視点
介護施設に勤める看護師長
医療職と介護職が数値的根拠を共有すべし
病院と介護施設の両方で勤務経験のあるベテラン看護師の堀田成美氏(メディカルケア南ヶ丘の看護師長)は、「病院と看護施設はサービスの方向性が大きく違うため、連携には工夫が必要だ」と指摘する。病院は「患者の治療に特化した組織」であるのに対して、介護施設は「高齢者の生活の場」。介護施設に勤める看護師は、役割が異なる介護施設と病院の“橋渡し役”を担っている。
生活の場である介護施設で勤務する職員は、医療職ではないため、入居する高齢者が病気であるかどうかの判断はできない。堀田看護師長が勤務するメディカルケア南ヶ丘のように、看護師が常駐している施設であればいいが、そうでない介護施設や、夜間に看護師がいないケースでは、どうしても病態の早期発見が難しいという課題があった。
安診ネットの画面が表示されたタブレット端末を手に持つ
メディカルケア南ヶ丘の堀田成美・看護師長
安診ネットでは、この点を考慮して、介護職だけの介護施設でも重症化につながりかねない兆候を検知し、どれほどの危険性があるのかをトリアージできるようにした。最終的な判断は医師・看護師の医療職に委ねられるが、それでも介護職側が「肌感覚ではなく、数値に基づく根拠を得られる」(堀田看護師長)メリットは大きい。
また、高齢者の体温や脈拍、血圧などのバイタル情報を全てタブレット端末で入力し、デジタルデータとしてオンラインのサーバー上に保存するため、過去の履歴を瞬時に参照でき、物理的に離れた病院からでもデータを参照できる。実際、メディカルケア南ヶ丘で運用している安診ネットは、同じ芙蓉グループの病院の筑紫南ヶ丘病院の医師や看護師が、電子カルテを参照する要領で安診ネットの情報を呼び出して、参照することが可能だ。
「安診ネット」の画面イメージ。
日々のバイタル情報から視覚的に分かりやすいグラフで表示するとともに、
病態の兆候を検出し、スコアに基づいたトリアージを行う
安診ネットを媒介として、病院と介護施設の双方が連携して高齢者の重症化予防につなげている。
筑紫南ヶ丘病院の医師
バイタル情報のスコアを共通言語に
長崎県の出身で、同県の地域医療連携ネットワーク「あじさいネット」の立ち上げにも携わってきた医師の伊達豊氏(筑紫南ヶ丘病院理事長)は、かねてから病院と介護施設の情報連携の大切さを痛感してきた。病院や診療所、調剤薬局といった組織をネットワークで結んで電子カルテなどの情報を共有する医療職を中心とするネットワークでは、介護職との連携がどうしても不十分になってしまう。
筑紫南ヶ丘病院の伊達豊・理事長
安診ネットでは、医療と介護で共通する基礎的なバイタル情報を中心に据えることで、医療職と介護職の双方の“共通言語”の役割を担うことができる。医療職同士でなければ理解できないような専門用語は極力排除した。
また、医師は過去の経験に基づき患者を診断し、看護師や介護職員に内容を伝えるわけだが、そこには医師の主観的なものが多く含まれる。安診ネットでは「経験的、主観的な伝達方法ではなく、バイタル情報のスコアを共通言語として、より客観的な意思伝達が可能になる」(伊達理事長)と評価する。
今は、芙蓉グループ内での情報共有だが、「安診ネットを地域全体に広げることができたら、さらに多くのことが見えてくる」と話す。血圧や脈拍、体温などは簡易な機器で測定が可能であるし、将来的には小型軽量のウェアラブル端末を高齢者が身につけることで、自動的に安診ネットに反映することも技術的には十分に可能だ。
例えば、医師や看護師が着る白衣を見ると緊張して血圧が上がる現象「白衣高血圧」や、白衣を見ると安心して逆に血圧が下がる「白衣低血圧」の高齢者も少なくない。病院だけでの測定では、普段の血圧がなかなか判明せず、血圧の薬が有効に作用しているかどうかの検証も難しい。
安診ネットでは自宅で日々の血圧が記録され、それを医師や看護師が参照できる仕組みがあれば、治療の状況が一目瞭然に分かる。さらに言えば、「地域の高齢者全体を俯瞰して、どの薬がどのくらいの効果があって、費用対効果はどのくらいなのか可視化も可能になるのではないか」と話す。
安診ネット開発者
一つでも多くのエビデンスを得る努力を
安診ネットはグループ傘下のメディカルケア南ヶ丘や筑紫南ヶ丘病院の要望を取り入れながら芙蓉開発が開発している。だが、全国で使ってもらい、成果を出してもらうには、一つでも多くのエビデンス(科学的、医学的な根拠)が欠かせない。芙蓉グループでは、厚生労働省の科学研究や九州厚生局内で行われる検証事業など活用してエビデンスを増やしてきた。この6月末には前田俊輔代表が厚生労働省を訪問し、安診ネットの概要や検証内容を根本匠・厚生労働大臣に説明している(写真)。
エビデンスが充実してくれば、全国の介護施設や病院も安診ネットを採用しやすい環境が整う。安診ネットのアルゴリズムそのものは、至ってシンプルであり、「高齢者医療に精通した医師や看護師であれば、バイタル情報を見て難なく判断できるものばかり」だと前田代表は話す。ポイントは、医師や看護師ではない介護職員も、安診ネットから上がってくるアラート(警報)やトリアージによって、予兆を把握できる点にある。
厚生労働大臣に「安診ネット」を説明する芙蓉グループの前田俊輔代表(左)
(写真提供:芙蓉開発)
介護職は慢性的な人手不足で、40年には高齢者比率がピークを迎えるに当たって、人材の確保と業務の効率化は避けて通れない課題となっている。安診ネットによって介護現場の負担軽減や、病院との連携による効率化が期待できる。重症化する高齢者が少しでも減少すれば、人手不足の緩和策にもつながる。
芙蓉グループの前田俊輔代表
一方で、一部の介護施設では、外国人の介護職員の採用で人的リソースを補う動きも始まっている。安診ネットでは、英語など多言語対応も検討したが、介護職員になる外国人は基本的に日本語を学んできていることや、介護現場では日本語によるサービスが重要であることから、外国語ではなく「ひらがな表記」にボタン一つで切り替える機能を実装。現場の実情に即したシステムに仕上げていくことで、ユーザーニーズに応えていく。
安診ネットの販売パートナー
慢性期の病院に深く刺さる商材
JBグループの中核SI事業会社のJBCCは、芙蓉グループと協業して、病院向けの電子カルテに安診ネットを組み込んで販売している。JBCCは亀田医療情報と共同で電子カルテのエクリュを開発しており、「エクリュの大きな差別化要素」(JBCCの石田貴裕・九州支店支店長)として安診ネットを位置付け、販売に力を入れている。
JBCCの石田貴裕・九州支店支店長
九州では高齢化が進んでいる地域が少なくないこともあり、医療・介護連携が可能なエクリュと安診ネットは、「高齢者医療に力を入れる病院に非常に適した商材」(JBCCヘルスケア事業部営業本部営業部九州グループの高田章治氏)と手応えを感じている。大手の電子カルテメーカーは、病院・診療所の「医療連携」の商材は充実しているが、「病院と介護施設を連携させるエクリュや安診ネットのような手頃な価格帯の商材は、意外に少ない」と話す。
JBCCの高田章治氏
エクリュの主な販売ターゲットは、ベット数300床程度の中規模病院で、九州・沖縄地区の病院(有床診療所を含む)およそ30施設に納入していきた実績を持つ。芙蓉グループの筑紫南ヶ丘病院もエクリュのユーザーである。安診ネットと組み合わせたエクリュについては、高齢者医療を手掛ける慢性期の病院に重点的に売り込んでいく。
JBCCの大谷公浩氏
病院と診療所は離れた場所にあるケースが多く、在宅介護まで含めればネットワーク構築や、国のガイドラインに準拠した情報セキュリティの需要も生まれる。電子カルテにとどまらず、「総合的なIT需要にも応えられるのがSIerである当社の強み」(JBCCヘルスケア事業部営業本部ソリューション営業部の大谷公浩氏)として、医療・介護ITビジネスを伸ばしていく方針だ。
北九州市の取り組み
「生活者の視点」で医療・介護連携を推進
北九州市では、医療と介護の連携を推進していくに当たって重要視すべきは「生活者の視点」だと考える。治療に特化した医療機関と、生活の場である介護施設、在宅介護の連携は、「なかなか相いれないものがある」(北九州市の青木穂高・健康医療部地域医療課長)のが現状だという。そこで着目したのが「生活者の視点」だ。
例えば、高齢者が病気になって病院に担ぎ込まれる。そのとき高齢者が普段から介護サービスを利用していたかどうか。もし利用しているのなら「担当のケアマネージャーが誰かをはっきりさせることが大切。実際に運用していく中で、この点が徐々に見えてきた」(北九州市の山本賢志・健康医療部地域医療課在宅医療推進担当係長)と話す。ケアマネージャーがはっきりしないままだと、退院後の介護サービス内容の見直しが遅れてしまい、高齢者の生活支援そのものに支障が出てしまうことがその理由だ。
高齢者を生活者の一人として捉え、「生活者の視点」を大切にすることで、「高齢者の生活の場を守り、結果的に重症化の予防につながる」(北九州市健康医療部地域医療課地域医療係で作業療法士の佐藤美香氏)。生活者の視点、生活の場を守るという観点を軸に据えることで、医療職と介護職がどういった情報のやりとりをすればいいかが、おのずと見えてくる。
医療と介護、自治体を含めた地域全体での情報共有はITで行うことになるが、足下を見ると利用者の医療・介護の利用履歴などの情報を手で入力することの負担が大きいとの指摘があった。
左から北九州市の佐藤美香氏、青木穂高課長、山本賢志係長
そこで、北九州市では国民健康保険や介護保険のデータを、利用者の同意を得た上で共有することを検討している。基礎的な情報をオンラインで取り寄せることで、「入力負担が最大で5分の1程度に軽減できる」(青木課長)と見込んでいる。
「生活者の視点」を重要視するとともに、システム面での合理化、効率化を進めることで利便性を向上。医療と介護、自治体の連携を一段と深めていくことで、高齢者の生活の場をより確実に守っていく方針だ。