Special Feature
DX時代に重要性を増すAPMの現在
2021/08/30 09:00
週刊BCN 2021年08月30日vol.1888掲載

コロナ禍の影響でデジタルトランスフォーメーション(DX)の進捗が数年分前倒しになった、などと言われるが、その後のデルタ株の蔓延などを受け、現時点ではコロナ禍以前の社会のあり方に戻る道筋は見えていない。顧客接点やビジネストランザクションをリアルからオンラインへと移行する流れは継続されると考える必要がありそうだ。デジタルな接点の品質競争がビジネスの成果を左右する時代になったことで、改めてAPM(Application Performance Management:アプリケーション性能管理)の重要性も高まっている。
(取材・文/渡邉利和 編集/日高 彰)
難しさを増す性能監視
APM製品の歴史は長く、さまざまな製品が市場に投入されてきたが、アプリケーションのアーキテクチャーのトレンドの影響を受けるため、同じAPMという名称で呼ばれていても、その内容は時代によって異なっている。メインフレーム時代のアプリケーションのパフォーマンス監視と、クライアント/サーバー時代とでは異なるし、さらに現在ではクラウド環境に対応し、コンテナ化されたアプリケーションや外部APIの活用を前提としたアプリケーションのパフォーマンス監視が必要とされるようになってきている。名称としても“APM”という呼び方自体がやや古くなっている印象で、現在では“オブザーバビリティ(可観測性)ソリューション”などと呼ぶ例が増えてきている。現在市場でメジャーな製品としては、「Dynatrace」「AppDynamics」「New Relic」「Datadog」などが挙げられるだろう。
前述の通り、かつてのメインフレーム1台で全てが完結していた時代や、IPネットワーク上で3階層アーキテクチャーなどに基づいた分散アプリケーションを運用していた時代には、それぞれ対応するアプリケーション性能監視の手法があったが、現在はクラウドやコンテナ、外部APIといった要素を考慮する必要があるため、状況が複雑化している。
このため、アプリケーションに性能問題などが生じた場合にもどこに原因があるのかすぐには判断できない。APMなどのツールを用いてデータを収集し、的確な分析を行うことの重要性が、これまで以上に高まっていると言うこともできる。
コロナ禍という想定外の環境変化が2020年から世界を覆っており、およそ1年半が経過した現在においても収束のめどは立っていない。そのため、さまざまな活動をオンラインで実施する流れも変わらず、オンラインでユーザーにどのような体験価値を提供できるかが重要になっている。
かつて「Webサイトでおおよそ7秒程度待たされるとユーザーは離脱してしまう」と言われていたが、グーグルが17年に発表した分析結果によると、こうした傾向はモバイルユーザーではさらに顕著で、表示完了までに3秒以上かかると53%のユーザーはページを離れるとされている。コロナ禍の影響でビジネスの主戦場と言えるまでに重要性を増したオンラインサービスで競合優位を確保するには、ユーザーが日々体感しているサービス品質を正しく把握し、より良いものに改善していくことが不可欠と言える。そのためのツールとしてAPMの重要性もまた高まっている形だ。
使い放題”型ライセンスに移行したNew Relic
APM/オブザーバビリティの分野で今急速に注目度を高めつつあるのがNew Relicだ。開発・提供元である米ニューレリック日本法人の小西真一朗社長は、コロナ禍以前から顧客接点がソフトウェアに移行する傾向があったと指摘しつつ、21年前半の時点で「前年比で3倍以上の成長を達成しており、絶好調」だと語る。その背景には、もちろんコロナ禍に起因する顧客接点のデジタル化というトレンドもあるが、同時に長年続いている日本のIT環境の課題でもある、「レガシーシステムの運用管理負担の重さ」も無視できないという。
日本の多くの企業が、IT予算の大半を既存システムの維持管理に割かざるを得ず、新しい取り組みに着手する余裕がないと言われるが、その一因として「何か障害が生じた場合にその根本原因を突き止めるのが難しい/時間を要するという問題もある」と小西社長は指摘する。そして、同社製品を活用する製造業ユーザーでサポートのためのエンジニアの負担を大幅に軽減するために、システムをエンドツーエンドで可視化する同社製品が活用されているという。
このように、DX時代の企業システムに不可欠な要素となりつつあると評価できるAPM/オブザーバビリティ製品だが、ニューレリックでは新たな需要喚起策として、思い切ったライセンス体系の変更も行なっている。
従来は、監視対象とするホスト数やアプリケーション数、イベントの総数といった指標に基づく従量課金型のライセンス体系が一般的で、同社でもそうした考え方に基づく価格体系を採用していた。これに対して新しいライセンスモデルでは、監視を行うユーザーの数をベースとした課金体系に移行し、監視対象の数によらず全機能をフルに活用可能、という体系を“Full-Stack Observability”というコンセプトに基づいて提供している。
この移行について小西社長は、「可観測性と可制御性を提供することをビジネスとしていることから、自社製品の利用コストについても明確化し、コントロールしやすいものを提供しなければという意図」だと説明した。そして、この変更はユーザーにとっても大きな変化をもたらす。
というのも、従来の体系では、ユーザーはコストを抑えることを考えて重要な箇所に限定して監視するという形にしがちである。こうしたやり方では、監視対象から外れた場所で何が起こっているかを知ることができなくなり、「エンドツーエンドでシステム全体を可視化する」というコンセプトにはそぐわないソリューションとなってしまう。新体系では監視対象の数に制約はないので、アプリケーションの監視のために必要なポイント全てを監視対象に含めることができ、曖昧な推測などを廃してデータに基づく正確な運用が可能になるわけだ。
一方で、特に大規模なシステムで同社製品を運用していたユーザーなどでは、新体系に移行することでコストが下がり、同社の視点で見れば売り上げが減少することになるのではないかという疑問も浮かぶ。しかし小西社長は「個々にはそうしたケースもあるかもしれないが、全体としては新規ユーザーの獲得につながるなどのメリットが大きく、短期的に見ても売り上げが減少するとは考えていない」としている。また小西社長は、同社製品の強みとしてネットワークに分散したSoEシステムに強い点を挙げ、競合製品の多くはSoRシステムを対象としたものだと指摘。New Relicは現在のDX推進の潮流に適合し、市場からの支持も厚いと自信を見せている。
それぞれに特徴を掲げるAPM製品
デジタル化の加速によってユーザー体験、そしてそれを直接左右するアプリのパフォーマンスが重要になるということで、APM/オブザーバビリティ製品を提供するベンダー各社の取り組みも活発化している感がある。10年設立で、日本法人の発足が19年11月という若い企業である米データドッグも、この分野では急速に存在感を高めている企業だと言えるだろう。同社が提供するDatadogの特徴は「セルフサービス型で簡単に利用できるSaaSベースの統合型モニタリングプラットフォーム」に各種機能を実装している点だ。オンプレミス型でエージェントモジュールを監視対象システムに入れてデータを収集するというアーキテクチャーが主流だった伝統的なAPM製品とは全く異なるアプローチを採る。

そもそも、当初はITインフラの運用管理支援を主眼とした「インフラストラクチャモニタリング」機能からスタートしており、APM機能は17年に追加されている。システム全般の可視化(オブザーバビリティ)の一環としてアプリケーションの性能監視にも対応する、という位置づけであり、その意味では従来のAPMを含むより広範な概念としてオブザーバビリティという言葉を使っているようだ。
日本法人であるDatadog Japan(データドッグジャパン)の国本明善・カントリーマネージャーは、同社製品の開発の発端が「開発と運用の間の壁を取り除きたい」というものであったことを明かしており、いわばSRE(Site Reliability Engineering:サイトの信頼性を向上させるエンジニアリング)の考え方に近いところからスタートしていると言える。同社製品の強みは、製品のベースとなるリアルタイム統合データプラットフォームにさまざまなデータが収集され、簡単な操作で可視化や高度な分析などのデータ処理が行える点にある。アプリケーションのパフォーマンスに限らず、システム全体をモニタリングして解析することに長けた統合監視インターフェースとして有用だろう。
また、17年に米アップダイナミクスを買収し、AppDynamicsを製品ラインアップに加えたシスコシステムズは、その後も機能強化を継続している。今年4月に発表された同社のセキュリティへの取り組み強化では、APMエージェントにセキュリティ機能を組み込むことで、アプリケーションセキュリティを強化するというユニークな取り組みが発表されている。

アプリケーションの性能監視のためにエージェントをアプリケーションサーバーにインストールするのは、かつてのAPM製品ではごく一般的なアプローチであったが、クラウドネイティブな分散型アーキテクチャーに基づくアプリケーションが増加してきた現在では、エージェントレスのアプローチが増えている。しかし、エージェントに付加機能を盛り込むことで、アプリケーション自体を改修しなくてもセキュリティ強化が図れるのは、ある意味で逆転の発想と言える。
アプリケーションパフォーマンスを含め、ユーザー体験を向上させるためにシステム全体のオブザーバビリティを向上させていく取り組みが広がっていくことが予想されるなか、ベンダー各社はそれぞれの強みを生かした製品開発を進めている。ユーザー企業の側でも、自社で重視する要素を明確化した上で適切な製品選びを行う“目利き”が、これまで以上に重要となってきそうだ。

コロナ禍の影響でデジタルトランスフォーメーション(DX)の進捗が数年分前倒しになった、などと言われるが、その後のデルタ株の蔓延などを受け、現時点ではコロナ禍以前の社会のあり方に戻る道筋は見えていない。顧客接点やビジネストランザクションをリアルからオンラインへと移行する流れは継続されると考える必要がありそうだ。デジタルな接点の品質競争がビジネスの成果を左右する時代になったことで、改めてAPM(Application Performance Management:アプリケーション性能管理)の重要性も高まっている。
(取材・文/渡邉利和 編集/日高 彰)
難しさを増す性能監視
APM製品の歴史は長く、さまざまな製品が市場に投入されてきたが、アプリケーションのアーキテクチャーのトレンドの影響を受けるため、同じAPMという名称で呼ばれていても、その内容は時代によって異なっている。メインフレーム時代のアプリケーションのパフォーマンス監視と、クライアント/サーバー時代とでは異なるし、さらに現在ではクラウド環境に対応し、コンテナ化されたアプリケーションや外部APIの活用を前提としたアプリケーションのパフォーマンス監視が必要とされるようになってきている。名称としても“APM”という呼び方自体がやや古くなっている印象で、現在では“オブザーバビリティ(可観測性)ソリューション”などと呼ぶ例が増えてきている。現在市場でメジャーな製品としては、「Dynatrace」「AppDynamics」「New Relic」「Datadog」などが挙げられるだろう。
前述の通り、かつてのメインフレーム1台で全てが完結していた時代や、IPネットワーク上で3階層アーキテクチャーなどに基づいた分散アプリケーションを運用していた時代には、それぞれ対応するアプリケーション性能監視の手法があったが、現在はクラウドやコンテナ、外部APIといった要素を考慮する必要があるため、状況が複雑化している。
このため、アプリケーションに性能問題などが生じた場合にもどこに原因があるのかすぐには判断できない。APMなどのツールを用いてデータを収集し、的確な分析を行うことの重要性が、これまで以上に高まっていると言うこともできる。
コロナ禍という想定外の環境変化が2020年から世界を覆っており、およそ1年半が経過した現在においても収束のめどは立っていない。そのため、さまざまな活動をオンラインで実施する流れも変わらず、オンラインでユーザーにどのような体験価値を提供できるかが重要になっている。
かつて「Webサイトでおおよそ7秒程度待たされるとユーザーは離脱してしまう」と言われていたが、グーグルが17年に発表した分析結果によると、こうした傾向はモバイルユーザーではさらに顕著で、表示完了までに3秒以上かかると53%のユーザーはページを離れるとされている。コロナ禍の影響でビジネスの主戦場と言えるまでに重要性を増したオンラインサービスで競合優位を確保するには、ユーザーが日々体感しているサービス品質を正しく把握し、より良いものに改善していくことが不可欠と言える。そのためのツールとしてAPMの重要性もまた高まっている形だ。
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