四国・徳島県の山間部と沿岸部では過疎化、高齢化が進んでいる。その徳島県の田舎ではIT企業を中心にサテライトオフィス(SO)の進出が相次いでいる。進出する企業の狙いはより良い働き方をしたい、地域とともに新規ビジネスを開発したいなどさまざまだ。県内でSOの誘致が盛んな山間部の神山町と沿岸部の美波町の事例を紹介する。(取材・文/山下彰子)
張り巡らされた高速通信網
徳島県の人口は約31万世帯、73万6000人(2018年10月時点)。全県に光ブロードバンドが張り巡らされ、都市部だけではなく山間部、沿岸部でも高速インターネットを利用できる。最近はIT企業を中心に県外企業のSO誘致に注力し、18年10月時点で12市町村に62社が進出。中でもSO数が多いのが山間部の神山町(16社)、沿岸部の美波町(17社)だ。
発端となったのが、11年7月の地デジ化だ。それまでは関西圏のアナログ電波を受信していたが、デジタル放送に切り替わることでエリア規制がかかり、関西圏の電波を受信できなくなった。アナログ放送時には10チャンネルの番組を受信できたが、デジタル放送時には3チャンネルにまで減少。このため、徳島県は県内全域にCATV網を張り巡らせる計画を立て、02年から11年までの約10年をかけて整備に取り組んだ。現在、CATVの世帯普及率の全国平均は52.6%。これに対して徳島県は90.7%に達し、7年連続でCATV普及率が第1位だ。また、CATVを活用した光ブロードバンド、IP電話網も整えた。この全国トップの通信環境が徳島県の強みとなった。
補助金だけではないサポート体制
徳島県は整った通信環境と、田舎で働きたいという都市部の企業のニーズに応えて、12年3月からSO誘致プロジェクトを開始。県が音頭を取るのではなく、民間企業、NPO法人、自治体が一丸になって企業誘致を推進した。
横の連携を強化するため、関係者が定期的に集まり、各地域の進捗状況や課題などを共有。ここで浮き彫りになった課題を解決するためのさまざまな制度を作り上げ、支援策の充実へとつなげた。
一例がシェアカーだ。SO数の多い神山町、美波町は決してアクセスのいい立地ではない。神山町は徳島市内から車で約1時間ほど離れており、電車が通っていない上、バスの本数も少ない。一方の美波町は徳島市内から電車で1時間半ほどかかる。いずれも交通面での不便さはあるが、これを解消するのがシェアカーだ。徳島県が徳島阿波おどり空港横の駐車場を借り上げ、車は一部のSOが用意。それを1日1000円でシェアする。
過疎地域には不動産会社がない。企業が入る空き家や古民家の情報を管理し、企業に紹介する窓口として神山町、美波町、にし阿波地域の3地区にコンシェルジュを置いた。
金銭補助では、SOを対象とした事業所賃料、専用通信回線使用料、リース経費などの補助を用意。投下固定資産補助も用意し、空き家や古民家を事務所に改修する費用に充てることができる。こうした補助を活用することで、企業の持ち出しを軽減できる。
社員だけではなく家族もサポート
ユニークなのが、企業だけではなく、SOで働く社員の家族向けの施策を用意している点だ。16年10月に第1回実証実験が行われたのが「デュアルスクール」。徳島と都市部の二つの市区町村の教育委員会から承認されれば住民票を動かさずに転校することが可能で、両校間を1年間に複数回行き来することができる。こうした制度を活用することで、移住や2拠点居住を促進したい考えだ。
(左から)徳島県政策創造部の原内孝子室長
商工労働観光部の三崎富生主任
政策創造部の小溝良子係長
(後ろのディスプレイは徳島県庁とつながっている)
徳島県政策創造部地方創生局地方創生推進課地方創生担当の小溝良子係長は「都市部と地方、それぞれに良さがある。この制度を利用することで、子どもたちは両方の良さやいろいろな視点を学ぶことができる。また、家族ごと行き来がしやすくなれば、徳島県に進出しやすくなる」と話す。
こうした取り組みの結果、徳島県内24市町村のうち12市町村にSOが進出。順調に増えている。
SO誘致に欠かせない要素について、小溝係長は「地域の受け入れ態勢と核となる企業、団体、人がいること」だと言う。SO数の多い神山町はNPO法人のグリーンバレーが、美波町は町役場職員が中心となっている。次からは二つの町の取り組みを紹介する。
山のサテライト――神山町
徳島県の北東部、吉野川の南側に並行して流れる鮎喰川上流域に位置するのが神山町だ。人口約5350人の小さな町に、なんと50人を超える外国人が暮らす。この外国人が神山町の「外から来る人を受け入れる土壌」を育んだ。
神山町は、米国から贈られた友好親善人形「青い目の人形」の里帰りをきっかけに1991年から国際交流に取り組み、外国人英語教師を学校に赴任させるALT(外国語指導助手)の初任研修地として誘致を行った。グリーンバレーの竹内和啓事務局長は「当時、夏になると30~40人の外国人が神山町にやってきた。彼らをホームステイさせたり、地域の人を交えたウェルカムパーティーをやったりするうちに、地域の人たちは外国人のいる風景に慣れていった」と話す。
グリーンバレー
竹内和啓
事務局長
97年に徳島県が長期計画として世界に開かれた多様な交流の推進する「とくしま国際文化村プロジェクト」を立ち上げ、神山町は毎年3組の芸術家を招待する「神山アーティスト・イン・レジデンス」に取り組む。これが好評で、翌年から自費で訪れるリピーターが増加。2017年までの19年間活動を続け、23カ国から70人を超える芸術家が神山町に滞在した。また神山町に移住する芸術家も現れた。これが「外から来る人を受け入れる土壌」となった。
こうした活動の中心人物がグリーンバレーの設立者で前理事長の大南信也氏だ。この大南前理事長とクラウド名刺管理サービスを提供するSansanの寺田親弘社長の出会いが、SO誘致のきっかけとなった。空き家の1軒を寺田社長に紹介したところ、とんとん拍子で話が進み、10年にSO「Sansan神山ラボ」を設立した。
この後、グリーンバレーはSO誘致に注力する。空き家情報の管理や企業への紹介に始まり、移住してほしい企業を逆指名するワーク・イン・レジデンスを実験的に実施。神山町にとって必要な業種、今後の町づくりに欠かせない業種を限定して誘致を行った。
順調にみえる中で、障壁もあった。その最たるものが地域住民の理解だ。竹内事務局長は「田舎に住んでいる年配者の多くは静かに暮らしたいと考えている。都市部から企業や人を連れてくることに対して、批判はある」と言う。それでも活動を続けることで、理解は深まっている。大南前理事長はよく話していた。「2%の住人が町を良くしようと思ってくれれば町は変わっていく」と。
今、グリーンバレーの会員は60人ほどで、さらに60人ほどが活動を手伝ってくれているという。目標の2%は超えた。神山町は緩やかに変化に向けて動き出している。
海のサテライト――美波町
神山町にSO第1号が誕生したことで、徳島県全体でSO誘致が始まる。誘致プロジェクト立ち上げ前の11年12月には誘致ツアーを実施。その参加メンバーの一人が後に美波町SO第1号となったサイファー・テックの吉田基晴代表取締役CEOだ。
美波町政策推進課
鍜治淳也
主査 サテライトオフィス誘致担当
美波町役場の鍜治淳也主査が紹介した物件は、県の老人ホームとして建てられ、後にアーティスト・イン・レジデンスとして美波町が改修したものだ。海外からやって来る芸術家が長期滞在する拠点として宿泊施設とアトリエの両方を機能を持っており、キッチンやシャワー室を完備している。そして目の前には海が広がっている。
サイファー・テックはこうした環境と設備を生かし、「昼休みにサーフィンをしてシャワーを浴びて午後の業務に戻る。仕事の合間にサーフィンができるSO」として人材募集を行い、東京では集まらなかった多数の優秀な人材を獲得することに成功する。
サイファー・テックの成功が広まり、大阪に本社を置く鈴木商店、東京が本社のSkeedなどが進出した。今や美波町は県下最多のSOを有する。
補助制度としては徳島県の補助金やシェアカーに加えて、徳島市から徳島県南部までの公共交通機関の料金、滞在中の宿泊費の半額から3分の2(IoT関連企業の場合)、またはレンタカー代、ガソリン代の一部を補助している。
企業の誘致について鍜治主査は「自分たちの町にはまだ十分でないところもある。埋まっていない、または足りないところをSOで補いたい」と話す。実際、美波町にはなかった不動産会社や、空き家、古民家のリフォーム、リノベーションのために建築設計会社などが進出している。
また、「進出企業と美波町が、相互に足りないものを補える関係になればと思っている。例えば、企業にとっては働きやすい環境の確保であったり、また、美波町が抱える課題を解決し、それを成功事例として他の地域で横展開する。こうした新たなビジネスの創出を期待する企業も多い」と鍜治主査は話す。
今、総務省の音頭の下、多くの自治体がSO誘致に取り組んでいる。そんな自治体に向けて鍜治主査は強調する。「ネットワークが整っていないなど、すぐに業務をスタートできる環境がなければ、企業は進出しないだろう」。まずは、働く場としての環境づくりは必要不可欠なのだ。
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