2011年3月11日の東日本大震災発生から9年が経過し、16年4月の熊本地震から丸4年となった。ほかにも近年は台風被害など、大規模な災害が相次いでいる。日本は、自然災害から逃れられない。そのことがあらためて認識される中、注目されているのが被害提言のためのITの活用だ。IT企業が人工知能(AI)やSNSを使った減災システム・サービスを開発する傍ら、国も利用について本格的に検討を始めた。命を守る防災・減災ITの最前線を紹介する。
(取材・文/齋藤秀平)
日本最大のSNSアプリ
LINEを使った災害対応
過去10年でスマートフォンの普及率が大きく上昇し、SNSが日常的なコミュニケーション手段として浸透した。中でもLINEは、国内で最も多くの人に使われるツールとなり、19年末時点の国内のアクティブユーザー数は8300万人で、毎日使う人の割合は86%に上っている。
LINE社がサービスを開始したのは11年6月。同年3月の東日本大震災を受け、「東日本大震災で大切な人と連絡が取れなかった経験を元に、スマートフォンで大切な人とつながるコミュニケーションアプリ」(同社公式ブログ)として誕生した。
それから9年がたち、日本では毎年のように災害が発生。日本最大のSNSアプリとして成長したLINEは、熊本地震をきっかけに、個人のつながりを広げる取り組みに活用されるようになっている。
産官学でつくる「AI防災協議会」の理事長も務める同社の江口清貴・執行役員(公共政策・CSR担当)は、「各住民の情報を集めて、災害による犠牲者を減らすことを目指している」と語る。
LINE 江口清貴 執行役員
生死を分ける72時間の壁
チャットボットで情報収集
災害発生時、公的な対応の中心となるのは当該地域の自治体だ。道路や家屋などの被害状況の把握には、関係機関などからの情報収集に加え、場合によっては担当者が現地に赴いて確認することもある。
しかし、大規模な災害が起きると、自治体の現場だけでは対応が難しい場合もある。内閣府が12年にまとめた「東日本大震災における災害応急対策の主な課題」の中では、災害の時の情報収集・伝達について、「発災直後は被災地域全体が混乱し情報が集まらないことを大前提と考え、その時間をいかに短くするか、また、どの情報を優先的に処理するのか等検討することが必要」とされている。
「救助活動の現場では災害後3日(72時間)が勝負」(内閣府「みんなでつくる地区防災計画」)と言われており、災害時の情報収集・伝達は人の生死を左右する。江口執行役員は、昨年9月千葉県に大きな被害を出した台風15号で、情報が遮断され孤立に近い状態になった同県南房総市の例を挙げ、「本当に助けが必要な情報は、外部に届かない場合がある」と指摘する。
その上で「情報を集めることに四苦八苦する発災直後の情報収集ができれば、初動の判断が分かれるし、次の復旧フェーズに向けての対応も早くなる」とし、住民からのリアルタイムの情報収集の手段として、LINE版防災チャットボット「SOCDA※」が適していると説明する。
収集した情報を集約し
災害対応を迅速化
SOCDAは、災害発生時にLINEを通じて「周りでどんな被害が起きているか具体的に教えてください」などと問いかける。住民は、チャットボットとやりとりしながら被災地点の画像や位置情報などを提供する。
情報を集めるだけでは、どこで何が起きているかを可視化することは難しいが、AI防災協議会は、チャットボットが集めた火災や建物倒壊などの情報を地図上に表示し、地域の状況を俯瞰できるシステムを構築した。情報をプラットフォーム上に集約し、災害対応の迅速化を図ることが目的だ。
システムは、チャットボットが集めた情報に加え、関係機関が保有する災害関連の情報を管理する基盤的防災情報共有ネットワーク「SIP4D」(防災科学技術研究所・日立製作所の共同開発)や、情報通信研究機構(NICT)ユニバーサルコミュニケーション研究所が開発している対災害SNS情報分析システム「DISAANA」や災害状況要約システム「D-SUMM」と連携し、Twitterなどの情報もあわせて活用。情報をマッピングする上では、デマ情報の検証もしている。
すでに三重県伊勢市や兵庫県神戸市で実証実験が行われており、昨年の台風19号の際は、伊勢市での情報収集に活用された。このときは主に県や市の職員が利用し、河川の氾濫や道路の冠水、土砂が流入した道路の情報などが、約20時間で計78件集まった。
江口執行役員は「LINEは日常的に最も使われているツールの一つなので、住民に対する練習やレクチャーは必要ない」と使いやすさを特徴の一つに挙げ、「収集した情報を地図上にマッピングすることで、情報の空白地域が明らかになる。住民が投稿した画像を見ながら詳しい状況を確認することも可能で、伝聞情報よりも状況の把握がしやすい」と紹介する。
全国展開のためには
データと“やる気”が必要
これらのシステムは現在、情報の集約を主な目的としている。システムをさらに磨き上げるために、江口執行役員は「連携するデータの量を増やすことに加え、企業と行政の“やる気”が必要だ」とみる。今後は住民への情報提供や、ニーズの集約といった機能を加え、全国への展開を目指す方針だ。
江口執行役員は「各自治体が同じシステムを使っていれば、どこかの自治体が被災しても、別の自治体が場所に縛られずに対応できるようになる。システムを使うことがあたりまえになり、情報を集めることに苦労しない世界を実現したい」と青写真を描く。
AI防災協議会は、国内の企業や自治体などを主要メンバーとしている。災害が多く発生する海外からの問い合わせもあるといい、AI防災協議会に海外からの参画が増えれば、国境を超えたシステムとして広がる可能性もある。
※SOCial-dynamics observation and victims support Dialogue Agent platform for disaster management
対話型災害情報流通基盤の意
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