リモートワークの導入で生産性が落ちたという企業がある一方、むしろ生産性は上がったという企業もある。リモートワークの成功を支える一つの要因と考えられるのが、どこからでもアクセスできるクラウドの活用であり、基幹業務のデジタル化にはSaaS型のERPが有効だ。昨年国内でも導入が大きく伸びたというSaaS ERP大手3社に、最新の市場動向と戦略を聞いた。
(取材・文/谷川耕一 編集/日高 彰)
新型コロナウイルスの感染対策で、リモートワークが一気に普及した。緊急事態宣言が発出された際には、多くの企業が十分な準備ができない中、半ば強制的にリモートワークへと移行することとなった。結果、現場では戸惑いやトラブルも発生し、リモートワークでは生産性が上がらないとの声も聞こえた。
一方、2020年夏に予定されていた東京五輪を見据え、あらかじめリモートワークを準備していた企業もあった。そういったところは、トラブルもなくリモートワークにシフトできたようだ。また、普段から積極的にパブリッククラウドを活用していたところも、比較的スムースに分散した新しい働き方を実現できたようだ。
多くの企業がリモートワークを経験したことで、改めてビジネスのさまざまなプロセスがデジタル化されていないことにも気付かされた。「はんこ出社」などに象徴されるように、一部社員が出社しなければビジネスが回らない企業も多かった。一方でクラウド、中でもSaaSを積極的に活用していた企業は、むしろ生産性が上がったところすらある。SaaSであれば、どこからでもビジネスに必要なアプリケーションにアクセスでき、承認などのワークフローもSaaSの中で完結できる。SaaS ERPを活用していたために、経理担当者が一切出社することなく期末決算処理を実現できた企業もあると聞く。
日本では欧米に比べ導入が進んでいなかった印象もあるが、コロナ禍でSaaS ERPのニーズが一気に高まっている。リモートワークによる追い風が吹く中、SaaS ERPとして提供されているインフォア(Infor)、マイクロソフトのDynamics 365、オラクルのネットスイートの導入動向はどのように変化しているのか。それぞれのサービスの、日本における戦略を聞いた。
インフォアジャパン
業界特化型クラウドERP Inforの戦略
6割以上の業務を標準でカバー
新型コロナウイルスの影響が直撃した鉄道、航空、運輸やホテル、旅行などの業界では、業績が大きく落ち込んでいる。倒産も増え実体経済は停滞傾向にあり、「クラウドERPのビジネスにも大きく影響するのではと懸念していたが、インフォアのビジネスに大きな落ち込みはなかった」と話すのは、インフォアジャパンの三浦信哉社長だ。同社では2020年にSaaSのビジネスが対前年比で2倍以上に伸びており、オンプレミスのビジネスの減少を補って余りあると言う。
三浦信哉 社長
SaaSのニーズが増えている背景には、リモートワークの増加がある。オンプレミスでの導入を検討していた企業が、対象をSaaSに切り替える動きも出ているという。三浦社長は「先行きが見通せない中、10年後にオンプレミスの古い環境を使い続ける姿が想像できない企業が増えている」と説明。そのためもあり、SaaSには10年、20年後の将来の変化に対応できることが求められている。
導入時の設計の自由度に関して、現状のSaaS ERPは、個別導入するオンプレミスのアプリケーションほどは高くない。しかし10年、20年と使い続けても陳腐化せず、進化し続けるのがSaaSだ。そのSaaS ERPアプリケーションを提供するインフォアの特徴は、インダストリーに特化していることだ。インフォアには、業界特有のビジネスプロセスにも対応できる豊富な機能が揃っている。業界特有の要件を満たす機能が充実していることは、ERPアプリケーション導入の迅速化にもつながっている。
インフォアによれば、導入対象となる業務の60%は、用意されている300~400の標準プロセスからの取捨選択で実装できるという。そして30%はコンフィグレーションの追加や変更、レポートやインターフェース設定などのチューニングにより対処できる。残り10%の固有の業務要求は、アップグレード可能な拡張機能の開発で対応する。
この60:30:10の法則をベースにしたアジャイル導入のアプローチで、ERPを短期導入できるのが同社の強みだ。「顧客企業のビジネスプロセスとインフォアの機能の擦り合わせをするワークショップを実施すると、平均で6割、場合によっては8割ほどのビジネスプロセスが標準機能にマッチする。少ない残りの部分をどう実現するかに集中できるので、短期間で本番運用に入れる」と三浦社長はアピールする。
業界特有の要件を取り込む
インフォアは自動車や産業機械などの組み立て製造業向けのアプリケーションで実績が多く、その領域では評価が高い。加えて最近は、食品や飲料などのプロセス製造業でも導入が増えており、同社にとっての新たな注力領域となっている。例えば組み立て系には「Infor LN(Baan)」を、プロセス系には「Infor M3」という製品を主に提案している。同じ製造業向けでも別の製品を用意することで、それぞれ細かいレベルでの対応を可能としているのだ。「ラストワンマイルのところの機能提供では、他のERP製品とは一線を画している」と三浦社長。
例えば食肉の製造は、同じ部位の商品でも形が異なる「不定貫商品」となる。重量と数量で管理する不定貫商品は、汎用的なERPではカスタマイズにより対応することが多い。一方インフォアでは、カスタマイズなしに標準機能の範囲で対応できる。業界特化した標準機能でカバーできる範囲が広いためカスタマイズを最小化できる。「本来顧客も、カスタマイズをしたいわけではない」と三浦社長は指摘する。
業界ごとにきめ細かな対応が可能なのは、同社がさまざまな製品を買収しポートフォリオを拡大してきたこと、その上で製品を無理矢理一つにするのではなく、特色を残し緩やかに統合化した結果でもある。さらに業界ごとのユーザー会である「インダストリ・カウンシル」を作り、得られるフィードバックを積極的に機能に取り込む活動もしている。各業界向けの機能はその業界を代表する顧客と一緒に開発しており、それも業界に特化した機能の実現につながっている。
ところでインフォアのSaaSは、Amazon Web Servicesのインフラ上からマルチテナント型で提供されている。現状では、月に3時間のメンテナンス時間を設けており、その際に10~20ほどの機能拡張も実施される。顧客からはメンテナンス時間を短くしてほしいとの要望もあり、AWSと密に連携することで、将来的にはメンテナンス時間をゼロにする方針も打ち出している。
パートナーによるSaaS再販にも注力
好調な日本のビジネスでは「販売よりも導入サポートをしてくれるパートナーが不足している」と三浦社長。そのためにパートナーエコシステムの再構築が、新たなチャレンジだという。例えばTISインテックグループのネオアクシスでは、製造業向けERP「Infor CloudSuite Industrial(SyteLine)」の、組み立てメーカー向けの提供を開始している。今後パートナーのカバレッジを活用してさらなるビジネスの拡大を期待している。
「2023年までの3年間で、2桁成長を続け売り上げを1.5倍にする。その際にはSaaSの比率が8割になるだろう」と、三浦社長。またパートナー経由の売り上げも、現状の20%から30%ほどに引き上げると言う。SaaS再販パートナーの数も、2025年までに25社まで増やしたいとのこと。元々注力してきた製造業のエンタープライズ企業だけでなく、中堅、中小企業にもパートナー経由でSaaSが導入される例が増えている。マーケットは確実に広がっており「インフォアのSaaSを導入することが、デジタルトランスフォーメーション(DX)の最初の一歩になるような支援をしていく」と三浦社長は力を込める。
[次のページ]日本マイクロソフト CRMとERPで顧客とビジネスをつなげるDynamics 365