5Gで接続される工作機械とその操作端末(ノキア)
レノボは汎用サーバーを用いたLTE基地局を展示。
この上で画像分析等のエッジ処理も行える
マイクロソフトは業務用の複合現実ゴーグル「HoloLens」の新製品を発表。
クラウド側でのグラフィック処理に対応
5Gの「低遅延」を生かすための
キーワードは「MEC」
ハードウェアの選択の自由度が高まることは、携帯電話網に仮想化技術を導入する意義の一つだが、5Gの時代を見据えると、メリットはそれだけではない。
今年のMWC会場を歩き回る中で、頻繁に目にするキーワードの一つが「MEC(Mobile Edge Computing)」だった。エッジコンピューティング用のサーバーを提供するメーカーだけでなく、携帯電話事業者、AIやロボットの開発者も、ブースにMECの3文字(しばしば「メック」と読まれる)を掲げていることが多かった。
5Gのメリットとして、最大10Gbpsといったスピード以外に、最近では「低遅延」であることの認知が広がってきた。LTEでは避けられなかった通信のタイムラグが短縮されるため、高速で製品が流れる製造ラインでの自動検品や、車の自動運転などにも5Gは活用できるとされている。
しかし、5Gの導入で縮められるのは、あくまで「無線区間」の遅延であることに注意が必要だ。カメラで撮影した画像をクラウド上のAIエンジンに転送し、解析結果を製造ラインや走行中の自動車に送り返すといったシステムを考えた場合、携帯電話事業者のコアネットワークと外部のクラウドの間の遅延は、4Gから5Gに進化したとしても変わらない。低遅延というメリットを活用し、高いリアルタイム性が求められる用途に対応するには、無線区間を5Gにするだけではなく、「データをどこで処理するか」をシステムの設計段階で慎重に検討する必要がある。
この課題を解決するため、クラウドよりもユーザーの通信端末に近い、モバイルエッジ部分にサーバーを設置し、そこでデータの処理を行うのがMECの考え方だ。どこを「モバイルエッジ」と定義するかはネットワーク構成や要件によって異なるが、例えば楽天の場合、通信設備を設置する「エッジデータセンター」を全国約4000カ所(主にNTT局舎を利用)に設け、ここにMEC用のサーバーも収容する。前述の通り、楽天の通信設備は汎用サーバーで構成されているので、技術的にはコアネットワークの通信トラフィックとMECのワークロードを同じサーバー上で処理することも可能だ。専用ハードウェアで構築する従来のネットワークでは、通信機器とは別にMECサーバーを設置し、それぞれを異なる技術で運用・管理する必要があるが、ネットワークが仮想化されていれば、運用の自動化やリソース配分の最適化を行いやすい。
楽天の三木谷社長は「5Gでは、コンテンツやサービスがどれだけエンドユーザーに近いかが重要。例えば、現在のQRコード決済サービスは(コードの読み取りから決済完了まで)時間がかかるが、5Gで(MECサーバーで処理すれば)速くできる。通話音声をリアルタイムで翻訳するといった、付加的なサービスも後から簡単にプラグインできる」と、同社のネットワーク構成とMECの相性の良さを強調する。楽天では、外部のSIerやサービス事業者がMECを利用する際、個別交渉のうえで契約を結ぶのではなく、APIを通じてオンデマンドでアクセス可能な仕組みを用意したいとしている。
最も、コアのデータセンターから離れてユーザーの側に近付くほど、サーバーを設置するスペースの物理的な余地は小さくなり、温湿度などの環境も厳しくなるため、MECサーバーで利用できるコンピューティングリソースは限定的なものになる。このため、MECサーバーでは特にリアルタイム性が要求される処理だけを切り出して実施し、それ以外の遅延が許容されるワークロードはクラウドへ転送するといったノウハウが求められると考えられる。
「O-RANアライアンス」発足
27社が仕様を採用または検討
ここまで見ると、楽天の仮想化ネットワークは強力な競争優位性をもつ技術に思えるが、5Gが無線を利用した技術である以上、物理的な工事を行うための人的リソースの確保や、電波を効率的に発射するためのアンテナ調整といった面では、長年ノウハウを蓄積してきた既存の携帯電話事業者に対抗していくのは容易ではないだろう。楽天はすでに実際のフィールドで電波を発射してテストを進めており、仮想化RANが商用サービスの品質を満たすことは確認済みとしているが、大勢の加入者が実際にネットワークにアクセスした場合、本当に想定通りのパフォーマンスを発揮できるのかは未知数だ。
ただ、世界の大手携帯事業者の間でも、「RANが特定ベンダーの製品に固定されるのは望ましくない」という認識は強まっている。特に、ほとんどの通信端末が携帯電話・スマートフォンだったこれまでとは異なり、5Gではトラフィック傾向の異なる多種多様なIoT機器をサポートする必要がある。通信機器ベンダーは、ロックインによるコストの問題を解決するだけでなく、要件に応じて最適な通信機器を調達したいという事業者の要求にもこたえていく必要がある。
そこで昨年、異なるベンダー間の相互接続を拡大していくための業界団体・O-RANアライアンスが設立され、今回のMWCでもベンダーや携帯電話事業者の計27社が、同アライアンスが策定した仕様を採用または検討する旨を発表した。例えばNECは、O-RAN仕様に沿った他のベンダーとの相互接続が可能な小型基地局を開発。4Gインフラの市場では存在感が低下した同社だが、小型化・省電力化といった得意領域に特化した製品を提供することで、他のグローバルベンダーの製品が満たせないニーズをすくい取っていく戦略をとる。
すでに通信設備を大量に保有する既存の携帯電話事業者が、RANの仮想化に向かうのはまだ先のことになりそうだが、5Gの時代を迎え、通信市場のトレンドが大手ベンダーの垂直統合モデルから、マルチベンダーによるオープンな世界へと傾き始めているのは間違いない。国産ベンダーが再びグローバルに打って出る好機であると同時に、クラウドやAIの領域で生まれた、新たなプレイヤーが世界の通信市場で大きな果実を得ていく可能性も十分考えられる。
オープン化の流れで、小型基地局やインテグレーション事業に商機を見出すNEC
富士通は通信ハードウェアベンダーのソリッドとマルチベンダーRANの検証を実施
米国政府への反撃に転じるファーウェイ
5Gインフラの構築に際して、テクノロジーとは異なる観点で来場者の大きな関心を集めていたのが、ファーウェイの動向だった。
昨年、米国では「2019年度国防権限法(NDAA)」が議会を通過。同法の889条ではファーウェイやZTEなどを名指しし、米政府機関が今年8月以降、これら中国ベンダーの製品・サービスを使用または調達することを禁じている。さらに来年8月以降は、ファーウェイらの製品・サービスを使用している企業も、政府調達から締め出される。米国外の企業であっても、米国の公共系市場でビジネスを行うためにはファーウェイ製品の使用を中止する必要があり、米国の法律でありながら影響範囲は広い。
ファーウェイ
郭平輪番会長
MWCの基調講演に登壇したファーウェイの郭平(グオ・ピン)輪番会長は、「当社は製品にバックドアを設けたことはないし、今後もしない。他者がわれわれの製品を使ってそのようなことをすることも許さない」と宣言。米国は同社がセキュリティー上の脅威であると主張し、市場からの排除を試みているが、その主張を裏付ける根拠を何も示せていないと述べ、通信業界トップの集まる場で米国の対応を批判した。
MWC参加ベンダー全社の中でも最大のブースを出展した
複数の米国メディアの報道によれば、米トランプ政権は各国の通信当局や事業者からファーウェイを引きはがすべく、MWC会場に多数の官僚を送り込んでいた模様だ。しかし、ファーウェイは会期中にも大手通信事業者との契約を相次いで発表。当初は米国に同調するかに見えた英国やドイツでも、ファーウェイ製品を採用するにあたり、想定されるリスクを抑え込むことは可能とするレポートが最近になって発行されており、米国の分断工作はうまくいっていないとする見方が大勢だ。
基調講演を聴講した業界アナリストは、「騒動が拡大することを恐れず、明確に米国に対峙したのは予想外だった」と話し、MWCという晴れの舞台で、自社に対する疑惑を話題にしたことを肯定的に評価していた。
MWCからちょうど一週間後の3月7日、同社は中国・深センの本社で記者会見を開き、NDAA889条は米国憲法に違反するとして、米政府に対し排除措置の恒久的な中止を求める訴訟を提起したことを発表した。
提訴によってファーウェイに対するトランプ政権の姿勢が変化することは考えにくいが、少なくとも欧州の通信市場では、ファーウェイ製品なくして、現実的なコストとスピード感をもって5Gインフラの整備を進めるのは難しいという見方が支配的だ。ファーウェイが自社の“潔白”を証明する追加材料を出し続けていけるのか、それとも米国が疑惑を裏付ける何らかの根拠を持ち出してくるのか、動向が注目される。