Special Feature
DXのリファレンスを打ち出せるか ITベンダーが自ら手掛けるデジタル一次産業
2021/09/13 09:00
週刊BCN 2021年09月13日vol.1890掲載

業種を問わず、多くの企業がデジタルテクノロジーを活用した新規事業や既存事業のアップデートに取り組み始めている。ただし、エンジニアの確保やデジタル活用のノウハウの蓄積など、そのための準備は一朝一夕に整うものではない。ならば、ITベンダーが非ITの実業に進出して、新しいデジタルビジネスのリファレンスをつくりあげるという考え方も有効ではないか。そんな動きが、第一次産業で加速しつつある。
(取材・文/石田仁志 編集/藤岡 堯)
待ちの姿勢からショーケースモデルへ
デジタルトランスフォーメーション(DX)がブームとなり、各企業の経営計画の中には、軒並みデジタルを活用した新規事業という文言が登場している。ITベンダーにとって、この状況は商機であろう。しかし、従来の受託開発ビジネスのように「技術はあります」と言って待ちの姿勢でいては、チャンスを逃す可能性が高い。デジタル活用ブームの中、ユーザー企業は知見を得るために今まで外部任せだったシステム開発の内製化を進める方向にある。これはSI会社やソフト開発会社との関係が変化しつつある兆候とも言える。今までと同じことをしていては、SI会社やソフト開発会社のビジネスは先細っていく一方だ。ユーザー企業のDXやビジネスの成長を本質的に支援して十分な対価を得る工夫が必要になる。その文脈で差別化できる強みを得るための究極の方法とも言えそうなのが、ITベンダー自身が非ITの実業に乗り出し、デジタルビジネスの範を示すことだ。自らの実践をショーケースとして、成果が実証された業種ソリューションを売り込める上、ITベンダーの域を超え、ゲームチェンジャーとなって新たな市場を獲得できるかもしれない。もちろん、そこには共創やオープンイノベーションも必要になるだろうが、ユーザー企業とITベンダーの新たな付き合い方も見えてくる。
農林水産業のDXをITベンダーが実践
そうした動きが顕著になっている代表的な産業領域が第一次産業(農林水産業)だ。第一次産業は就労人口の減少、高齢化、食糧自給率の下げ止まり、耕作放棄地の増加など課題が山積みであり、その解決策としてデジタル技術を活用できる余地は大きい。さらに、明確な生産物があり、利用できる土地が広いなどの物理的な要因から、ドローンやIoT、AIといった最新技術の活用もイメージしやすい。IT業界からの注目も大きく、スマート農業やアグリテックとしてソリューションも用意されてきたが、ITベンダーが単に技術をアピールするだけでは、本当に顧客に価値をもたらすことができるのか、疑問視される部分もあったと言える。ITソリューションを第一次産業の現場に届けるには、それが事業の成功に結び付くものであることをユーザーに理解してもらわねばならない。さらに言えば、生産性が高まって“儲かる”ことを実証する必要がある。こうした背景があり、情報通信企業が自らの事業として第一次産業を手がけ、DXを先導する事例が出てきているのだ。本特集では「デジタル一次産業」の専業会社を立ち上げ実業に挑戦する大手2社の動きを紹介する。
NTT東日本/NTTアグリテクノロジー
スマート農業の専業会社で実践ノウハウを蓄積
NTT東日本は従来、農業を始めとする第一次産業向けのICTサービスを提供してきたが、2019年にスマート農業分野を一つの新規事業軸として切り出し、専業会社の「NTTアグリテクノロジー」を設立した。いわゆる「農業IT」を手がけるITベンダーは多いが、NTTアグリテクノロジーの特徴は自社ファームを運営して実際に農作物づくりに取り組む点にある。自社ファームは現在、山梨県中央市と東京都調布市(NTT中央研修センタ内)の2カ所に設置。山梨では、欧州で展開されている大規模な次世代施設園芸を国内農業の実態に即した形に落とし込むための検証を行い、東京では都と連携して5Gなどの先端技術を活用した未来型農業のあり方を探っている。
「より迫力のある、実態に即した提案ができるように、実際に自分たちが経験してノウハウを溜めていく必要があると考えている。実証ファームを構築してノウハウを蓄積し、生産という現場を起点としてゆくゆくは加工から流通、販路までを見据えたトータルソリューションを提供していきたい」と、NTT東日本経営企画部営業戦略推進室の中込広大・担当課長はビジネスモデルを説明する。
次世代施設園芸ソリューションの確立を目指すとともに、「各自治体や各地域の農業生産者が抱えている課題を、ICTソリューションやネットワーク技術を活用して解決していくことが我々のミッション」(NTT東日本経営企画部営業戦略推進室の吉澤尚史・主査)と位置付ける。NTTアグリテクノロジーは実際に、従来のNTT東日本の取り組みと連動して現実を見据えたサービスの提供も行っている。
例えば山梨市では、自治体やJAなどと連携した「農業を起点としたスマートシティ」の取り組みが進行中である。17年に始まったスマート農業の取り組みが大きく拡大しており、整備した無線ネットワークを農作物の盗難・鳥獣被害対策、河川水位や地崩れなどの監視といった災害対策、高齢者の見守りなどに活用し、地域社会に幅広く役立てる試みも始まっている。このインフラを活用すれば、個人農家でもスマート農業に参入しやすくなる。「まずは現在の取り組みから派生した農業ICTソリューションを展開しつつ、時代に即した形でスマート農業を広げていく」(中込担当課長)と先を見据える。
NECネッツエスアイ/ネッツフォレスト陸上養殖
世界展開を視野にサーモンの陸上養殖事業に挑戦
NECネッツエスアイは、パートナーとの共創とデジタル技術の活用によって新規事業を創出するという中長期計画を掲げており、その第1弾として2019年から陸上養殖事業に参入している。サケマス魚類の養殖事業において、国内で最大の実績を持つ「林養魚場」と提携し、合弁会社のネッツフォレスト陸上養殖を設立。NECネッツエスアイのICT・デジタル技術と林養魚場のノウハウを組み合わせ、サーモンの循環式陸上養殖の手法を確立してフランチャイズモデルとして展開するほか、養殖したサーモンも販売する計画だ。循環式陸上養殖は、陸上に養殖場を建設し、クリーンな地下水を建物内で循環させて魚を育てる。現在、山梨県西桂町で試験場を構築して養殖を開始するとともに、陸上養殖用の専用工場を建設中である。工場内ではサーモンの状態を管理するためにローカル5GやAI、画像認識といった最新技術を活用し、デジタル制御で魚を養殖する。ネッツフォレスト陸上養殖の貴田剛社長は「循環式陸上養殖とはプラントを管理するようなものなのでNECネッツエスアイの事業と親和性が高い」と話す。
インフラの整備と併せて、安全でエシカルな(地球環境や地域社会の保全に配慮した)養殖法の確立にも取り組む。「天然水を使用」して「温度を常に管理」「無投薬」で「世界基準の安全・安心な卵・稚魚を使用」し、「環境に優しい餌を使用」するという独自の規格を制定。それをトレーサビリティ技術で見える化し、「ジャパンサーモン」としてブランド化していく。
事業展開の際には、ネッツフォレスト陸上養殖が養殖ノウハウやテストラボで得た情報を蓄積し、AIを活用した分析も可能な統合管理環境をクラウド上に“頭脳”として保有。フランチャイジーの工場をネットワークでつなぎ、西桂町や各工場におけるサーモンの育ち方などのデータを管理して各フランチャイジーにも反映していく。これにより、小規模な養殖事業者も専門性の高い循環式陸上養殖事業に参入しやすくする。
ネッツフォレスト陸上養殖はこの世界初となるフランチャイズモデルを「水産業のテスラモデル」として国内外に展開し、「水産業界のDXを自らの手で実践していく」(貴田社長)という大望を掲げている。
取材後記
社会的課題に向き合う新事業
二つの取り組みに通底するのは、社会的課題の解決を目標に据えている点だ。NTT東日本とNTTアグリテクノロジーは農業分野の人手不足や技術継承などを念頭に事業展開を行い、NECネッツエスアイとネッツフォレスト陸上養殖は食糧問題の改善や環境保全をはじめとする持続可能な社会の実現を目指している。いずれも技術単体の切り売りだけでは対応しきれない大きな課題であること、また、企業としての“本気度”を顧客に示す意味でも、会社を立ち上げ、事業を展開する意味がある。ベンダーが示す課題解決への強いメッセージを肯定的に捉える顧客が増えることで、同様の取り組みが今後さらに広がっていく可能性は大いにあるだろう。

業種を問わず、多くの企業がデジタルテクノロジーを活用した新規事業や既存事業のアップデートに取り組み始めている。ただし、エンジニアの確保やデジタル活用のノウハウの蓄積など、そのための準備は一朝一夕に整うものではない。ならば、ITベンダーが非ITの実業に進出して、新しいデジタルビジネスのリファレンスをつくりあげるという考え方も有効ではないか。そんな動きが、第一次産業で加速しつつある。
(取材・文/石田仁志 編集/藤岡 堯)
待ちの姿勢からショーケースモデルへ
デジタルトランスフォーメーション(DX)がブームとなり、各企業の経営計画の中には、軒並みデジタルを活用した新規事業という文言が登場している。ITベンダーにとって、この状況は商機であろう。しかし、従来の受託開発ビジネスのように「技術はあります」と言って待ちの姿勢でいては、チャンスを逃す可能性が高い。デジタル活用ブームの中、ユーザー企業は知見を得るために今まで外部任せだったシステム開発の内製化を進める方向にある。これはSI会社やソフト開発会社との関係が変化しつつある兆候とも言える。今までと同じことをしていては、SI会社やソフト開発会社のビジネスは先細っていく一方だ。ユーザー企業のDXやビジネスの成長を本質的に支援して十分な対価を得る工夫が必要になる。その文脈で差別化できる強みを得るための究極の方法とも言えそうなのが、ITベンダー自身が非ITの実業に乗り出し、デジタルビジネスの範を示すことだ。自らの実践をショーケースとして、成果が実証された業種ソリューションを売り込める上、ITベンダーの域を超え、ゲームチェンジャーとなって新たな市場を獲得できるかもしれない。もちろん、そこには共創やオープンイノベーションも必要になるだろうが、ユーザー企業とITベンダーの新たな付き合い方も見えてくる。
農林水産業のDXをITベンダーが実践
そうした動きが顕著になっている代表的な産業領域が第一次産業(農林水産業)だ。第一次産業は就労人口の減少、高齢化、食糧自給率の下げ止まり、耕作放棄地の増加など課題が山積みであり、その解決策としてデジタル技術を活用できる余地は大きい。さらに、明確な生産物があり、利用できる土地が広いなどの物理的な要因から、ドローンやIoT、AIといった最新技術の活用もイメージしやすい。IT業界からの注目も大きく、スマート農業やアグリテックとしてソリューションも用意されてきたが、ITベンダーが単に技術をアピールするだけでは、本当に顧客に価値をもたらすことができるのか、疑問視される部分もあったと言える。ITソリューションを第一次産業の現場に届けるには、それが事業の成功に結び付くものであることをユーザーに理解してもらわねばならない。さらに言えば、生産性が高まって“儲かる”ことを実証する必要がある。こうした背景があり、情報通信企業が自らの事業として第一次産業を手がけ、DXを先導する事例が出てきているのだ。本特集では「デジタル一次産業」の専業会社を立ち上げ実業に挑戦する大手2社の動きを紹介する。
この記事の続き >>
- NTT東日本/NTTアグリテクノロジー スマート農業の専業会社で実践ノウハウを蓄積
- NECネッツエスアイ/ネッツフォレスト陸上養殖 世界展開を視野にサーモンの陸上養殖事業に挑戦
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