Special Feature
NEC、富士通、NTTの 三大国産AI ユーザー業務に焦点、販路開拓に力を入れる
2017/11/01 09:00
週刊BCN 2017年10月23日vol.1699掲載
富士通
業務パッケージに落とし込み、すぐに使える

富士通の中条 薫本部長(左)と橋本文行統括部長
富士通は「Zinrai(ジンライ)」を中心にAIビジネスが活況を呈している。この上期のZinrai関連の商談件数は、「前年同期比でほぼ倍増のペースだった」(富士通の中条薫・AIサービス事業本部本部長)と手応え十分だ。2020年度までにZinrai関連の売り上げは累計3200億円を想定しており、向こうしばらくは大きな伸びが見込めると富士通ではみている。ただ、この目標を実現するには、先端技術の集合体であるZinraiを、どうユーザー企業の業務に落とし込んでいくのかという課題を解決しなければならない。
ユーザーの業務的課題とZinraiとの間にあるギャップを埋める手段として、富士通では大きく三つのアプローチを主軸に置いている。一つめが、既存の業務パッケージにZinraiを組み込んで高性能化するアプローチ。例えば、富士通の自治体向け保育業務支援システムにZinraiを組み込むことで、保育所の入所決定に関わる業務を大幅に短縮することに成功している。
保育所の限られた枠に多くの入所希望者が殺到する。希望者は家の近くや、通勤経路の途中にある保育所を希望し、兄弟姉妹がいる場合は、できるだけ同じ保育所へ入所したいと望んでいる。ある自治体では、各家庭の事情を考慮して、できる限り多くの人の希望がかなうよう20~30人の職員を動員して組み合わせの計算を何日もかけて行っていた。Zinraiにこの組み合わせ計算をやらせたところ、わずか数秒で実現。最適解を瞬時に導き出すとともに、入所決定の通知を早期に発表できるようになった。
ここでのポイントは、汎用性の高い業務パッケージである保育業務支援システムにZinraiを組み込んだことにある。今後、富士通のもつさまざまな業務パッケージにZinraiを組み込んでいくことで、「ユーザーの業務課題をより一段とスピーディに解決できるようになる」(富士通の橋本文行・AIサービス事業本部統括部長)とみている。並行して富士通のビジネスパートナーがもつ業務パッケージにもZinraiを採用してもらえるよう働きかけていくことで、Zinrai活用のすそ野を広げていく。
二つめのアプローチは、できるだけ多くZinraiのAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)を公開することだ。クラウド系のサービスではAPIでアプリケーション同士を連携させることが多い。「クラウド中心にビジネスを手がけるパートナーもZinraiの使い勝手のよいAPIの公開を望んでいる」(同)と捉えている。しかし、ただAPIを公開しただけでは、ユーザーの業務課題の解決との間にギャップが生まれかねない。そこで三つめのアプローチとして“目的別のAPI”の拡充を急ぐ。
具体的には、専門分野別の意味検索やFAQ(よくある質問集)検索、対話型ボット、会話翻訳、交通画像認識など、目的を絞り込んだAPIである。直近でとりわけ引き合いが多いのが専門分野別の意味検索。FAQを構築しなくても、教師役となる専門書をZinraiが参考にしつつ、ユーザーがもっている関連文書を探し出す機能をもっている。
同機能をある自治体の戸籍管理の担当者向けに適用したところ、市民からの問い合わせにより的確に、すばやく回答できるようになった。戸籍の取り扱いは専門的な知識が必要だが、担当職員のすべてが専門家ではない。だからといってコンタクトセンターのような大がかりなFAQを構築する予算的余裕もない。そこで戸籍の専門書籍を教師役として、最適な回答を担当者に示す役割をZinraiの専門分野別の意味検索APIで実現した。
従来の自然言語処理、画像/音声処理、パターン発見といった汎用的なAPIよりも、ユーザーの業務システムにすぐにでも役立つ機能をAPI化し、SI(システム構築)にかかる工数を削減。手早く、低コストでZinraiをユーザーの業務に役立てられるようにすることで、Zinraiの適用領域を広げていく。
NTTグループ
前年度比約8倍のライセンス販売見通し
NTTグループの「corevo(コレボ)」は、話し言葉を理解する能力に長けているAI製品群である。電話や通信で培ってきた音声処理技術をベースに特色あるAIに仕上げることでライバル他社が開発するAIとの差異化を図る。だが、NTTの研究所で開発されたcorevoをユーザーの実業務に落とし込むには、いくつかのギャップを埋める仕掛けが必要である。NTTテクノクロスはいち早くcorevoを活用した商品を開発。同社の一大ヒット商品に育っている。売れ筋商品となったのは、NTTテクノクロスが開発した「ForeSight Voice Mining(フォーサイトボイスマイニング)」。コンタクトセンターでの会話の文字起こしを自動化したり、文脈を理解してFAQなどの必要な情報をオペレータに提示したり、話し手の感情を読み取ったりするパッケージソフトだ。
NTTテクノクロスの
河村誠司統括マネージャー
オペレータが話す言葉の文字起こし精度が、従来の音声認識よりも約5ポイントほど向上して9割超、コンタクトセンターに電話をかけてきた利用者の場合は1割ほど向上して、約8割を認識できるようになったことなどがユーザー企業からの評価につながった。
しかし、これだけみると、従来あるCTI(コンピュータと電話の統合)システムと大差ない印象を受けてしまう。だが、「音声認識率の5ポイント向上は、これまで“超えられない壁”が立ちはだかっていた」と、河村統括マネージャーは話す。オペレータの話し言葉の文字起こしで例えれば、「従来の85%程度の認識率では素人にもミスが目立ってしまうレベルだが、90%超えてくると新聞社の校閲担当者でさえ、うっかりすると見落とすレベル」(同)だと胸を張る。
コンタクトセンターに電話をかけてくる利用者の話の認識率には、まだ課題が残るが、解決の糸口はある。NTTグループが電話で培ってきた雑音を除去する技術や、会話のなかから何について話されているのかを聞き取る「傾聴技術」によって認識率を高める取り組みを始めている。認識率が落ちてしまうのは、利用者が自動車や鉄道などの騒音が多い場所から電話を掛けてきたり、順序立ててうまく話ができなかったりすることに起因するという。ユーザーが増えてデータ量が増えれば増えるほどcorevoの学習効果は高まる。ディープラーニングをはじめとする学習機能の技術革新も踏まえて、より一段と高精度になっていくことが期待されている。
働き方改革、IoTなどがビジネスを後押し
自然言語処理に長けたcorevoの技術はコンタクトセンターに適しているが、その一方で「これまでになかった使われ方」(河村統括マネージャー)も始まっている。NTTコミュニケーションズは、損害保険ジャパン日本興亜の全国約300か所の保険金サービス拠点にForeSight Voice Miningを使ったAI音声認識システムを納入。2018年2月から本稼働が始まる予定だ。保険金サービス拠点は、事故の受け付けから保険金の支払いまでの顧客対応をする窓口で、営業店舗に近い存在。つまり、設備の整ったコンタクトセンターだけでなく、通常の営業窓口への応用を進めていけば、corevoの市場はぐんと広がるわけだ。営業店舗は、例えば携帯電話のドコモショップのようなものをイメージすればわかりやすい。ひっきりなしに来客があり、担当者は対面で顧客対応をしている。従来のCTIシステムでは、設備の整っていない営業店舗で能力を発揮するのは困難だったが、corevoの技術を使えば雑音を除去して、誰が、どのような話をしているのか聞き分けられる。会話の内容がわかれば、入力作業の自動化や、担当者の次のアクションを提示するといった支援が可能になる。「ディープラーニングの特性上、経験値が増えれば増えるほど精度が高まる」(同)ことから、営業店舗での窓口現場でも威力を発揮するとみている。
ForeSight Voice Miningをはじめとするcorevoを実装したソフトは、NTTコミュニケーションズやNTTデータ、ディメンションデータなど、NTTの主要な事業会社をメインの販路としている。事業会社の一角を占めるNTTデータでは、「この上期のcorevo関連のAI商談は、前年同期比でおよそ3倍だった」(NTTデータの福田和也・AI&IoTビジネス部ソリューションセンタ課長)と、ユーザー企業のAIに対する関心の度合いは非常に高いと話す。ユーザー企業の口からは、働き方改革やIoT、技能継承などのキーワードが出ており、これらのテーマや課題にAIを活用したいと考える傾向が強いことがうかがえる。

NTTデータの福田和也課長(左)、天野正己課長
NTTデータでは、この下期(10-3月期)、corevoを活用した金融機関向けの共同利用型チャットボットの本格サービスを始める。ユーザーとなる金融機関全体で学習データを共有することで、従来よりも格段にすぐれたチャット対応が可能になる。夜間・休日の顧客サポートに、チャットボットで対応できるようになれば、その分、夜間や休日に出勤する人を減らして、働き方改革につながる。
これとは別に、チャットボットとNTTグループが開発するRPA(ロボティクス・プロセスオートメーション)の「WinActor(ウィンアクター)」と組み合わせることで、チャットによる対話型のインターフェースで業務システムを操作することも視野に入れる。業務アプリケーションを操作するルーチンワークの自動化が可能になり、「労働時間の短縮や生産性の向上につながることが期待できる」(NTTデータの天野正己・AI&IoTビジネス部ソリューションセンタ課長)と指摘する。
IoTでは、設備機器の稼働音から異常を検知するシステムの販売を昨年11月から始めている。熟練した技術者以外は「ゴォォォー」という騒音にしか聞こえない機械音でも、corevoの技術要素の一つである「異常音検知技術」を使うことで、通常ではない音を検知できるようになる。音声処理にすぐれたcorevoの特色を生かすものである。熟練技術者だけにしかわからなかった異常音をcorevoで検知できるようになれば、異常音がどんなものなのかをAIを介して若い技術者に継承できる可能性も出てくる。
直近では国内中心のビジネスだが、積極的にグローバル市場へ進出するNTTデータやNTTコミュニケーションズ、ディメンションデータの販路を駆使することにより、corevoを活用した製品の世界展開も夢ではない。むしろ他社にはないcorevoの技術を率先してユーザーの課題解決に結びつけることで、NTTグループの国際的な競争力向上につなげていくことができる見込みだ。
国産AIの存在感がじわり高まっている。NECはこの上期(4-9月期)の主力AIの「the WISE(ザワイズ)」関連の商談案件が前年同期比でおよそ3倍に増加。2020年までに累計3200億円の売上目標を掲げる富士通の「Zinrai(ジンライ)」も、今年度に入ってからの関連ビジネスの商談数がほぼ倍増で推移している。NTTデータもNTTグループのAI「corevo(コレボ)」関連の商談が約3倍に増加。しかし、技術先行で進みがちなAIだけに、ユーザー企業の業務とギャップが大きく、販売チャネルもままならない。国産三大AI各社は、ユーザー業務への落とし込みと、ビジネスパートナーとの連携による販売力の増強を急ピッチで進めることで、より一段と存在感を高めようとしている。(取材・文/安藤章司)
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