AI駆使したデータ活用に意欲
中堅・中小病院のITニーズは堅調に推移
大手ベンダーは医療データの活用に目を向けている。電子カルテや地域医療連携ネットワークなどによって蓄積したデータをAIで分析することで、診療の助けになったり、病院経営の健全化に役立てられるからだ。これに対して、中堅・中小病院向けの電子カルテは、足下のビジネスをみる限り新規に導入する案件の割合が依然として高い。
NEC
診断支援でAI活用の実証を進める
医療/介護ITビジネスを俯瞰してみると、施設内のスタンドアロン型のシステムから、地域を網羅的にカバーするネットワークシステムに軸足が移ってきたことがわかる。スタンドアロン型では超高齢化社会への変化適応ができないことが、ネットワーク化を推進する理由だ。病院や診療所を結ぶ「地域医療連携ネットワーク」や、地域介護に焦点を当てた「地域包括ケアシステム」などの構築を官民連携によって進めている。
左から外尾和之シニアエキスパート、福間衡治部長、木村達主任
しかし、当初の思惑通りに、コトが進んでいるかといえば、必ずしもそうとはいえない。地域医療連携ネットワークの普及率は、推計で3割程度であり、これが例えば20年までに100%になるかといえば、「現実問題として難しい」と、地域医療連携ネットワーク「ID-Link(アイディリンク)」の普及に努めてきたNECの福間衡治・医療ソリューション事業部事業推進部長は話す。NECでは地域医療連携ネットワークを維持するためのシステム更新の際には、半額キャンペーンを展開するなどして、ネットワークの維持を後押ししている。だが、ネットワーク活用による具体的なメリットがもっと多く得られなければ、今以上に普及率を高めるのは難しいとみられている。
NECにとっても、電子カルテなど院内システムビジネスの規模を「100」とすれば、地域医療連携ネットワーク関連は1桁台と小さく、ここに大きな投資をし続けるわけにはいかない台所事情もある。そこで大きくアピールしているのが、AIを駆使した“データの活用”である。個人情報保護などの問題もあり、今すぐ地域医療連携ネットワークや地域包括ケアシステムのデータを分析して、何かを見つけ出したり、診療や病院経営に役立てるところまでは到達していないが、「個々の業務でAIを活用する動きは活発化している」と、NECの外尾和之・医療ソリューション事業部事業推進部シニアエキスパートは指摘している。
NECの直近の成功例としては、強みとする画像認識技術やAI機能を駆使した病理画像解析システム「e-Pathologist(イー・パソロジスト)」が挙げられる。“電子病理学者”と名づけられたこのシステムは、がん細胞かどうかを診断する顕微鏡の画像から、疑わしいと推測される画像的特徴を探し出して、病理専門医に伝える。国内はもとよりタイやインドネシア、台湾、中国などで実証実験を行っており、「国内外の市場に向けて積極的にデータ活用事業を展開している」(木村達・医療ソリューション事業部新事業推進グループ主任)。NECでは、こうした事例を積み重ねていくことで、より広範囲にAIを駆使したデータ活用を推進していく。
富士通
広域ネットで臨床データをAI分析
富士通は現行の電子カルテビジネスの先を見据えたビジネスの創出に意欲的だ。直近では、地域医療連携ネットワーク「HumanBridge(ヒューマンブリッジ)」をベースに、全国規模の認知症研究に役立てたり、スペインのサン・カルロス医療病院と協業して、精神病患者の診断をAIで支援する実証実験を行っている。キーワードは“データ活用”だ。デジタル化したデータを活用し、診療や治療になくてはならないものになってこそ、価値を認められると富士通では考えている。
左から藤岡学部長、千坂健部長、岩津聖二部長
認知症研究では、全国規模で匿名化した認知症患者の情報をデータベース化して、この臨床データにもとづく研究を行っているが、課題は多忙を極める臨床医が何百項目にもなる検査項目を入力する時間がないことだった。そこで、すでにデジタル化してある電子カルテのデータを地域医療連携ネットワークを通じて集める方法が有力視されている。今回のケースでは認知症研究だが、「電子カルテと地域医療連携ネットワークを組み合わせることで、さまざまな診療科の臨床データにもとづく研究に役立てられる」と、富士通の藤岡学・第一ヘルスケアビジネス推進部部長はみている。
スペインの病院での実証実験では、匿名化された3万6000人余りの臨床データと医療関連の論文などを組み合わせて、AIに分析させることで、およそ85%の高い精度で自殺やアルコール依存、薬物依存といったリスクの算出に成功している。AIを駆使することで診断時間が半減し、医師はより多くの時間を患者の問診にあてられるため、「患者の潜在的なリスクの発見につながる」(富士通の千坂健・第三ヘルスケアビジネス推進部部長)ことが期待されている。
また、電子カルテのデータ活用の一環として、富士通では昨年11月、病院の予約状況を患者のスマートフォンで参照できるアプリを発売している。これは電子カルテに登録された予約情報を呼び出す仕組みで、当日、病院に行ったのちも、診察順番の確認ができる便利アプリだ。先述の研究や診断支援の領域に加えて、患者の「利便性向上の側面でもデータ活用は有効である」(富士通の岩津聖二・第二ヘルスケアビジネス推進部部長)と指摘。18年度末までに100施設への納入を見込んでいる。
キヤノンITSメディカル
プライム重視で過去最高の売り上げ
では、SIerの医療ITビジネスはどうだろうか。NEC・富士通の二大メーカーがベット数400床以上の大規模病院をメインターゲットとするが、SIerは400床未満の中堅・中小規模の病院を主戦場にしているケースが多い。大規模病院向けの電子カルテはほぼ一巡してリプレース市場になっているのに対し、中堅では初めて電子カルテを導入する“新規”案件がまだ存在しており、足下の市場は拡大基調で推移している点が大きく異なる。
宮里博史取締役
キヤノンITSメディカルは、これまでメーカーの二次請けで実績を積んできたが、近年では中堅病院向けの電子カルテビジネスでプライム(元請け)比率を着実に増やしている。受注状況によって売上高は年度ごとに変動するが、5年前の病院向けプライム案件の売上高と比較して、昨年度は1.3倍ほどに伸ばした。
電子カルテの実装で「良質なSIサービスを提供することで顧客との信頼関係を深めることを重視してきた」(キヤノンITSメディカルの宮里博史取締役)ことや、中堅病院向け電子カルテ市場そのものが拡大基調にあることなどが追い風となり、昨年度(16年12月期)は過去最高の売上高を達成している。
JBCC
納入件数4倍、新規導入も半数占める
JBCCは、亀田医療情報と共同で手がけている一般病院向け電子カルテ「エクリュ」と、精神科向け電子カルテ「プシュケ」の主力2製品の昨年度(17年3月期)の納入件数が前年度比でおよそ4倍に増えている。中堅・中小病院を主なターゲットとしていることもあり、リプレースと新規の比率はほぼ半々だった。精神科向けの電子カルテは根強い人気があり、昨年度の納入件数の20件余りのうち約3分の1を占めている。
山崎健執行役員(右)と岡田英樹担当部長
ここ最近、JBCCと亀田医療情報が戦略的に進めているのは、外部サービスとの連携強化である。例えば、AIを活用した診断支援サービスを自社で開発するのは難しいが、外部のサービスと連携することで、実装が可能になる。電子カルテの機能を間接的に拡張していくアプローチである。電子カルテそのものは、各社が開発にしのぎを削っていることもあり、全般的に完成度が高まり、見方を変えれば差異化が難しくなっている。そこで、さまざまな専門的なサービスと組み合わせることで、「電子カルテのより一段の活用につなげていく」(JBCCの山崎健・執行役員ヘルスケア事業部事業部長)考えだ。
外部サービスと柔軟に連携できるのも「自分たちで独自に開発している電子カルテだからこそ、迅速な対応が可能だ」とJBCCの岡田英樹・ヘルスケア事業部事業企画担当部長は話す。独自開発の強みを生かしつつ、さらにSIの効率化で実装期間の短縮を推し進めることで、今年度(18年3月期)の納入件数は30件ほどの達成を目指していく。
記者の眼
医療ITは病院施設の壁を越えて、地域医療や介護をネットワークで結ぶ時代へと発展してきた。ビジネス的な側面でみても、医療/介護市場はゆるやかに成長しており、例えば、NECの医療/介護関連の事業規模は20年前に比べてほぼ倍増させている。
では、20年代の医療/介護ITはどうなるのだろうか──。それはデジタル化、ネットワーク化したデータを活用する時代への移行にある。電子カルテなどのPHR(診断記録や臨床データ)を最新のAIで分析することで、診断支援を行う例がわかりやすい。医療分野は規制も多く、機微な個人情報を多く扱う難しい領域ではあるが、データ活用に向けた将来ビジョンを医療/介護業界や患者/利用者、そして国などと共有していきながら、少しずつでもビジョンを現実のものとしていくべきだろう。