医療・介護の情報活用ビジネスが広がりをみせている。医療と介護の分野で互いの情報を連携させたり、健康診断のデータを分析して病気をより早期に予防するなどの取り組みが活発化。既存の大規模病院向けの電子カルテビジネスの成熟度が一段と高まりつつあるなか、新規参入するプレーヤーが相次いでいる。一方で、AIを使い分析・予測するといったビジネスに商機を見出し、商材開発に力を入れる動きも出てきた。(取材・文/安藤章司)
「情報連携とAI」で分析・予測にニーズあり
診療所や介護に新規参入相次ぐ
医療・介護ITビジネスをけん引してきたのは、大規模病院向けのシステム構築(SI)だった。電子カルテや医事会計、レントゲンなど医療機器から出力される画像や映像の管理システムといったさまざまなIT需要がある。だが、これら大規模病院向けのビジネスは、すでにリプレース需要がメインになりつつあり、「それだけではビジネスの伸び代が限られる」(大手ITベンダー幹部)のが現状である。
そこで、各社が注目するのが地域の医療や介護といった領域だ。例えば、診療所向けの電子カルテでは、きりんカルテシステムやクリニカル・プラットフォーム、Donuts(ドーナツ)といった新規参入が相次ぎ、介護事業所向けの情報共有分野にもソニックガーデングループのケアコラボや、芙蓉グループの芙蓉開発、日本エンブレースと資本業務提携するかたちでKDDIが参入し、事業拡大を推し進める。
診療所や介護事業所向けの業務ソフトを開発するパッケージソフトベンダーは、以前から存在している。それにもかかわらず新規参入が相次ぐのは、SaaSや業種向けソーシャルメディアといった切り口でビジネスの商機を十分に見出せると踏んでいるからだ。
診療所向けの電子カルテを開発する伝統的なパッケージソフトベンダーは、診療所にサーバーを設置し、電子カルテのパッケージソフトを販売する方式が主流だった。だが、手間のかかるオンプレミス(客先設置)方式より、オンラインで簡単に使えるSaaS方式のほうが、より広く受け入れられると新規参入ベンダーはみている。
また、介護事業所向けには、介護職員同士の情報共有や業務効率化、看護師や医師との情報共有といった用途に新規プレーヤーの参入が増加。地域の診療所や介護施設のデジタル化が進むことで、地域全体を網羅した情報活用も行いやすくなることが期待されている。
NECや富士通をはじめとする既存大手プレーヤーは、大規模病院向けの電子カルテビジネスを守りつつも、予防や予後の領域に新しいビジネスの可能性を見出している。具体的には、病気にならないよう定期健康診断の情報をAI(人工知能)を活用した分析にかけて、従来は予測が難しかった病気の兆候をいち早く発見。病院を退院したあとでも、地域の診療所や介護事業所と情報連携して、再び重症化しないよう見守るニーズも有望視している。
JBCC
介護と病院の情報連携に本格参入
芙蓉開発の前田俊輔代表
JBCCホールディングスグループのJBCCは、介護向けビジネスを拡大させる。福岡県で筑紫南ヶ丘病院や老人ホームなどを手がける芙蓉グループと協業。同グループの芙蓉開発が開発する介護事業所向け介護・医療連携システム「安診ネット」と、JBCCが手がける病院向け電子カルテ「Ecru(エクリュ)」と連携させることで、介護・医療の情報連携を推進している。
安診ネットは、高齢者の血圧や体温などのバイタルの“個人差”が大きい傾向があることに着目。一般成人では正常値の範囲であっても、高齢者では個人差が大きくなっているため、それが異常値なのかどうかの判断が難しかった。そこで介護利用者の毎日の血圧や体温といったバイタルデータをAIで分析。高齢者の特性を加味したうえで、早期に異常値を発見するシステムである。
この6月には、筑紫南ヶ丘病院で稼働している電子カルテのEcruと安診ネットを試験的に連携させる取り組みを始めたと発表。長期療養にも対応している同病院では、入院中の高齢者の健康管理に安診ネットを活用。早期に発見した異常値は、すぐさま電子カルテのEcruと情報連携し、「医師や看護師が適切な対応ができるよう支援することを目指す」と、JBCCの山崎健・執行役員ヘルスケア事業部事業部長は試験連携の狙いを話す。また、芙蓉開発の前田俊輔代表は、「安診ネットが電子カルテと連動することで、高齢者の特性に特化した科学的かつ効率的な健康管理が可能になる」としている。
今回の試験連携は同一病院内だが、安診ネットを介護事業所に導入して、遠隔地にある診療所や病院の電子カルテと連携。医師や看護師が遠隔地にいながらにして病気の兆候を見つけ出し、「介護利用者が、より重度の介護を必要とする状態にならないよう先手を打つことが容易になる」と、JBCCの岡田英樹・ヘルスケア事業部営業本部事業企画担当部長は話す。
右からJBCCの山崎健執行役員と岡田英樹担当部長
介護事業者と病院・診療所との情報連携は、口頭や紙のメモといったアナログ比率が高い点に課題があった。国は地域の介護・医療、生活支援などのサービスをネットワークで結び、情報を相互に連携する「地域包括ケアシステム」構築を進めている。今回のJBCCと芙蓉グループとの協業も、この施策に沿ったかたちで進められている。
JBCCホールディングスの昨年度(2018年3月期)のヘルスケア事業の売上高は、電子カルテの販売が好調に推移したため、前年度比8.4%増の27億円と過去最高を達成。今年度は、安診ネットを活用した介護や地域包括ケア関連のビジネスも伸ばしていくことで、29億円程度まで拡大させる計画を立てている。
AWSも医療ITに対応
国のガイドライン適用でAWS活用に道を開く
アマゾンAWSのビジネスパートナー4社が中心となって、医療ITシステムをAWS上で安全に稼働させるためのリファレンス(参照情報)を作成する。メンバーは、キヤノンITソリューションズとNEC、日立システムズ、フィラーシステムズ。まず第一弾の取り組みとして、経済産業省の「医療情報を受託管理する情報処理事業者向けガイドライン」のリファレンスを作成。その他、厚生労働省や総務省が定めたガイドラインに対応するリファレンスも年内を目途に順次提供する予定。
アマゾンウェブサービスジャパンの梅谷晃宏・オフィスオブザCISOは、「米国ではすでに、米国が規定する医療保険の相互運用性と説明責任に関する法令(HIPAA)に対応している」と、本国では先行して医療情報の規制に対応していると話す。キヤノンITソリューションズの上島努・クラウドサービスコンサルティング部シニアITアーキテクトは、「柔軟性が高く、コストメリットも大きいAWSを使いたいというニーズが医療業界にある」と指摘している。
「医療情報システム向けAWS利用リファレンス」作成各社の代表者。
中央がアマゾンウェブサービスジャパンの梅谷晃宏・オフィスオブザCISO
医療情報は個人情報のなかでも、より慎重に扱わなければならないとされてきたため、従来は病院内か、信頼できるデータセンターに預けるのが一般的だった。
今回のリファレンスの作成によって、国内の医療関連の情報システムをパブリッククラウドのAWS上で運営する道が開ける可能性がある。
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