地理的特性を生かす
「一帯一路」を見据えた動きも
国土の面積が日本の約25倍の中国では、各地に大小さまざまな都市が点在する。日本で注目が集まる北京や上海、深セン以外でも、ITを活用した取り組みが進められており、中国政府が進める「一帯一路」構想を見据えた動きもある。
各企業や大学がブースを設けた世界スマート大会の展示会場
京津冀の一角
首都・北京市、河北省とともに、「京津冀」(けいしんき)と呼ばれるエリアを形成する天津市。北京、上海、重慶とともに直轄市の一角だ。中国メディアの人民中国によると、「天津は、西洋近代文明に最も早く接触した中国の都市の一つ」といわれている。
2018年には、前年のGDPを水増ししていたことが発覚し、批判にさらされたものの、自動車や航空宇宙などの製造業が盛んで、依然として中国トップクラスの経済規模を有している。18年のGDPは、前年比1.4%増の約1兆8809億元で、中国の都市別ランキングでは6位となった。
14年の全国人民代表大会(全人代)では、李克強総理が政府活動報告で、京津冀エリアの一体化を国家戦略と位置づけた。人口約1億人、GDPで中国全体の1割を占める京津冀エリアは、中国の“首都圏”になる可能性があり、天津市も発展に向けて鼻息荒く企業や人の呼び込みを進めている。
スマート化に照準
天津市がとりわけ力を入れているのがスマート化だ。これまでに各種政策をまとめており、25年までに国際競争力のある産業クラスターや企業クラスターを形成し、中国でトップクラスのスマート産業地域になることを目指している。天津市の試算では、20年までに100項目のパイロットモデルプロジェクトを実施し、スマート産業の規模は1000億元に達するとしている。
第3回世界スマート大会の会場
5月16日~18日には、天津市で世界スマート大会が開催された。アリババやレノボ、ハイアールといった中国の大手企業などがブースを構えるなか、北京市に本部を置く北京大学や清華大学の研究院も出展し、人工知能(AI)などに関する技術を展示した。
世界スマート大会の開催に合わせ、「素晴らしい生活」「スマート世界」と書かれた幕が掲げられた
北京大研究院のブースで取材に応じた担当者は、天津市の特徴について「北京と天津は距離的に近く、北京の大学や企業にとっては連携がしやすい」と説明し、「天津は伝統的に製造業が強く、中国の中でもスマート化が進んでいる。若いハイテク人材が集まり、お互いに切磋琢磨できる環境もある」と話した。
習主席は初の祝辞
大会は、今回で3回目を迎えた。過去2回と大きく変わった点は、習近平国家主席が初日の開幕式に初めて祝辞を寄せたことだ。習主席は、国をあげて力を入れるAIに触れ、「中国はイノベーションによる発展を大変重要視しており、次世代AIを科学技術の飛躍的な発展や産業のグレードアップ、生産力向上のけん引役とみている」と説明した。
その上で「AI技術分野での交流や協力、共有のためのプラットフォームの構築を目指す本大会で、参加者が共通認識を醸成し、協力関係を構築することで、次世代AIを健全な形で推進し、世界各国の人々にとって役立つものになることを願っている」と呼びかけた。
中国は17年、次世代AI発展計画を策定し、30年までにAIの領域で世界一を狙う方針を示した。AIの研究開発を進めるうえで、中国国内の大量のデータや世界トップクラスの論文本数などは中国にとって大きな強みだが、ジェトロが18年4月にまとめたレポートでは「中国は世界各国・地域の研究者との連携において後れを取っている」と指摘している。各国との協調を求めた習主席の祝辞には、自国のAI分野が抱える弱点克服を狙う思惑があったのかもしれない。
企業トップもエール
大会では、中国の大手IT関連企業のトップも参加し、天津の発展に期待した。レノボの柳傳志CEOは「天津は、企業や住民に利益を与えてくれる」と持ち上げ、「多くのスタートアップ企業が天津に集まってきている。われわれも、多くの人材を天津に配置している」と紹介した。さらに「天津は、昔から工業の街として栄えてきた。伝統的な工業をスマート技術と融合させれば、飛躍的な成果が出るだろう」と話した。
アイフライテック京津冀支社
周佳峰総裁
また、音声認識の科大訊飛(アイフライテック)京津冀支社の周佳峰総裁は、メディアとのインタビューで、天津市に進出する際、天津市政府がビルを建設してくれたことなどをあげて「天津市政府は、企業の発展のために利益をもたらしてくれる」と謝辞を述べた。さらに「われわれの本部は安徽省合肥市だが、そこだけにとどまっているわけではない」とし、天津の拠点も重要視しているとの見解を示した。
日本は「人間中心」を要望
日本からは、自民党人工知能未来社会経済戦略本部長の塩谷立衆院議員が出席し、世界を舞台に繰り広げられているAIの研究開発競争について「巨大プラットフォーマーが収集した膨大なデータをもつ米国や中国が優位に進めており、これから日本が巻き返していくことはかなり困難」と認めつつ、「日本は、長年にわたって培ってきた質の高いデータとAIを融合させた研究開発に取り組み、国際的な競争力を確保していく」との立場を紹介した。
一方で「AIの社会へのインパクトは大きく、不安や疑義を抱く人もいる。データによってはAIが不適切な判断や誤作動を起こす可能性があることも事実。AIを社会実装し、社会全体で使いこなすためにも、データの信頼性を担保する基盤が必要だ」と主張し、「人間中心の社会原則に配慮したバランスある研究開発と社会実装を国際的な共通認識とするべきだ」と訴えた。
古都・西安への注目高まる
中国西部の陝西省の省都・西安市は、周から唐の都となり、シルクロードの出発点として栄えてきた歴史がある。現在は「一帯一路」構想の起点として注目されている。
17年に自由貿易試験区が設置されたほか、最近では、西安市政府が外国企業による投資促進を目的とした政策を策定した。
ジェトロの調査レポート「西安スタイル」によると、17年5月までに合弁企業などを含む外商投資企業は累計3331社に達し、世界トップ500社のうち174社が拠点を設立している。
IT関係では、90年代からソフトウェアパークが建設され、アリババやファーウェイ、京東などの中国企業をはじめ、米オラクルや韓国サムスンなどが進出している。日系ITベンダーでは、富士通やNEC、アビームコンサルティング、グレープシティなどが拠点を置いている。
商機を見据え、体制強化
アビームコンサルティングの海外拠点アビーム・グローバル・ディベロップメント・センター西安(アビームGDC西安)は、「一帯一路」構想などによるビジネスの拡大を見据え、体制の強化を進める方針だ。
新事務所で業務にあたるアビームGDC西安の社員ら
5月20日には、西安事務所の移転を祝う式典を開き、アビームGDC西安のトップを務めるアビームコンサルティング中国の中野洋輔大中華区董事長が「みなさんの温かいサポートをいただきながら、さらなる発展を遂げたい」と呼びかけた。
中野董事長
アビームは、西安市内に建設された新しいソフトウェアパークに新事務所を設置した。現在、約120人の従業員を2倍に増やしても十分な広さを確保し、集中して業務に取り組めるようにコンセントレーションルームなども設置した。会議室を囲うガラスには、スイッチで透明度を変えられる製品を採用し、働きやすさと使いやすさを両立させた。
式典で、中野董事長は「西安市には多くの大学があり、ここは優秀な人材の宝庫。そして、中国政府の一帯一路構想の起点になっており、中国だけでなく、世界の経済においても非常に重要だ」と語った。
また、式典後の取材に対しては「一帯一路構想で、西安市は今後の発展が期待されている。これまで手掛けてきた開発業務だけでなく、需要が増すとみられるコンサルティング業務の役割も担えるようにする」と説明した。そのうえで、「中国西部の状況を把握する上で、西安から定点観測した方がいいと判断した。GDC西安を玄関口として、しっかりとビジネスを成長路線に乗せていきたい」と話した。
劉副主任
また、西安市政府でソフトウェアパークの管理を担当する劉賀副主任も駆けつけ、「西安市は、中国西部でハイテク産業の先進地。このソフトウェアパークには、国内外の有名企業や科学者が集まり、大規模な投資を行っている」と紹介し、「アビームは、ERPの導入分野では中国市場で一流のコンサル会社として知られている。さらなる発展に向けて、人材確保の面などを中心に全力でサポートすることを約束する」とあいさつした。