人件費が高い首都圏にオフィスがなくてもいい。米国では各地域に主要なITベンダーの本社がある(オーストラリア)
イノベーションが足りない。イノベーションは上から「やれ」と言われてできるものではなく、多様性などの文化的な要素が絡むため、変えなければならないところが少なからずあるのでは(オランダ)
西洋IT業界は往々にして「巧遅は拙速に如かず」。日本のIT業界は細部に拘り、品質はすばらしいが、スピードやダイナミックさに欠けるところがある(イギリス)
●日本のユーザーについて
ユーザーのIT投資の意思決定に、SIerなどのITベンダーが深く関わっていること。中南米ではベンダーはサービスプロバイダに徹することが多い(アルゼンチン)
米国ではITを経営資源として捉えているが、日本ではITがコストだった。また、コスト削減や効率化の手段として考えられてもきた。日本と米国の違いは、そこが一番大きかった(アルメニア)
つくったシステムを「塩漬け」にする習慣がある。品質を重視するあまり、一度うまく本稼働したら、できるだけ手を加えず、運用でカバーするケースが垣間見られる(オランダ)
●日本のIT業界の働き方について
オフィスでの勤務時間が評価に結びやすい「オフィス中心型」の働き方に驚いた。欧州は「何時間オフィスにいるか」ではなく「プロジェクトの成否」の評価を重視する(イギリス)
やたら長時間オフィスにいること。「オフィスで仕事をする」ことと「正しい仕事をする」ことは、必ずしも一致しない。ITをもっと活用すれば、オフィスの外にどんどん出て行くこともできる(アルゼンチン)
( )内は出身国
作成:『週刊BCN』編集部
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