欧米の状況と比較すると比較的歩みが遅いとも指摘される日本の遠隔会議システム市場。しかしここにきて、働き方改革に伴うテレワーク導入が本格化し、来年に控える東京五輪では、その流れがさらに進むとみられる。市場のブレイクスルーは間近である可能性は高い。遠隔会議システムを取り巻く市場環境と、売るための策を考えるべきタイミングに来ている。(取材・文/銭 君毅)
五輪と災害で必要性を再認識
電話にメールにチャット、他者とコミュニケーションをとるための手段はどんどん多様化している。しかし、どれだけ選択肢が増えても「面と向かって会う」という手段の重要性は低下しておらず、非同期型の手段が増えた分、むしろ相手の表情と声色を捉えられる同期型のコミュニケーションの価値は相対的に上がっていると言えるだろう。
一方で日本の生産性の低さがデータを用いて客観的に指摘されるようになって久しい。政府は働き方改革の号令のもとで各企業に対してワークスタイルの変革を求めており、特にITシステムを活用した省人化や生産効率の向上は人材不足対策としても有効だと期待されている。
同時に、社員全員が一つのオフィスに集まって一斉に始業し、8時間を超えて働き続けるという従来型の労働環境の妥当性を多くの企業が改めて議論し始めている。来年に控える東京五輪での混雑緩和を直近の目標としたテレワークの推進などはその一環とも言える。また、近年では天災の影響も大きく、関東圏に大きな被害をもたらした台風15号や台風19号は、リモートワーク環境の整備状況が緊急時の事業継続の可否を左右することを多くの人が改めて認識するきっかけになった。
テレワーク環境の構築で必要になる要素はいくつかあるが、コミュニケーション手段の整備はそのうちの一つ。従業員の管理という意味でも必須の項目だが、テレワークをしていないときと同じだけの生産性を担保するためにも必要になる。ビジネスチャットの普及と同様に、遠隔会議システムのニーズも高まっている。
遠隔で会議を行うというソリューション自体は、専用回線・専用機器を使ったビデオ会議システムという形で30年以上の歴史を持つ。その後、ソフトウェアベースでインターネットや汎用のハードを活用するウェブ会議システムも登場してきた。シード・プランニングによると、2019年の国内ビデオコミュニケーション市場(ビデオ会議、ウェブ会議、音声会議システムを含む)の規模は約507億5000万円で、毎年1桁台の成長を繰り返しているという。テレワークの拡大などによるニーズの高まりが指摘されているにもかかわらず、市場としてはコモディティ化が進んでいるようにも感じられる。
国内ビデオコミュニケーション市場規模予測
しかし、遠隔会議システムを核としたコミュニケーションプラットフォームを提供するZVC JAPANの佐賀文宣 カントリーゼネラルマネージャーは、「そうではない」とはっきり断言する。「コストが課題だったビデオ会議システムは価格の下落が続いているうえ、ウェブ会議システムに関しては個人が“野良”で利用する形ですでに広まっているのではないか」という。すでに市場の下地は形成されており、今後の働き方改革の流れでよりIT部門のガバナンスを利かせつつ、本格的な社内展開を考えている層を取り込めるかが焦点になると指摘する。
ZVC JAPANの佐賀文宣カントリーゼネラルマネージャー
一方でウェブ会議システムの「Webex Meetings」を含め、「Webex Devices」としてハードの提供もしているシスコシステムズの石黒圭祐業務執行役員は、「もともと市場が小さいこともあって市場はゆっくりと拡大傾向だったが、最近は東京五輪を前にして問い合わせが増えている感覚がある」と手ごたえを語る。「ドラスティックな変化は見えないが、働き方改革を実施するうえで、社内だけでなく、社外とのやり取りまでを変えていかなければいけないと気付く企業が増えてきた」と分析する。そのため、従来型の専用回線・専用ハードを使ったビデオ会議システムとウェブ会議システム、それぞれの商材で問い合わせは増加しており、「コモディティ化が進んでいるどころか、むしろ裾野は広がっている」と強調する。
左からシスコシステムズ 石黒 圭祐執行役員、
同じく谷内 健治ネクストジェネレーションミーティングセールスマネジャー
また、国内ビデオコミュニケーション市場の有力ベンダーであるブイキューブの間下直晃社長は、「一時期はオンプレのテレビ会議からクラウドのウェブ会議への置き換えが進んでいるという分析もあったが、現状はそうではない。従来のビデオ会議のデバイス上でクラウドアプリケーションを動かすような製品が売れるようになっている」という。会議室で複数人と行うビデオ会議と、個人がモバイルデバイスを使って行うウェブ会議が互いに影響を及ぼしつつ、従来型のオンプレ製品の置き換えが進んでいるといった状況だ。
自社の遠隔会議システムで質問に答えるブイキューブ 間下直晃社長
企業が遠隔会議システムを比較検討する際の評価ポイントは、コスト、セキュリティ、そして使いやすさの3点に集約できる。
コストの安さで注目されることの多いウェブ会議では、多くのサービスで無料プランが用意されているうえ、有料プランでも1ユーザーあたり月額数千円近くのサービスが中心となっている。従来、エンタープライズ向けのソリューションを中心としたイメージが強く「高いと理由で敬遠されることは多かった」(石黒業務執行役員)と、シスコシステムズも、コラボレーションツールの「Webex Teams」(旧Spark)で無料版を用意するなど、サービス自体の料金は限りなく低価格化が進んでいる。一方で、同社の谷内健治・ネクストジェネレーションミーティングセールスマネジャーは「完全無料のサービスでは品質が伴わないケースも多く、コストだけを見て決めることは危険。UIの悪さなどに伴う“見えないコスト”も考える必要がある」と警告する。
IT部門と現場で異なるニーズ
また、セキュリティに関しては、「“野良”でサービスを利用する会社員が増えていることが問題」と、ZVC JAPANの佐賀カントリーゼネラルマネージャーは語る。重要な企業情報がやり取りされることもある会議において、IT部門の管理下にないサービスが使用されている状況は好ましくない。ユーザー企業のIT部門からも、音声や映像データがしっかりと暗号化されているかどうか、どの国のデータセンターを経由するのか、アカウントの権利管理機能は充実しているかといった問い合わせが寄せられているという。同社の安田真人シニアセールスエンジニアは「Zoomは、さまざまなコミュケーションサービスを完全に一つのプラットフォームとして提供することでガバナンスの問題に応えている」と説明。ウェブ会議、音声通話、チャットなどのサービスを個別に導入した場合、IDやポリシーの管理を一元化するのが難しくなるほか、不足している機能を補完するために、従業員が他のサービスをシャドーITとして使用することを防ぎきれないが、Zoomは一つのIDで広範な機能を利用できる統合製品であり、管理しやすいのが特徴。また、無料版のアカウントを有料版に移行する機能も備えており、シャドーITとして普及したZoomを、IT部門が後追いで認める形で有料契約するケースも少なくないという。
ZVC JAPANの安田真人シニアセールスエンジニア
使いやすさに関しては、実際にシステムに触れるビジネス部門からのニーズで、この部分の検証が不十分な場合、導入はしたものの利用が進まない、といった状況になりかねない。IT担当者でなくとも会議をスムーズに開始できるか、接続が途切れた場合にもユーザー自身でトラブルシューティングできるかといった点が重視される。ブイキューブの間下社長は「欧米での遠隔会議のニーズは電話会議からの派生であったのに対して、日本は映像による会議から始まっている。映像の品質や使いやすさを重視する傾向が強い」と分析する。「内外の文化の違いから生まれる細かなニーズの違いに対応しつつ、日本語によるサポートを展開してきた」ことが、同社サービスがユーザーを獲得している一因だという。働き方改革の機運の高まり以降、遠隔会議システムでは実際にシステムに触るビジネス部門の要求が導入の可否を左右するケースが増えているという。セキュリティとコストを重視するIT部門とは異なるニーズが高まっており、各社ともユーザーエクスペリエンスにフォーカスした訴求を強めている。
“会議”にとどまらない可能性
これまではオフィスでの利用が中心だった遠隔会議システムだが、今後、その活用範囲は大幅に広がっていく可能性がある。その代表が教育分野だ。教員の減少が進み、長時間労働が問題となっている一方で、プログラミング教育の開始など教員が教えなくてはいけない領域は増えつつある。遠隔会議システムを使うことで、学校外の専門家に協力を仰いで特別授業を行ったり、これまでケアが十分に行き届いていなかった登校できない生徒への教育をカバーすることも可能になる。また、医療分野においても同じように人材不足による医師の長時間労働や、人員の地域的な偏在は課題となっており、オンライン診療を開始する病院が増加している。
ビジネス用途でも、“使い方”という観点でも市場の裾野が広がりつつある。ブイキューブの間下社長は今後の重点領域として、「医療や金融、不動産のほか、製造や建設分野が盛り上がってくるだろう」と指摘する。従来のような会議室で行われる一般的な会議ではなく、生産ラインや建設現場での活用が進むと見込んでいるという。遠隔監視で現場監督が複数の現場を管理したり、複数人員が必要だったダブルチェック作業などの省力化といったユースケースが考えられ、実際に事例も出始めている。
20年には第5世代移動通信システム(5G)の正式商用化が控えるが、遠隔会議システムとも相性がいい。社内の通信環境を活用するだけでなく、現場などでも高精細、低遅延の無線通信を使ったユースケースも増えていくと見られる。
[次のページ]販路拡大の動きも活発化