スポーツにITを活用する動きが盛んだ。先日開催された2018 FIFAワールドカップ(W杯) ロシア大会では、ビデオ・アシスタント・レフェリー制(VAR)やゴールライン・テクノロジー(GLT)が活躍し、試合を左右する重要な場面で重宝されたことは記憶に新しい。日本代表のグループリーグ第3戦のポーランド戦では、ゴールキーパー(GK)の川島永嗣選手が、相手選手のシュートをギリギリのラインではじきだすファインプレーがあったが、この際の判定にGLTが利用されたことは印象的だった。
2020年に東京五輪・パラリンピックを控える日本。政府はスポーツビジネスを「日本再興戦略」の柱の一つに位置づけ、25年の市場規模を現在の約3倍の15兆円に拡大する目標を掲げている。スポーツを「する」「観る」「支える」体験に、ICTが果たす役割は大きい。IT企業が取り組むスポーツテックビジネスを探った。(取材・文/真鍋武)
データスタジアム
スポーツテックビジネスの老舗
新たな価値のデータを創造
データスタジアム
加藤善彦
社長
データスタジアムは、01年に設立したスポーツテック専業の老舗企業だ。スポーツに関するデータを自社で取得し、これをメディア向けにコンテンツとして配信したり、スポーツチーム向けにデータ分析ソフトウェアや解析サービスを提供したりしている。テレビ局のプロ野球中継では、投手や打者の対戦成績がよく画面上に表示されるが、多くの場面で同社のデータが利用されている。
加藤善彦社長は、「以前は、スポーツにデータを活用することは少なかったが、今では日常的になってきた」と市場の変化を実感している。例えば、W杯 ロシア大会では、ドイツやスペインといった強豪国が、劣勢と思われていた国に敗れる番狂わせが相次いだ。この背景には、グローバルのサッカー市場でデータ解析が普及したことがある。
データスタジアムが扱うデータは、市場規模が大きい野球とサッカーが中心。最近では、東京五輪に向けて20競技に拡大している。データは試合映像をもとに「エキスパート」と呼ぶオペレーターが人手で入力しており、約200人がこの業務に従事している。
試合会場に設置した専用カメラを通じて、選手や審判、ボールの動きを自動で取得するトラッキングデータにも注力。サッカーJリーグでは、公式データサプライヤーとして、全試合で同社が運用するトラッキングシステムが採用されている。
スポーツ産業のIT活用が進むことは同社にとって商機となるが、その一方で競合も増えてきた。そこで、三つの戦略で差異化を図る方針だ。
一つは、スポーツデータ、ソフトウェア、解析サービスなどを、統合型のサービスとしてしていくこと。複数の競技でこれらを包括的に提供できるのは老舗企業ならではの強みだ。
二つめは、スポーツデータの質向上。加藤社長は、スポーツデータの取得・分析にあたっては、「ルールや楽しみ方など、競技そのものを熟知したメンバーが重要」と述べ、18年にわたり培ってきたノウハウや人材に自信をみせる。
三つめは、新たなコンテンツやデータとの融合だ。音声やSNS、映像、動画などのコンテンツと組み合わせることで、新たなスポーツデータを生み出す。例えば、交通機関との連携だ。スタジアムで行う試合の場合、展開によって観客の出入りや移動の時間は変化する。これを分析することで、最適な交通網の整備を実現できる。また、同じスポーツのデータでも、同社が得意とする試合のデータに加え、選手の心拍数や呼吸などバイタルデータを組み合わせれば、スポーツチームに新たな知見提供が可能だ。
加藤社長は、「東京五輪で日本が好成績を上げられるように全力で手伝いたい。その後は、トップレベルだけでなく、一般の草の根までITが普及する方向に移っていく可能性があり、そこでも当社が手伝いできれば」と意欲を示した。
東芝デジタルソリューションズ
AIで映像から特定シーンを自動抽出
スポーツで開発した技術を他産業に展開
東芝デジタルソリューションズでは、人工知能(AI)技術を活用したスポーツテックの取り組みを推進している。東芝グループがラグビー部を抱えている強みを生かし、同競技の試合映像を自動で解析し、プレー分析に活用する実証実験を行ってきた。
数あるスポーツのなかでも、ラグビーはデータ活用が進んでおり、日本でも社会人チームは専門アナリストを抱えていることが多い。しかし、試合映像を用いた戦略分析では、アナリストが試合映像を目視で確認し、シーンの内容を示すタグを専用ソフトウェアに手動で入力しており、多くの労力がかかる課題があった。
そこで東芝デジタルソリューションズでは、画像認識、音声認識とディープラーニングの技術を組み合わせて、試合映像を自動で解析する技術を開発。専用のカメラやセンサーなしに、一般のハンディカメラで撮影した映像から選手やボールの移動軌跡を仮想二次元フィールドにマッピングするとともに、レフェリーのホイッスル音を自動検出し、自動でタグづけを行う。さらに、ディープラーニング技術を活用して、ゲインやターンオーバー、トライ、スクラムなど、試合中で重要となる特定の局面を映像から抽出する技術も開発した。
同社では、これら技術の蓄積を進めているが、現状は実証実験フェーズにあり、外販には至っていない。当面は「スポーツチームを支えるCSR活動の位置づけ」(香川弘一・RECAIUS事業推進部エバンジェリスト)だ。背景には、国内ラグビー市場が小さいという課題がある。
そこで、「スポーツ産業をショーケースとして活用し、ここで技術を磨いて、別の産業に売り込む」(田中孝・RECAIUS事業推進部営業部営業第二担当主任)戦略を掲げた。実際、ラグビーで開発した技術は、すでに放送メディア業界や飲食業界での活用が期待されているという。
東芝デジタルソリューションズの
RECAIUS事業推進部の香川弘一 エバンジェリスト(写真左)と
田中孝・営業部営業第二担当主任
例えば、飲食業界では、店舗のコンサルティングを手がけるトリノ・ガーデンと共同で、店員の行動を自動分析する実証実験を行った。同社は、店舗内の接客を科学的に分析することで生産性を高めるコンサルティングを展開しており、飲食店では、店舗スタッフが顧客のテーブルに接客訪問した回数などをKPIに設定。これをもとに業務改善を支援している。
従前は、目視で確認してテーブルタッチの回数を記録していたところに、東芝デジタルソリューションズがラグビーで開発した映像分析の技術を応用。これによって、店舗に設置したカメラの映像から店舗スタッフの行動の切出し・分類・タグ付けを行い、テーブルタッチ回数の自動集計を実現した。
富士通
スポーツテックの新会社
ベンチャーとの合弁で機動力確保
RUN.EDGE
小口淳
社長
富士通は6月12日、スポーツ分野向けの映像検索・分析事業を会社分割し、新たにRUN.EDGEを設立した。同社にはスカイライトコンサルティングも出資し、共同で運営していく。代表には、15年から富士通のデジタルイノベーターの先駆けとして、スポーツ分野のデジタルビジネスに取り組んできた若手リーダーの小口淳氏が就任した。
スカイライトコンサルティングは、ベンチャー企業への投資や事業育成支援などを展開している企業。富士通は、自社で培ってきたスポーツ分野向け映像検索・分析のコア技術をもとに、スカイライトコンサルティングのスタートアップ経営手法を取り入れ、スポーツアナリティクス分野に特化することで機動力を確保し、ビジネスの拡大を図る。
RUN.EDGEでの主力商材は、SaaS型で提供する「プロスポーツチーム向け分析サービス」だ。これは、富士通がこれまで国内外の複数のプロ野球チームに提供してきた映像検索・分析サービスで、プロ野球の全試合の映像にタグ付けを行い、そのデータと映像を蓄積して分析する。小口社長は、「例えば、自分や対戦相手の投球フォームを並べたり、重ねたりして比較することができる」と説明する。タブレットでの利用も可能だ。
今後は、分析サービスのサッカー版を開発するほか、海外での販売も進めていく。
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