官民一体で労働のあり方を見直す
国が「働き方改革」の推進に力を入れている。背景にあるのは、少子高齢化に伴う労働人口の減少で、働き方改革が「労働生産性を改善するための最良の手段」と位置づけられている。最近では、長時間労働が原因の過労死が起こり、国民の関心が上昇。官民一体となって労働のあり方を見直す動きが広がっている。
働き方改革も
重要テーマに設定
2017年1月の施政方針演説で、安倍晋三首相は、外交や地方創生などの重要テーマとともに働き方改革にも触れ、こう呼びかけた。
「最大のチャレンジは、一人ひとりの事情に応じた、多様で柔軟な働き方を可能とする、労働制度の大胆な改革。働き方改革です」。
安倍首相が、働き方改革に積極的な姿勢をみせたのは、雇用経済の情勢が回復基調にあることが理由だ。
総務省や厚生労働省(厚労省)によると、求職者一人に対して何件の求人があるかを示す有効求人倍率は、17年8月までの46か月連続で1倍を超える高い水準で推移。完全失業率も、リーマン・ショック後の5%台から大きく回復し、8月は2.8%となった(図1)。
安倍首相は、「雇用情勢が好転している今こそ、働き方改革を一気に進める大きなチャンス」とし、「抽象的なスローガンを叫ぶだけでは、世の中は変わりません」と強調。
さらに、「言葉だけのパフォーマンスではなく、しっかりと結果を生み出す働き方改革を、皆さん、ともに、進めていこうではありませんか」と訴え、働き方改革に対する国の本気度を示した。
国は16年9月から、有識者をまじえた「働き方改革実現会議」を設置。計10回の会合での議論を踏まえ、17年3月に「働き方改革実行計画」をまとめた。
計画には、同一労働同一賃金に関係する法整備や非正規雇用の処遇改善、長時間労働の是正などが盛り込まれた。だが、衆議院院解散の影響で、関連法案の審議はとん挫。先行きは不透明な情勢になっている。
人口減少を打破し
経済成長の原動力に
日本の人口は現在、大きな岐路を迎えている。すでに減少の局面に突入し、図2のように、現在約1億2700万人の総人口は、65年には9000万人を割り込み、65歳以上の割合を示す高齢化率は38%となると予想されている。
人口が減れば、市場の縮小は避けられない。国として持続的に成長していくためには、労働力の確保や生産性の向上が必須になる。そこで、経済成長の原動力として、多様な働き方を実現する働き方改革が必要になってくる、というのが国の考え方だ。
厚生労働省
政策統括官付
労働政策担当参事官室
調整第一係
山野道歩氏
厚労省政策統括官付労働政策担当参事官室調整第一係の山野道歩氏は、「市場がさらに縮小する先行きの不安から、内外の投資家がおよび腰になるかもしれない。このことが経済成長の隘(あい)路の根本になる可能性もある」と説明し、労働力の確保や生産性の向上に向けて「女性や高齢者にも働いてもらうことも必要になる」との考えを示す。
ただ、女性の場合、就業率を国際比較すると、一筋縄ではいかないのが現状だ(図3)。山野氏は、「欧米先進諸国では、出産・育児期の就業率の低下はみられないが、日本では、出産や育児を機に労働市場から退出する女性がまだ多い」と指摘する。
国立社会保障・人口問題研究所の「第15回出生動向基本調査(夫婦調査)」によると、出産前の有職者を100とした場合、出産後も仕事を続けている女性の割合は53.1%。裏を返せば、約半数の女性が、出産・育児を理由に仕事を辞めている現状が浮かぶ(図4)。
三菱UFJリサーチ&コンサルティングが企業5000社を対象に実施した「平成28年度仕事と家庭の両立に関する実態把握のための調査研究事業報告書」(有効回答数723件)では、妊娠・出産を機に退職した理由のなかで、「家事や育児を理由に自発的に辞めた」と答えた人の割合は30.3%だった(図5)。
一方、「仕事は続けたかったものの、仕事と育児の両立の難しさを理由に辞めた」と答えた人の割合は22.5%。具体的には、「勤務時間があいそうもなかった(あわなかった)」が47.5%で最も多く、「自分の体力がもたなさそうだった(もたなかった)」が40%、「育児休業を取れそうもなかった(取れなかった)」が35.0%と続いた。
総務省の労働力調査によると、結婚などの理由でいったん職を離れ、再び働くことを望む就業希望者数は、16年で274万人となっている。
しかし、仕事と育児を両立するための国や企業の制度設計は十分とはいえず、山野氏は「仕事と家庭の両立にはまだ課題がある」と道半ばの現状を認める。
働き方改革の代表例
テレワークの状況は
大手広告代理店に勤務していた入社1年目の女性の過労自殺を契機に、長時間労働の改善は企業にとって喫緊の課題となった。対策には、企業だけでなく、国も乗り出している。官民一体となった取り組みの代表例が、ITを活用して柔軟な働き方を促す「テレワーク」だ。
17年7月には、全国一斉の国民運動プロジェクトとして「テレワーク・デイ」が開催され、計900団体以上、6万人超が参加。東京都心の混雑緩和などの効果が出た。
テレワークを導入している企業では、労働時間の削減だけでなく、コストカットや離職率の低下といった好影響が出ている。ただ、「平成28年通信利用動向調査」によると、調査に回答した2018社のうち、導入企業の割合は13.3%で、導入予定がある企業を含めても16.3%にとどまる(図6)。
導入にあたっての課題は何か。労働政策研究・研修機構(JILPT)が15年にまとめた「情報通信機器を利用した多様な働き方の実態に関する調査結果」によると、労働者側では、「仕事と仕事以外の切り分けが難しい」「長時間労働になりやすい」「仕事の評価が難しい」といった意見が懸念点としてあがり、企業側からは、「労働管理や進捗管理が難しい」「コミュニケーションに問題あり」「情報セキュリティ確保」が問題として出た(図7)。
テレワークをはじめ、働き方改革を進めていくうえで、ITの役割は大きく、業界に寄せられる期待は高まっている。山野氏は「新しい働き方を実現するためには、安全で使いやすいシステムが必要。働き方改革を進めていくうえでITは欠かせない」と話す。
国にとって、働き方改革は今後も大きな課題になる。山野氏は「働き方改革の目標は、日本の労働制度の悪しき部分を改正していくこと。今ここで変えないと、少子高齢化による労働人口の減少などの課題は乗り越えていけない」と強調する。