Special Feature
ある学習塾の2年越しの挑戦 ローコード開発で基幹システムを刷新 内製化比率を高めてブラックボックス化を防ぐ
2021/10/14 09:00
週刊BCN 2021年10月11日vol.1894掲載

学習塾経営の東京個別指導学院は、ローコード開発基盤のOutSystemsを活用して基幹業務システムを刷新した。この9月から学習管理「eSchoolシステム」を本稼働させ、その後、授業料管理「販売管理システム」を順次稼働させる。OutSystemsを採用した理由は、東京個別指導学院の社内である程度システムの手直しや改良を行えるよう内製化を推進するためだ。過去10年余り使ってきた基幹システムは、ユーザーやベンダーの担当者の交代が進むたびに構造が分からなくなってブラックボックス化。基幹システムが経営方針や事業の実態から徐々に乖離してしまった反省を踏まえ、ユーザー自身で継続して保守、改良できる体制に変えることでブラックボックス化を未然に防ぐ。
(取材・文/安藤章司)
ローコード基盤にOutSystemsを採用
東京個別指導学院では、260余りの直営教室で3万人を超える生徒が学んでいる。講師は大学生を中心に約1万2000人の陣容だ。教室ごとに細かな改善を積み重ね、生徒の難関大学への合格数を後押ししている。2014年国公立・有名私立大への合格実績を「100」とした場合、21年は「216」と倍増以上を達成。その一方で、会社の業績や生徒の難関大への合格数を支える情報システム面では、大きな問題を抱えていた。過去10年余り使い続けてきた基幹業務システムは、担当者の異動などでブラックボックス化しており、現場の改善や外部環境への変化適応、新しい経営方針に対応できなくなっていた。とりわけ全社的に蓄積されている学習に関わるデータを分析し、改善に向けたPDCAをより正確に、効率よく回していく上での障壁になっていた。ブラックボックス化したままの基幹システムでは対応が難しく“刷新やむなし”と基幹システムの入れ替えに傾いた。
しかし、新しいシステムへ刷新するにも、従前の基幹システムのように、早晩ブラックボックス化する轍を再度踏んでしまう危険性が拭いきれない。そこで、着目したのが東京個別指導学院の情報システム部門が主体となって継続的な改良、手直しを行えるようにする内製化の体制づくりと、そのツールとしてのローコード開発の手法だった。
本格的なプログラムコードを書かなくても開発が可能なローコード開発基盤を活用すれば、社内の情報システム部門でも継続的な改良が行えると見たからだ。
東京個別指導学院は、今から3年余り前の18年6月にアビームコンサルティングに相談を持ちかけ、情報システムを再びブラックボックス化させないための検討入る。1年ほどの時間をかけて実証実験を行いつつ、基幹システム刷新の基本的な方向性を固めていった。ローコード開発の基盤はOutSystemsが適しているとの判断に至り、19年6月から基幹システム刷新のプロジェクトが正式にスタートした。
アビームコンサルティングのほかに、OutSystemsを日本市場に初めて導入し、同基盤を活用したSIの専門的な技術・ノウハウを持つBlueMeme(ブルーミーム)が支援役として加わり、東京個別指導学院とアビームコンサルティング、BlueMemeの3社の布陣でプロジェクトを推進していくことになる。
徹底したデータ活用でPDCAを回す
経営トップが示す大きな方向性は、スタッフや講師がチームとなって生徒の視点に立った個別指導を行う「ホスピタリティ経営」だ。今年度(22年2月期)から始まった3カ年の中期経営計画を「ホスピタリティ経営2023」と命名し、ホスピタリティを重視する経営姿勢を明確に打ち出している。東京個別指導学院では、講師と生徒が二人三脚となって学力を伸ばしていくスタイルであり、生徒の目的・学力・性格に合わせた完全オーダーメイドのカリキュラムを作成している。家庭教師のきめ細かさと学習塾のデータ、ノウハウを兼ね備えている点を強みとする。東京個別指導学院の齋藤勝己社長は、「生徒の学力の向上はもちろん、教えることを通じて講師にも成長してもらう。ホスピタリティとは“生徒のために何ができるのか”を考えるところから始まる」と話す。齋藤社長は、1998年に入社する以前、新卒で大手ホテルに勤めていた経歴を持ち、「ホテルのスタッフが一丸となって客をもてなすホスピタリティが経営指針づくりの原体験となった」と話す。ホスピタリティ経営を実践するに当たって、情報システム部門には「徹底したデータ活用」を求めた。
生徒3万人余りに対し、講師1万2000人がどのような指導をして、学力がどの程度向上し、大学進学先はどうだったかなど追跡し、改善につなげていく仕組みは、残念ながらすでにブラックボックス化してしまった基幹システムでの実現は難しかった。「学力向上と同じで、基礎から固めていかなければ、生徒数と同じ3万通り超の学習カリキュラムをつくり続けるのは困難」(東京個別指導学院の塚越隆行・IT戦略室室長)と話す。オーダーメイドの学習カリキュラムに基づく個別指導を売りにしていたるだけあって、情報システムの刷新は急務だった。
刷新の対象となったのは学習管理「eSchoolシステム」と、授業料管理「販売管理システム」の二つ。学習塾ならではの基幹システムであり、前者は講師と生徒の予定を管理して授業の配置を決めるシステム、後者は授業料の算出や、算出した授業料の請求を行うものである。eSchoolシステムはオーダーメイドのカリキュラムを管理し、改善のためのPDCAを回していく文字通りの「基礎」となるものだ。
激変する事業環境へ素早く適応
19年6月からeSchoolシステムと販売管理システムの刷新プロジェクトが始まって2年余りたった今年9月に、eSchoolシステムの本稼働にこぎ着けた。販売管理システムも順次稼働させる。ローコード開発のOutSystemsを活用し、アジャイル開発の手法も取り入れながら開発したにも関わらず、2年の時間がかかった。その最大の要因は、「東京個別指導学院の情報システムに携わる方々に、OutSystemsを使った開発をしっかり学んでもらうため」だと、システム構築を支援したアビームコンサルティングの一岡敦也・Digital TechnologyビジネスユニットITMSセクター長は話す。
開発に当たってITベンダーのSEに頼りっきりでは、OutSystemsを使うスキルが身につかず、前回と同じように10年後にブラックボックス化してしまう危険性が高い。また、ウォーターフォール型の開発手法ほど厳密な要件定義や仕様書を求めないアジャイル開発の手法の割合を増やせば増やすほど、ユーザー自身がシステムの中身をよく理解していないと開発の継続がより難しくなってしまう。
折しも、新システムを開発期間中にコロナ禍が発生して外部環境は激変。感染拡大を防止する観点からオンライン個別指導をスタートし、受験生を中心に約9000人がオンラインで受講するなど事業の進め方も大きく変わった。東京個別指導学院は首都圏、関西圏など大都市圏を中心に教室を展開しているが、オンライン個別指導を始めた副次的な効果として、「教室がない地域をオンラインで結んで個別指導が可能である」(齋藤社長)ことも実体験として経験した。
コロナ禍の初期にやむを得ず教室を閉めざるを得ない時期があったことから、20年3-7月の5カ月間の新規入会生徒数は前年同期比43.1%減の9451人と落ち込んだが、オンライン個別指導が本格化した20年8月以降の7カ月間は前年同期比27.6%増の1万3139人と過去最高に到達。オンライン個別指導という過去になかった取り組みは、応用の仕方によっては新しいビジネスチャンス、ゲームチェンジの転機になる可能性が高く、そうした新しい指導に関するデータを蓄積し、分析していくことでより効果的な学習指導へと発展させていく道筋も見える。
新しい学習管理システムは、「本稼働して終わりではなく、ホスピタリティ経営の一層の追求、オンライン個別指導といった新しいチャネルを活用した学習効果の分析など、今後も継続的に改良を続けていく」(塚越IT戦略室室長)と、OutSystemsによる内製化シフトの強みを生かしていく。
ホスピタリティ・ウィズ・デジタル
ITベンダー側から見ると、ローコード開発基盤やアジャイル開発の手法を取り入れたプロジェクトで成否を決めるのは、ユーザー企業の経営陣と情報システム部門、ベンダーの「三位一体となった推進体制」だとアビームコンサルティングの一岡・ITMSセクター長は話す。OutSystemsの技術的な支援役として参加したBlueMemeの松岡真功社長は、「データを活用しながら基幹システムをアジャイル的に改良していくには、ユーザー企業の経営陣との距離の近さが非常に重要になる」と指摘している。
ローコード開発基盤によって内製化率を高めることは、必然的にユーザーが自主的に課題を抽出し、システムの改善案をまとめる力量が求められる。今回の基幹システム刷新プロジェクトに2年余りの時間をかけたのは、まさにこの実力をつけるためでもある。ユーザー主導でアジャイル的なシステム改良を計画・実行し、ベンダーは技術的に難しいところの相談に乗ったり、側面から支援するといった関係になる。これまでのようにベンダーからの提案を受け身で待つ姿勢では立ち行かない。
東京個別指導学院の齋藤社長は、「ビジネスは必ずといっていいほど“目に見えないもの”によって支えられている」とし、ホスピタリティ経営を実現するツールとして最新のデジタル技術を活用する「ホスピタリティ・ウィズ・デジタル」の経営戦略を示し、情報システム部門が主体となって実行する。経営戦略と実行の部分を分離させず、生徒の学力向上に向かってまっすぐに取り組む。情報システム部門の力量、ベンダーの適切な助言が、ローコード開発基盤を使った今回の基幹システム刷新の真価を決めるポイントになると言える。
東京個別指導学院では、30年までの中長期ビジョンで講師数2万人、在籍生徒数6万人、主力の個別指導事業の売上高400億円と、それぞれ直近の2倍にする目標を掲げている。基幹システムはそうした指標を実現する上で極めて重要な役割を担っていくことになる。

学習塾経営の東京個別指導学院は、ローコード開発基盤のOutSystemsを活用して基幹業務システムを刷新した。この9月から学習管理「eSchoolシステム」を本稼働させ、その後、授業料管理「販売管理システム」を順次稼働させる。OutSystemsを採用した理由は、東京個別指導学院の社内である程度システムの手直しや改良を行えるよう内製化を推進するためだ。過去10年余り使ってきた基幹システムは、ユーザーやベンダーの担当者の交代が進むたびに構造が分からなくなってブラックボックス化。基幹システムが経営方針や事業の実態から徐々に乖離してしまった反省を踏まえ、ユーザー自身で継続して保守、改良できる体制に変えることでブラックボックス化を未然に防ぐ。
(取材・文/安藤章司)
ローコード基盤にOutSystemsを採用
東京個別指導学院では、260余りの直営教室で3万人を超える生徒が学んでいる。講師は大学生を中心に約1万2000人の陣容だ。教室ごとに細かな改善を積み重ね、生徒の難関大学への合格数を後押ししている。2014年国公立・有名私立大への合格実績を「100」とした場合、21年は「216」と倍増以上を達成。その一方で、会社の業績や生徒の難関大への合格数を支える情報システム面では、大きな問題を抱えていた。過去10年余り使い続けてきた基幹業務システムは、担当者の異動などでブラックボックス化しており、現場の改善や外部環境への変化適応、新しい経営方針に対応できなくなっていた。とりわけ全社的に蓄積されている学習に関わるデータを分析し、改善に向けたPDCAをより正確に、効率よく回していく上での障壁になっていた。ブラックボックス化したままの基幹システムでは対応が難しく“刷新やむなし”と基幹システムの入れ替えに傾いた。
しかし、新しいシステムへ刷新するにも、従前の基幹システムのように、早晩ブラックボックス化する轍を再度踏んでしまう危険性が拭いきれない。そこで、着目したのが東京個別指導学院の情報システム部門が主体となって継続的な改良、手直しを行えるようにする内製化の体制づくりと、そのツールとしてのローコード開発の手法だった。
本格的なプログラムコードを書かなくても開発が可能なローコード開発基盤を活用すれば、社内の情報システム部門でも継続的な改良が行えると見たからだ。
東京個別指導学院は、今から3年余り前の18年6月にアビームコンサルティングに相談を持ちかけ、情報システムを再びブラックボックス化させないための検討入る。1年ほどの時間をかけて実証実験を行いつつ、基幹システム刷新の基本的な方向性を固めていった。ローコード開発の基盤はOutSystemsが適しているとの判断に至り、19年6月から基幹システム刷新のプロジェクトが正式にスタートした。
アビームコンサルティングのほかに、OutSystemsを日本市場に初めて導入し、同基盤を活用したSIの専門的な技術・ノウハウを持つBlueMeme(ブルーミーム)が支援役として加わり、東京個別指導学院とアビームコンサルティング、BlueMemeの3社の布陣でプロジェクトを推進していくことになる。
徹底したデータ活用でPDCAを回す
経営トップが示す大きな方向性は、スタッフや講師がチームとなって生徒の視点に立った個別指導を行う「ホスピタリティ経営」だ。今年度(22年2月期)から始まった3カ年の中期経営計画を「ホスピタリティ経営2023」と命名し、ホスピタリティを重視する経営姿勢を明確に打ち出している。東京個別指導学院では、講師と生徒が二人三脚となって学力を伸ばしていくスタイルであり、生徒の目的・学力・性格に合わせた完全オーダーメイドのカリキュラムを作成している。家庭教師のきめ細かさと学習塾のデータ、ノウハウを兼ね備えている点を強みとする。東京個別指導学院の齋藤勝己社長は、「生徒の学力の向上はもちろん、教えることを通じて講師にも成長してもらう。ホスピタリティとは“生徒のために何ができるのか”を考えるところから始まる」と話す。齋藤社長は、1998年に入社する以前、新卒で大手ホテルに勤めていた経歴を持ち、「ホテルのスタッフが一丸となって客をもてなすホスピタリティが経営指針づくりの原体験となった」と話す。ホスピタリティ経営を実践するに当たって、情報システム部門には「徹底したデータ活用」を求めた。
生徒3万人余りに対し、講師1万2000人がどのような指導をして、学力がどの程度向上し、大学進学先はどうだったかなど追跡し、改善につなげていく仕組みは、残念ながらすでにブラックボックス化してしまった基幹システムでの実現は難しかった。「学力向上と同じで、基礎から固めていかなければ、生徒数と同じ3万通り超の学習カリキュラムをつくり続けるのは困難」(東京個別指導学院の塚越隆行・IT戦略室室長)と話す。オーダーメイドの学習カリキュラムに基づく個別指導を売りにしていたるだけあって、情報システムの刷新は急務だった。
刷新の対象となったのは学習管理「eSchoolシステム」と、授業料管理「販売管理システム」の二つ。学習塾ならではの基幹システムであり、前者は講師と生徒の予定を管理して授業の配置を決めるシステム、後者は授業料の算出や、算出した授業料の請求を行うものである。eSchoolシステムはオーダーメイドのカリキュラムを管理し、改善のためのPDCAを回していく文字通りの「基礎」となるものだ。
この記事の続き >>
- OutSystemsによる内製化シフト 新しい学習管理システムで激変する事業環境へ素早く適応
- ユーザー企業の経営陣と情報システム部門、ベンダーの三位一体で内製化を推進
続きは「週刊BCN+会員」のみ
ご覧になれます。
(登録無料:所要時間1分程度)
新規会員登録はこちら(登録無料) ログイン会員特典
- 注目のキーパーソンへのインタビューや市場を深掘りした解説・特集など毎週更新される会員限定記事が読み放題!
- メールマガジンを毎日配信(土日祝をのぞく)
- イベント・セミナー情報の告知が可能(登録および更新)
SIerをはじめ、ITベンダーが読者の多くを占める「週刊BCN+」が集客をサポートします。 - 企業向けIT製品の導入事例情報の詳細PDFデータを何件でもダウンロードし放題!…etc…
- 1
