富士通と理化学研究所(理研)が共同開発したスーパーコンピューター「富岳」が、2021年~22年ごろの共用開始を目指し、出荷が始まっている。19年8月に運用停止したスパコン「京」の後継機として開発された富岳は、世界最高水準の汎用性と、京の100倍のアプリケーション実行性能を備え、さまざまな分野での研究開発、ひいては社会課題の解決に向けた活用が期待されている。新世代のスパコン、富岳の全貌に迫る。
(取材・文/大河原克行)
19年12月に出荷開始
時田社長「価値ある成果届ける」
19年12月2日、石川県かほく市にある富士通ITプロダクツで、次世代スパコン、富岳の出荷セレモニーが開催された。雨が降る中、午後2時から始まったセレモニーには、富士通の時田隆仁社長をはじめ、石川県の谷本正憲知事、文部科学省の橋爪淳・研究振興局参事官、理研の松尾浩道・計算科学研究センター副センター長、石川裕・計算科学研究センタープロジェクトリーダー、富士通ITプロダクツの加藤真一社長など、関係者約80人が出席した。
富士通
時田隆仁 社長
関係者によるテープカットに続き、第1号のきょう体を搭載したトラックが、富士通ITプロダクツの加藤社長の合図で出発。翌日には兵庫県神戸市にある理研の計算科学研究センターに到着し、午前9時から搬入作業が行われた。
初出荷を迎えテープカットする富士通の時田社長(左から2番目)、
富士通ITプロダクツの加藤社長(左端)ら
出荷セレモニーで富士通の時田社長は、「今日から出荷される富岳が、京に勝るとも劣らない貢献をすることを期待している。この地にて、富岳をきちんと製造し、メンテナンスし、多くの人たちの期待に応え、価値ある成果を届けたい。これが富岳の使命であり、富士通の使命である」と述べた。
スーパーコンピューター「富岳」
汎用性とアプリ実行性能が特徴
スパコン「京」の後継機
富岳は、14年に開始された文部科学省の「フラッグシップ2020プロジェクト」の下、約1100億円の予算で開発が進められてきた。ハードウェアの開発は富士通の川崎工場、ソフトウェア開発は沼津工場および川崎工場、システム評価は沼津工場で実施し、生産は富士通ITブロダクツで行われている。
富岳は、19年8月に運用を停止した京の後継機という位置付けで、世界最高水準の汎用性と、京の100倍のアプリケーション実行性能を備えているのが特徴だ。
搭載しているCPUは、「A64FX」と呼ばれる新たなチップで、アームのv8-A命令セットアーキテクチャーをスパコン向けに拡張した「SVE」を使用。最先端の半導体技術により、全ての機能をワンチップに集約しており、CPUのピーク性能は京の24倍となる3TFLOPS、メモリバンド幅は京の16倍となる1024GB/sを実現。また、消費電力は、最新のインテルCPUと比較して3.7倍以上の効率性を発揮するという。
富岳では、二つのCPUをメインボードに搭載し、一つのラックの中にこのボードが192枚搭載される。1ラックを384個のCPUで構成しているという計算だ。
富士通の説明によると、1ペタのシステムの場合、京は80個の計算ラックと、20個のディスクラックが必要であり、計算ノード数は7680、IOノード数は480、設置面積は128平方メートルが必要だった。しかし富岳では、同等性能を実現するのに1ラックだけ、設置面積も1.1平方メートルで済む。
また、アプリケーションの利用という観点では、富岳には二つの特徴がある。
一つは、既存の京のアプリケーションを利用できる互換性を維持しながら、オープンソースアプリケーションにも対応していることだ。GCCやPython、Ruby、Eclipse、Docker、KVMが利用できる。また、レッドハットのRHEL8をベースにしたArm Linuxを利用していることから、あらゆる領域において、コンピューティングリソースを活用できる地盤が富岳にはある。
二つめは、AI分野での利用を想定していること。富岳には、AI向けの計算を高速化できる機能を新たに追加。AI分野で使用される半精度演算や8ビット幅整数演算を効率的に実行できることから、シミュレーションだけでなく、AIやビッグデータの分野でも利用が見込まれている。
9分野での研究開発に期待
世界の社会課題にも貢献へ
こうした性能を生かし、富士通では富岳を研究開発の促進や産業界での利用などに期待する。時田社長は、「スパコンは、これまでにもさまざまな社会課題にチャレンジしてきたが、富岳は防災や医療、創薬に加えて、産業利用にも貢献できるだろう」と話している。
具体的には、ものづくり、ゲノム医療、創薬、災害予測、気象・環境、新エネルギー、エネルギーの創出・貯蔵、宇宙科学、新素材の九つの分野を重点領域として、主に研究開発におけるコンピューターシミュレーションに使用されることになる。
「コンピューターシミュレーションによって、見えないものが見えるようになり、実験できないものができるようになる。コンピューターシミュレーションは、いまや理論、実験と並ぶ、第三の科学、研究開発の手段になっている。しかも、コンピューターシミュレーションは、製品開発の分野にも取り入れられており、企業にとっても生命線の一つになっている。富岳はこうした分野にも活用されることになる」と、富士通の新庄直樹理事は話している。
なお、富岳で開発された技術は、富士通の商用スパコン「FUJITSU Supercomputer PRIMEHPCシリーズ」にも採用されている。富士通ではこれを日本だけでなく、グローバルに向けて販売していく方針だ。
また、ヒューレット・パッカード・エンタープライズの傘下にあるクレイとのパートナーシップ契約により、クレイのスパコンにもA64FXが搭載されることになるという。富士通の時田社長は「富岳の技術を、日本のみならずグローバルにも販売することで、世界中の社会課題の解決に貢献できる」と胸を張る。
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