医療/介護ITビジネスのすそ野が広がりをみせている。大手ITベンダーは、AIを活用した診断支援など、データ活用の分野に意欲的に取り組んでいる。リプレース市場になりつつある電子カルテのその先のビジネスを模索しており、国内外での実証実験や提案活動も活発化させている。また、これまで新規参入が難しく思われてきた医療/介護市場への参入が相次いでいる。既存ベンダーが手をつけていない新領域を発掘するなど、目新しい活動を展開中だ。本特集では、前半は新規参入ベンダーの動き、後半は大手や既存組の取り組みをレポートする。(取材・文/安藤章司)
新規参入やAI 活用の診断支援が相次ぐ
きりん
無料の電子カルテ、順調な滑り出し
山口太一
取締役
ソフト開発のきりんは、診療所向けの電子カルテをクラウド方式で提供しているが、驚くべきことに“無料”に設定している。もともと診療所向けの電子カルテを受託方式で開発しており、このノウハウを自社独自の電子カルテ製品の開発に応用した。
収益モデルは、製薬会社の医薬情報担当者(MR)の活動支援による収益や、診療所から診療報酬債権を譲り受け、当月分の診療報酬予定額を前払いすることで診療所経営のキャッシュフローを改善する有料の経営支援サービスなどが柱。経営支援サービスは利用しても、しなくてもどちらでも好きなほうを選べる。
2020年までに6000診療所のユーザー獲得を目指している。一定規模以上のユーザーを獲得することで、例えば、医師が風邪と診断した患者の電子カルテの横に、割安なジェネリック医薬品を候補として挙げて、MR活動の支援サービスを展開しやすくする。また、診療所のキャッシュフロー改善サービスも規模のメリットが出やすくなる。
無料の電子カルテサービスが始まってから半年余り。きりんの山口太一・取締役経営企画管理本部長は「目標に向かって順調な滑り出しだ」と、診療所ユーザーの獲得に確かな手応えを感じている。一方、診療所向け電子カルテを手がけている既存/大手ベンダーは、表向きは「既存顧客が無料カルテに流れる動きは見られない」、あるいは「新規参入は市場が活性化して歓迎する」などと平静を装う。
山口取締役は「順調な滑り出し」といい、既存/大手は「無料に流れない」という。一見すると矛盾しているように思えるが、仔細にみていくと両者は競合しているようで、実は大して競合していない。なぜなら全国およそ10万の診療所における電子カルテの普及率が3割程度にとどまっているとみられ、きりんは、普及が進んでいない「残りの7割を主なターゲットとしている」(山口取締役)からだ。
診療所の経営は、ただでさえ賃借料や医療機器の購入などでコストがかさむ。そのうえ、診療や報酬に直接的に貢献しないにもかかわらず数百万円の初期費用がかかり、年間数十万円の保守料がかかる電子カルテの購入に二の足を踏む診療所経営者が多いのが実情だ。きりんは、これまで電子カルテの購入を断念した層を、無料化によって取り込む戦略である。
今後は、電子カルテの動きを分析し、どのような症例なら、どのくらいの診療時間がかかるのかをAIで予測。患者の待ち時間を正確に割り出し、順番が回ってきたら患者のスマートフォンにメッセージで伝えるなど、医師のみならず、患者の満足度の向上にも役立つ機能を拡充させていくことで、患者に“選ばれる診療所”になることを支援していく。こうした取り組みによって早期にシェア拡大を図り、ビジネスを軌道に乗せていく計画だ。
ケアコラボ
介護事業者の経営課題をSNSで解決
納品のない受託開発”で有名なソニックガーデンの関連会社のケアコラボは、この6月から介護事業所向けSNS(ソーシャルメディアサービス)の販売を本格化させている。職員同士や上長との情報共有による介護サービスの質的向上や、利用者の家族も介護活動に参加するきっかけになるようなSNSを、介護事業者の協力を得ながら独自に開発してきた。
藤原士朗代表取締役(左)と上田幸哉氏
これまでは紹介ベースで10事業所ほどに納入してきたが、完成度が高まってきたことから本格的な営業をスタート。SNS導入で効果がある一定規模以上の介護事業所は全国に2万箇所あるとみられており、当面はシェア5%、1000事業所を視野に全国展開を推し進めている。
介護事業所の基幹システムといえば、介護保険の請求システム(医療のレセコンに相当)だが、介護保険制度が始まったのが2000年と新しいこともあり、この基幹システムは当初から電子化が進んでいた。
しかし、医療の電子カルテに相当する領域は紙による記録が多くを占める。実は先の診療所の例と同じで、電子化することによる業務効率や収益の改善といったメリットがみえにくいことが、電子化が進みにくい大きな阻害要因になっていた。
ケアコラボは、ここに着眼。「介護事業者と協力して業務分析を行ったところ、紙を電子化するという発想そのものが間違っている」(藤原士朗代表取締役)ことに気づいた。介護事業者の経営課題は、人材確保や育成の難しさ、離職率の高さ、少子高齢化の一段の進展で、介護報酬の増額が期待できないことなどだ。これらの課題を解決する仕組みをつくれば、介護事業者の経営課題の解決につながると考え、開発に取り組んだのが介護SNSの「ケアコラボ」だった。
FacebookのようなSNSをイメージすると分かりやすいが、SNSの最大の特性はタイムリーな情報共有である。手元のスマートフォンでつけた介護記録に上長や同僚が「いいね」を押したり、助言したりできる。利用者の家族にも情報を公開すれば、「家族が介護にもっと積極的に参加するきっかけづくりにもなる」(ケアコラボでシステムエンジニアを担当する上田幸哉氏)。
ある介護事業所では、夜中の2時に利用者のお手洗いを介助した記録をSNSにあげたところ、すぐさま利用者の娘から「ありがとうございます。お手数をおかけしました」と御礼のコメントがついた。ごく一般的な御礼の言葉だが、担当した介護職員は「利用者と家族、自分の一体感や達成感を味わった」と話したという。
介護職員の報酬をあげるのは難しいのが現実だが、「達成感」を少しでも高めることで、モチベーションの向上や離職率の低下に役立てられる可能性が高い。介護の質も高めやすくなる。
ケアコラボでは、今後、家族とのつながりを重視したファミコラボ(仮称)や、職員のタレントマネージメント機能をもたせ、職員の“横顔がよく見える”ようにした、カオコラボ(仮)などの開発を通じて介護ITビジネスの拡大を目指す。
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