「1位を目指さない」
性能競争で方針転換
スパコンは長年にわたり、日本、米国、中国によって高性能競争が繰り広げられてきた。
国内では民主党政権時代の09年、「事業仕分け」において蓮舫参議院議員が、世界1位の性能を目指すスパコンの研究開発予算について「2位じゃだめなんでしょうか」と発言し話題に。IT業界はこの発言に反発し、スパコンの高性能競争がこの分野において重要な指標となっていることを改めて強調する結果となった。
だが、いまでは富岳は、この反発が集まった発言を、むしろ地で行っている。いわば、「1位にはこだわっていないスパコン」だ。
富士通の新庄理事は、「富岳はスパコンの性能競争のために開発したわけではない」と言い切る。「科学技術の探求だけでなく、産業界をはじめとして、実用的で役に立つ、汎用性の高いスパコンを目指して開発したものである。科学的、社会的に役に立つことが富岳の役割」としている。
富士通 新庄直樹
理事
19年11月に発表されたスパコンの「TOP500」では、首位となったIBM製の米オークリッジ国立研究所の「Summit」が、148.6PFLOPSの性能を持つが、富岳はこれを超えることを目指してはいない。昨今では、性能競争を追求するあまり、特定の計算の速さだけを追いかけ、その結果、汎用性がなくなるという課題が生まれている。そうした単純な性能競争重視の動きとは逆行しているのが富岳だといえる。
富士通の新庄理事は「富岳は、省電力、アプリケーション性能、使い勝手の良さの3点を重視して開発した」と話す。
一つめの「省電力」への取り組みは、地球規模のテーマであるエネルギー問題の解決に直結する。エネルギー効率を重視することで、スパコンそのものの電力消費を削減するだけでなく、コンピューティング全体の今後の高性能化においても、省電力化という動きにつなげることができるからだ。
エネルギー効率の高さについて、富岳はすでに世界一の称号を得ており、19年11月18日に発表されたスパコンの消費電力性能を示す「Green500」において、富士通沼津工場に設置している富岳のプロトタイプが世界1位を獲得。ここでは、ピーク性能の2.3593PFLOPSに対し、連立一次方程式を解く計算速度(LINPACK)で、1.9995PFLOPS、消費電力1ワットあたりの性能で16.876GFLOPS/Wを達成し、世界トップの消費電力性能であることが実証されている。
「Green500において、世界1位を獲得したことは、富岳が目指す世界最高水準の省エネ性能が評価されたものであり、心強く思う」と、文科省の橋爪参事官は述べている。
ちなみに、Green500の首位獲得においては、GPUなどのアクセラレーターを用いず、汎用CPUのみを搭載したシステムで、初めてGreen 500で世界一を獲得した点でも評価されている。これにより、さまざまなアプリケーションにおいても高い性能と省電力を両立した利用環境を実現できることを証明したからだ。
これは二つめの重視点である「アプリケーション性能」にもつながっている。先述のように、既存の京のアプリケーションを利用できるほか、オープンソースアプリケーションに対応している点も、アプリケーション性能を追求する姿勢の表れだ。利用領域を狭めることなく、京に比べて100倍となるアプリケーション実行性能を実現。特定の計算の速さを追求することで、利用領域が狭まり、実行したいアプリケーションで性能が発揮されないというスパコンの昨今の課題を解決したマシンともいえるのだ。
そして、三つめの「使い勝手の良さ」では、先述のように、GCCやPython、Ruby、Eclipse、Docker、KVMといったオープンソースを利用できる点や、RHEL8をベースにしたArm Linuxを利用している点が挙げられる。
富士通の新庄理事は、「多様な言語やアプリ、機能に対応しており、ポータビリティーも確保している。アプリケーション開発者が使いやすい環境を重視している」とする。これの点が、他のスパコンと比較した富岳の特徴となっている。
スパコンとして
「役立つ」姿を示す
このように、これまでとは異なる視点で開発され、社会課題の解決に向けた活用を最優先したのが富岳の基本コンセプトだ。富岳は、富士通ITプロダクツで月間60ラック以上、最終的には約400ラックを生産。20年6月までに全量を出荷し、同年12月までに神戸市にある理研の計算科学研究センターで評価試験を行い、21年~22年ごろの共用開始を目指している。
「役立つ」スパコンを目指して開発された富岳だからこそ、それが果たす社会課題の解決や貢献に世界中から注目が集まっている。性能だけにこだわらない新たなスパコンの姿を生み出したともいえる。
効率性と高信頼を追求する
富士通ITプロダクツの「富岳」生産現場
富岳の生産を担う富士通ITプロダクツは、02年4月1日に設立。富士通のサーバー、ストレージの生産拠点であり、京もここで生産されていた。79年に稼働したPFU笠島工場を母体として、富士通の各工場から生産品目が移管されており、現在では、CPUモジュールから基板実装、装置組立、試験、顧客別構成構築までを一貫して行える体制を敷いているのが特徴だ。
石川県かほく市にある富士通ITプロダクツ本社
現在、同社で生産しているものには、基幹IAサーバーの「PRIMEQUEST」やUNIXサーバーの「SPARC M12シリーズ」、メインフレームの「GS21」、ストレージの「ETERNUSシリーズ」などがある。
富岳の生産を開始したのは19年3月。まずはCPUモジュールの生産を開始し、現在では、富岳の専用ラインが設けられ、基板実装から組み立て、検査までを実施。12月2日から第1号のきょう体を出荷している。
組み立てた装置をラックに組み込み検査する
生産工程ではCPUモジュールを組み上げたのち、検査を行い、周波数特性などを確認。検査を通過したあとには、基板への実装が行われる。基板実装には高速マウンターや異形部品マウンターなどを利用。最小で0.6mm×0.3mmの部品を搭載するという。基板実装工程は、サーバー生産などで培ったノウハウを活用して自動化されており、随所に置かれた検査工程も自動化されている。
完成した基板は、1階の組立工程に運ばれ、ケースに基板を組み込み、同時に水冷装置を固定。専用の治具を使って確実に固定する。装置が組み込まれたケースは、ラックのエリアに搬送。ラックに組み込まれた後に、最終検査を経て出荷準備が行われるという仕組みだ。
水冷装置は従業員が専用の治具を使って確実に固定する
富士通ITプロダクツの加藤社長は、「富岳プロジェクトに企画段階から参画し、ものづくり側からの要望や提案を行ってきた。出来上がった図面通りに生産するといった役割ではなく、技術力を結集し、効率的で、高信頼性を担保したものづくりに取り組んでいる」と自信をみせる。
富士通ITプロダクツ 加藤真一
社長
富岳の生産においては、約3万件ものリスク評価を行い、作業ミスを防止するポカヨケや治具の拡充などにより、大幅な作業リスクを低減。また、ICTを活用した自動化や専用治具の開発、作業環境の対策、富岳向けのOJTをはじめとする教育および訓練のほか、数々の品質リスクマネジントを実施してきたという。
「ICTを活用した自動化や専用治具の開発では、設計段階のデータを基にしたバーチャルものづくり検証を行い、作業時の問題を事前に解決したり、どんな工具や治具が必要かといったことをアニメーションや3Dモデルを使用してシミュレーションしたりした。設計段階から製造性を検証し、高品質と低コストの両立を実現している」とする。
また、製品品質を源流にまでさかのぼって管理しており、富士通ITプロダクツおよび富士通の品質管理部門が直接、サプライヤーの現場に出向いて品質向上に向けた改善を一緒に行うといった取り組みも進められている。
「約10年前に、京の生産を行った際の経験やノウハウが蓄積されていることは強みであるが、それが油断につながることを最も心配した。時間をかけて、入念に準備した。リスクを洗い出して、それをつぶす作業を繰り返してきた」と語る。
さらに、部品の調達においては、「ミルクラン」方式を採用。複数の牧場で絞った牛乳を巡回するトラックが定期的に回収する仕組みと同様に、複数のサプライヤーを巡回するトラックが回り、当日使用する量の部品だけを最小ロットで毎日調達することで、棚卸資産の圧縮や保管スペースの圧縮、納期管理工数の削減、物量の平準化といった効果をもたらしているという。
また、富士通のデジタルアニーラの技術を活用。組み合わせ最適化問題に能力を発揮するこの技術を利用して、倉庫の棚から製造ラインの棚に部品を供給するのに最適なルートを導き出し、最短経路の動線で作業が行えるようにしている。
加藤社長は「サーバー、ストレージ装置の製造で培った製造技術や試験技術をベースに、スマートものづくりを実践し、信頼性の高い富岳を生産する。富岳の製造を通じて、社会課題解決の一翼を担うという誇りを胸に高品質の製品づくりに邁進し、全ての製品をしっかりと収める」と述べている。