スタートアップから大手、ユーザー企業も
新しいサービスが続々と登場
防災・減災ITの領域では、スタートアップや大手、さらにはユーザー企業が開発を進めている。内閣府は新たにタスクフォースを設置し、防災対策にICTや最新技術の活用を進めるための施策を検討中で、将来的に国全体でIT活用の幅が広がる可能性がある。
個人が発信した情報を分析し
危機管理に寄与
災害発生時などには、現場の近くにいる住民がインターネット上に投稿した情報が、救助などのきっかけになることもある。
膨大な情報が流れるSNSの情報を分析し、危機管理に役立てるサービスを展開している企業がある。
SNSとAIを活用した速報サービスを提供するSpectee(スペクティ)はその代表だ。村上建治郎代表取締役CEOは、2011年の東日本大震災後に現地でボランティアに取り組んだが、大手メディアが伝える内容と実際の状況に乖離があることを実感し、「どこで何が起きているかを可視化したい」と、同年会社を設立した。
同社は現在、ツイッターやフェイスブック、インスタグラム、ユーチューブなどのSNS上の情報を対象に、画像解析や自然言語解析で情報の重要性や真偽、正確な発災場所を判断し、リアルタイムに配信する速報サービス「Spectee」を提供している。
国内の官公庁や地方自治体、国内外の報道機関のほか、300以上の民間企業が導入している。
同社によると、画像解析や自然言語解析のベースになっているAI技術は特許を取得している。複数のSNSに対応し、各地の情報を配信するのは、Specteeが国内で唯一という。
情報は、災害のカテゴリーごとに収集することが可能。ダッシュボード上で状況を確認することができるほか、新しい情報が入ると、音声で読み上げてくれる機能もある。今年3月には、表示方法や絞り込み機能を強化したプロ版をリリースした。
村上CEOは「緊急時に対応するためには、情報の正確性が非常に重要。Specteeは、機能的な使いやすさに加え、正確性に優れている点が、多くの組織に選ばれる理由になっている」とし、「同じようなサービスのなかで、自治体が使っているのは、ほぼSpecteeだけだ」と説明する。
スペクティ 村上建治郎 CEO
販売は、約半分がパートナー経由。村上CEOは、販売戦略について「常時売ってくれるパートナーを増やすというよりは、個別の案件ごとに連携できるパートナーを探していくつもりだ」と語る。
これまでは報道機関への導入が中心だったが、今年は他業種への展開に注力することを計画している。
将来的に海外への展開も目指しており、村上CEOは「早いうちに1000社、1万社と導入を増やし、日本発の防災ベンチャーとして、世界のスタンダードになることを目指す」と意気込む。
「みちびき」を活用した
初の取り組み
自治体向け「減災コミュニケーションシステム」を既に提供しているNTTデータは今年3月、同システムの機能追加を発表した。内閣府が運用する準天頂衛星「みちびき」の衛星回線を利用し、防災無線の装置から情報を配信できる内容で、防災無線の装置へのみちびきの活用は国内初の事例という。
具体的には、国からの防災情報が、みちびきの衛星回線を通じて自治体が運営する防災無線の屋外スピーカーに届き、スピーカーから音声を発信したり、スマートフォンなどに文字情報を出したりできる。LPWA網を通じて、一般住民の各戸に設置されている個別受信機に対しても情報配信が可能だ。
従来の仕組みでは、各自治体の庁舎にいる職員が、防災無線のスピーカーを通じて避難情報などを発信していた。
災害時に庁舎が被災した場合、情報配信が途絶えてしまうといった課題があったが、みちびきの衛星回線を利用することで、庁舎が被災した場合などでも、情報の断絶を防ぐことができる。
NTTデータ (左から)戸上巌基氏、内山武明部長、山口智孝課長
同社社会基盤ソリューション事業本部デジタルコミュニティ事業部第一ビジネス統括部観光・防災推進担当の山口智孝課長は「庁舎が被災した場合などに備えた衛星回線の利用は、情報伝達の手段を確保する上で確実な方法だが、今まではコスト面で課題があった」とし、「みちびきの衛星回線を利用すれば、国の情報を受信するための費用はかからず、課題を解決することができる」とメリットを説明する。
また、同担当の戸上巌基氏は「災害が頻発するなか、いかに住民の命を守れるかが大事」と強調し、「情報伝達の最後の砦として、みちびきの衛星回線の利用が当たり前になるようにしていきたい」と話す。
さらに、同担当の内山武明部長は「みちびきの衛星回線が利用できるようになることは、現在の減災コミュニケーションシステムの大きな強みになる」と紹介。新たに10自治体にみちびき機能を有するシステムを導入し、スピーカー800台を設置することが決まっているとし、今後、さらなる拡販を目指す考えを示した。
新規事業で開発に着手
将来は外販も視野に
損害保険大手の損害保険ジャパンは、米国の防災スタートアップ企業ワン・コンサーン、国内のウェザーニューズの両社と業務提携を結び、AIを活用した独自の防災・減災システムの開発に着手している。新規事業の一環で、実証をした上でビジネスとして展開するか検討する。
システムは、損害保険ジャパンやウェザーニューズが保有するデータのほか、損害保険ジャパンが18年8月に協定を結んだ熊本市のデータを活用する。ワン・コンサーンのAIを使い、地図上で災害発生前の被害を予測するほか、災害発生時や発生後の状況把握に役立てられるようにすることも狙っている。
実証は同市で昨年3月から開始する予定だったが、遅れが発生している。原因について、損害保険ジャパンビジネスデザイン戦略部の鈴木健広課長代理は「今はある程度データが揃っているが、当初は、どこにどういうデータがあるかということから始まり、利用するデータの選定に時間がかかっていた」と語る。
損害保険ジャパン 鈴木健広 課長代理
実証の期間は21年3月まで。実証後の計画について、鈴木課長代理は「実証の結果を見てから検討する」とするものの、「夜中や休日などの態勢が整っていない時でも、システムを利用すれば対応の優先順位がつけられるという点で、活路が見出せると考えている」と述べ、自治体や工場を有する企業への導入を想定していると説明した。
さらに、「災害の激甚化で、保険金の支払額はかなり増えている。どれくらいの被害が起きそうか予測できれば、保険金の支払業務に必要なコールセンターの設置など、早めの対応ができるようになる」と話し、自社内での活用についても期待を示している。
現場の負担減に期待
今夏までに方向性まとめる
災害の激甚化に加え、発生頻度の高さを踏まえ、内閣府は今年2月、「『防災×テクノロジー』タスクフォース」を設置した。
内閣府と内閣官房で防災対策、科学技術・イノベーション政策、IT戦略、宇宙政策などを担当する部局の幹部らがメンバーとなり、SNSやAI、衛星の活用などについて検討を進めている。
内閣府政策統括官(防災担当)付参事官(防災計画担当)付の西山直人参事官補佐は「注目されているITについて、関係部局間で情報と意識を統一することが設置の狙いだ」とし、「少子高齢化の時代を迎え、災害対応に充てる人員は限られている。現場の負担を減らすためにも、IT活用は待ったなしの課題だ」と話す。
内閣府 西山直人 参事官補佐
タスクフォースは、先進的な取り組みをしている自治体や民間企業などから、導入や運用などについて聞き取りをして、課題を整理した上で、今夏までに施策の方向性をまとめる予定だ。
西山参事官補佐は「テクノロジー側は『こういう技術がある』というが、災害対応にあたる人たちには伝わっていないこともある。このミスマッチを解消することもタスクフォースの狙いの一つ」とし、「自治体がITを導入するにあたって、制度上の問題があれば、それについても話し合っていく」と語る。
さらに「ITは、災害対応の迅速・効率化に非常に寄与し、災害後の復興にも役に立つツールだと思っている。先端技術に触れながら、使えそうな技術や仕組みを見つけていきたい」と話し、政府としても、災害対応においては宇宙やITなどの技術を積極的に活用していく姿勢を示した。