あらゆる業界で長年導入の必要性が指摘され続けてきたテレワークだが、その普及率は決して高いとはいえなかった。導入企業の内訳を見ても大企業が多く、中小企業の動きは鈍い。しかし、ここにきて潮目の変化が来た。人材不足の顕在化によって、テレワークは“業務改善の手段”ではなく、“持続的な経営の必須要素”となりつつある。(取材・文/銭 君毅)
ようやく普及期か
従来、テレワークというと従業員のワークライフバランスを改善する福利厚生の一つというイメージが強かった。直接利益を生み出す施策とは捉えられず、積極的に導入を検討する企業が多数派ではなかったのが実情だろう。しかし、近年の働き方改革のムーブメントの盛り上がりを機に、導入を検討する企業がじわじわと増えてきている。背景には、国内人口の年齢構成の変化に伴い、テレワークのニーズに変化が起こってきたことがある。
総務省の情報流通行政局情報流通振興課の柳谷昭夫・課長補佐は、テレワークの普及が加速している要因として「生産性の向上や従業員満足度の改善といった理由もあるだろうが、介護を理由にした職員の退職が増え、導入せざるを得なかった企業も増えてきている」と語る。団塊の世代が2007年から10年にかけて定年退職したが、それから約10年が経ち、要介護人口のコアを形成する流れにある。介護する側になる団塊ジュニア世代は、現在40代から50代。企業の中核を担う中堅・ベテラン社員だ。ただでさえ労働人口が減少している現在、介護を理由とした主力社員の退職は企業にとって死活問題だ。
総務省
柳谷昭夫
課長補佐
また、女性がライフイベントに伴い退職するケースは男性に比べて圧倒的に多い。結婚や出産、育児などの理由でやむを得ず退職を選ぶこともまだまだ少なくない。
こうした事象が及ぼす影響は、企業の規模が小さいほど大きい。ただ、「現時点でテレワークを導入している企業はやはり大企業の方が多い」と柳谷課長補佐は指摘する。「テレワークを導入することでコストに見合うだけの効果が得られるか迷っている中小企業は多いが、導入によって生産性が1.6倍になるというデータもある。また、採用難が続く今、働きやすい企業の指標としてテレワークは生きてくるし、柔軟な働き方を許容することでライフイベントに伴う従業員の退職リスクを下げられる」とメリットを語る。
今年5月末に出てきた総務省の調査を見ると、テレワーク導入は拡大傾向にある。導入企業の割合が19%と2割近くまで上昇し、導入予定の企業も増加した。柳谷課長補佐は「ある意味、17年までは黎明期だったともいえる。ようやく本格的な普及期に入ったのでは」と期待を寄せる。中小企業にヒアリングをすると、必ずと言っていいほど同業他社の状況を聞かれるという。いずれにしても、中小企業でもテレワークに対する関心は高まっていると言えそうだ。
テレワークを阻む壁
テレワークでさまざまな事例が出てきたことで、導入の際の課題が浮き彫りになったことも大きい。柳谷課長補佐が特に大きな課題として挙げるのが、労務管理、現場の不公平感、仕事の洗い出しだ。
実際に遠隔で業務を任せてみると、「本当にその従業員が仕事をしているのか不安になる」という声は多く聞かれる。一方で、従業員側からすれば、自らの状況を上司に伝えづらく、SOSを出せない事態に陥ってしまうこともあるという。柳谷課長補佐は「基本的にさぼる社員はいない、という傾向は強い。どちらかと言えばいつでも働けてしまうため、長期間労働につながることがある」と話す。重要になるのは勤怠管理システムの整備で、場合によっては時間ごとに業務端末のアクセス制限をかける必要もあるほか、業務内容を成果物が出るものに限定することで勤務状況を確認するという手段もある。また、コミュニケーション不足については、チャットツールやウェブ会議システムなどで補うことも考えられる。
工場や店舗といった現場に縛られる部門を持つ業種では、テレワークができない部門の従業員が不公平感を覚えるのもよくあるケースだという。テレワークがあくまでも業務効率化の手段であるという共通認識をいかに全社で共有するかが重要になる。間接部門ではテレワークを導入しつつ、現場にも現場に合った業務効率化施策をしっかり導入していく必要がある。
そして、仕事の洗い出しがテレワークの普及拡大で最も大きな課題だという。テレワークを導入していない企業への調査では、「テレワークに適した仕事がないから」が導入しない理由で一番多かった。柳谷課長補佐は「テレワークの導入を見送る企業は、テレワークをするために特別な仕事を新しくつくらなくてはいけないと考えていることが多い」と指摘する。
しかし、紙や場所に依存しない業務であればテレワークを適用しやすい。モバイル端末を運用している企業であれば部分的にでも導入できる可能性は高い。まずはスモールスタートで何ができるかを検証していくことが大切だ。また、「テレワークというと在宅をイメージする人が多いというのも導入をためらう原因になっているのでは」と柳谷氏は語る。
テレワークといっても、モバイルワークやサテライトオフィスでの業務など、形態はさまざまだ。特にモバイルワークについては、営業が訪問先で見積書を作るというように、知らず知らずのうちに多くの企業で実施されていることも多いだろう。こういった細かいテレワークに焦点を当てれば適した業務も見つけやすくなるほか、試験導入もしやすくなる。
いかに利用者を増やすか
総務省では21年に発表する調査結果で、テレワークの普及率を34.5%にするという目標を掲げる。今回、19.1%という数字が出たことで、達成に向けて弾みがついた。しかし、その中身を見ると、いまだに6割近くが社内での一部導入にとどまるという状況だ。業種業態によっては全社展開が難しいとはいえ、社内で一桁台の利用者しかいなくては効果も限定的になる。単に導入したという既成事実をつくるだけでなく、その後のスケールアップを見据えた長期的なロードマップをつくっていかなくてはならない。
また、運輸業やサービス業などでも普及率が拡大しているが、その数値にはまだ課題がある。これらの業種は業務可能な場所が特定の場所に限定されやすいのと同時に、人材不足が特に顕著な業界ともいえる。大切な従業員が退職を考える状況に追い込まれた時、新たな選択肢としてテレワークを示せるかどうかは、その後のビジネスにかかわってくるところだ。現場が重要だからこそ、柔軟な働き方が求められている。
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