Special Feature
デジタル田園都市国家構想 5.7兆円で地方のIT実装を推進する
2022/02/21 09:00
週刊BCN 2022年02月21日vol.1911掲載

岸田内閣が看板政策の一つとしている「デジタル田園都市国家構想」が、具体化に向けて動き始めた。デジタル技術を活用して地方が抱える課題を解決し、地方が自らボトムアップの形で活性化を図ることで、国全体の成長と、持続可能な経済社会の実現につなげる。2022年度までに5兆7000億円という巨大な予算はどのように投じられ、IT市場にいかなる影響を与えるのか。
(取材・文/日高 彰、安藤章司)
「『デジタル田園都市国家構想』を実現するため、地方における官民のデジタル投資を大胆に増加させる“デジタル投資倍増”に取り組む」
1月4日、岸田文雄首相は年頭の記者会見でこのように述べ、今年は「官民のデジタル投資を倍増」すると宣言した。首相は昨年12月6日の所信表明演説で「『新しい資本主義』の主役は地方。デジタルによる地域活性化を進め、さらには地方から国全体へ、ボトムアップの成長を実現していく」としたほか、今年1月17日の施政方針演説でも同内容を繰り返し、国と地方のデジタル化を成長戦略の中心に据える方針を強調。その具体的な施策となるのが、デジタル田園都市国家構想だ。
この構想は降って湧いたものではなく、20年、自民党でIT関連の政策提言を行うデジタル社会推進特別委員会(当時の事務局長は牧島かれん衆議院議員)が、「デジタル・ニッポン2020」としてまとめたリポートの中で登場した。名称の下敷きとなったのは、1970年代に大平正芳元首相が提唱した「田園都市国家構想」。大都市集中型ではなく、都市と農村が融合した「田園都市」(現在で言う中核市の規模を想定)を全国津々浦々に生み、それらが自立しながら連携することで国を形成しようという国家観である。
大平内閣では実現しなかったこのビジョンを、デジタル技術の力をもって作りあげようとするのが、岸田首相のデジタル田園都市国家構想だ。地方の活性化や、都市部と地方の格差解消といった課題は、何十年にもわたって政治の場で議論されてきたテーマの一つだったが、なぜ今のタイミングでこれが特に主要な政策として取りざたされるのか。言うまでもなく、背景にあるのはここ2年の新型コロナ禍である。
保健所がコロナ対応の事務手続きで忙殺されるなど、自治体業務の効率化の遅れが浮き彫りとなり、民間においても紙ベースで構築された業務プロセスのせいで、バックオフィス部門が「ハンコ出社」を強いられるといったように、日本におけるデジタル技術の活用は官民ともに遅れが指摘されている。
その一方で、オフィスへの出社が禁忌される状況に強制的に置かれたことで、テレワークは一気に普及した。場所を選ばないワークスタイルが広がった影響で、東京都への転入者は20年、21年と過去最低水準を更新しており、人々の意識はこれまでの東京一極集中から徐々に変わり始めている。コロナ禍で社会の構造が大きく変わった今、日本社会全体の課題となっているデジタル技術の普及を促進することで、高齢化や過疎化といった地方の課題を解決し、同時に岸田内閣が掲げる経済政策である「成長と分配」を実現していこうというねらいがこの構想にはある。
構想が推進する4つのテーマ
昨年11月に開かれた「デジタル田園都市国家構想実現会議」の初会合では、同構想を通じてどのような社会を目指すのか、その全体像が示された。テーマは以下の四つで、これに沿って地方のデジタル化支援が行われる。言い換えれば、これらの分野に対して政府は資金を投下するということになる。1. デジタル基盤の整備
四つのテーマの中で最も「公共事業」色が強いのが、この基盤整備である。昨年9月に発足したデジタル庁が中心となり、全国をカバーする新しいITインフラや、行政におけるデータ連携のための仕組みを整える事業となる。
具体的には、5G基地局の整備を推進し、23年度までに人口カバー率を90%以上とする「携帯電話等エリア整備事業」や、30年度までに99.9%の世帯で光ファイバーを利用可能とする「高度無線環境整備推進事業」、日本を一周する海底ケーブルを敷設し、向こう5年程度の間で全国に十数カ所設ける地方データセンターを結ぶ「デジタル田園都市スーパーハイウェイ」などが挙げられている。
このほか、22年度にほぼ全国民に行き渡らせるとしているマイナンバーカードの普及促進、25年度までに行う地方自治体の基幹業務システムの標準化および、その基盤となるガバメントクラウドの整備などもこのテーマに含まれる。
2. デジタル人材の育成・確保
デジタル技術の活用が急務と認識しながらも、それ進まない大きな原因の一つが、デジタル人材の不足である。これを解決するため政府は、22年度から5年間で、地域で活躍できるデジタル人材を新たに230万人確保する目標を掲げており、22年度は25万人、24年度末までに年間45万人のデジタル推進人材を育成できる体制を構築するとしている。また、15年の国勢調査によると、全国のIT技術者のうち約6割が東京・神奈川・千葉・埼玉の1都3県に集中しているといい、人材の偏在解消も課題となる。
施策としては、大学や高専における数理・データサイエンス教育を推進し、24年度末までに年間17万人の人材を供給できるようにするほか、教育訓練給付金や人材開発支援助成金、公的職業訓練を通じて同年間13万5000人を拡充する。さらに、民間企業に対する「DX銘柄」「DX認定制度」等の人材育成促進施策や、公務員や特定分野の産業における支援施策などを通じて、同年間16万6000人を確保する計画だ。
なお、ここで言うデジタル推進人材とは、デジタル技術を活用した事業推進役となるビジネスアーキテクト、データサイエンティスト、開発・運用技術者、セキュリティスペシャリスト、UI/UXデザイナーなどを指しているが、各省庁が行う具体的な施策を見ると、必ずしも高度なエンジニアやアーキテクトを育成することだけを目的とはしておらず、「ITリテラシーの高い人」を増やすレベルの取り組みも少なからず含まれている。現在国内でIT・通信業界に従事する技術者の数は100万人程度と言われており、これを5年で230万人増やすというのはかなり野心的な目標だが、数字だけがやや先行している感もある。
3. 地方の課題を解決するためのデジタル実装
前出の二つのテーマは、地方におけるデジタル活用を広げるためのインフラにあたるのに対し、三つめのテーマはそのようにして構築した基盤を利用して、どのようなサービスを実現していくかの、アプリケーション部分に相当する。
このテーマにおける取り組みは非常に幅広い分野にわたるため一部のみ抜粋するが、例えば25年度までの目標として、内閣府が取り組むスマートシティ・スーパーシティの構築で100地域における実装、農林水産省が推進するスマート農業ではほぼすべての農家がデータの活用を実践、国土交通省および経済産業省が進めるMaaS(Mobility as a Service)では新たなモビリティサービスに取り組む自治体数を700団体以上にするといったように、施策ごとにKPIを設けて地方のデジタル化を支援していく。
また、既に実施している、先進的な取り組みを行う自治体を支援する地方創生推進交付金や地方創生拠点整備交付金について、よりデジタル分野での助成を手厚くしたほか、新たに「デジタル田園都市国家構想推進交付金」を創設し、地域の課題解決や魅力向上へのデジタル技術の活用を支援していく。
4. 誰一人取り残されないための取り組み
デジタル庁発足にあたっての基本政策には「誰一人取り残さないデジタル社会の実現」が掲げられており、誰もがデジタル社会の恩恵を享受できるようにするための施策がこのテーマには含まれる。
特徴的なのは、22年度中に全国1万人の「デジタル推進委員」を配置するというもの。情報機器に不慣れな人に対して、スマートフォンを使った行政手続きの方法を説明するといった役割を担う。実際の活動場所としては自治体の公共施設のほか、携帯電話販売店と連携するといった形も検討されている。
ITベンダーの活躍の場は
昨年12月に開催されたデジタル田園都市国家構想実現会議の第2回では、各省庁が取り組むこれらデジタル関連施策のとりまとめが行われた。21年度補正予算と22年度当初予算案の合計は実に5兆7000億円と、デジタル関連予算としては過去最大の規模になった。IT業界からの注目が集まるのは、やはり国から自治体に対して行われる財政支援だろう。新設のデジタル田園都市国家構想推進交付金は、21年度補正予算で200億円が計上された。この交付金にはいくつかの体系が用意されているが、例えば今月中の募集開始が予定されている「デジタル実装タイプ・タイプ2」は、データ連携基盤を活用したスマートシティ構想などを支援するもの。高齢者の住民データをキーとして、利用者一人ひとりにパーソナライズされた移動サービスや医療サービスを提供するといったソリューションが想定されている。
交付金の条件としては、官民や民間同士での相互連携性を確保し、複数のサービス事業者がその一つのデータ基盤上でサービスを提供できる仕様であることが求められている。複数の自治体への横展開を前提としたプロジェクトを支援する交付金となっており、ベンダーにとっては将来的なビジネスの足がかりを作れる施策と言える。補助率は2分の1、交付上限は2億円だが、夏までにサービスを立ち上げられるプロジェクトに関しては、条件を優遇した「タイプ3」として申請することが可能で、この場合補助率は3分の2、交付上限は6億円となる。このほか、デジタル田園都市国家構想推進交付金に関しては、サテライトオフィスの開設や利用促進を通じた地方移住・地方活性化を支援する「地方創生テレワークタイプ」が用意されている。
ITインフラの整備や、地方におけるデジタルアプリケーションの導入については、このように目に見える形で支援が拡充されてきた。一方、依然として懸念が残るのが人材の問題である。野村総合研究所(NRI)の此本臣吾・会長兼社長は本紙の取材に対し、デジタル田園都市国家構想の枠組み自体には期待感を示すものの、「先進的なITによって経営を革新できるような、いわゆる『DX人材』が地方には圧倒的に足りていない」と指摘。地方が自立してデジタル化を進めるには、情報システムを大手ITベンダーに丸ごとアウトソースする従来のやり方から脱却すべく、地場のデジタル人材の育成に取り組むことが最優先課題との見方を示す。
「地方のユーザー企業がデジタル革新を盛り込んだRFP(提案依頼書)を作成しても、大手ITベンダーは都市部の大型案件で手一杯で、なおかつ地方は人材の数が足りない」(此本会長兼社長)ため、ITの“地産地消”を実現するのは容易ではないという。NRIではこのような地方の課題を解決するため、これまで自治体との連携で得てきた知見を生かし、IT人材の地元での就職を促進するスキル移転や、地方でのITスタートアップの支援などが行えないか検討している。
デジタル田園都市国家構想の中でも、IT企業や大学などのデジタル人材をチームとして地域に派遣する「DX地域活性化推進事業」が新たに予算化(22年度案で1億円を要求)されるなど、民間のデジタル人材と地方とのマッチングを支援する動きが加速している。公共分野で行われる“箱物”的なIT投資の受け皿だけになるのではなく、地域と二人三脚でデジタル化を推進できる人材供給源としての役割が、IT業界に期待されている。

岸田内閣が看板政策の一つとしている「デジタル田園都市国家構想」が、具体化に向けて動き始めた。デジタル技術を活用して地方が抱える課題を解決し、地方が自らボトムアップの形で活性化を図ることで、国全体の成長と、持続可能な経済社会の実現につなげる。2022年度までに5兆7000億円という巨大な予算はどのように投じられ、IT市場にいかなる影響を与えるのか。
(取材・文/日高 彰、安藤章司)
「『デジタル田園都市国家構想』を実現するため、地方における官民のデジタル投資を大胆に増加させる“デジタル投資倍増”に取り組む」
1月4日、岸田文雄首相は年頭の記者会見でこのように述べ、今年は「官民のデジタル投資を倍増」すると宣言した。首相は昨年12月6日の所信表明演説で「『新しい資本主義』の主役は地方。デジタルによる地域活性化を進め、さらには地方から国全体へ、ボトムアップの成長を実現していく」としたほか、今年1月17日の施政方針演説でも同内容を繰り返し、国と地方のデジタル化を成長戦略の中心に据える方針を強調。その具体的な施策となるのが、デジタル田園都市国家構想だ。
この構想は降って湧いたものではなく、20年、自民党でIT関連の政策提言を行うデジタル社会推進特別委員会(当時の事務局長は牧島かれん衆議院議員)が、「デジタル・ニッポン2020」としてまとめたリポートの中で登場した。名称の下敷きとなったのは、1970年代に大平正芳元首相が提唱した「田園都市国家構想」。大都市集中型ではなく、都市と農村が融合した「田園都市」(現在で言う中核市の規模を想定)を全国津々浦々に生み、それらが自立しながら連携することで国を形成しようという国家観である。
大平内閣では実現しなかったこのビジョンを、デジタル技術の力をもって作りあげようとするのが、岸田首相のデジタル田園都市国家構想だ。地方の活性化や、都市部と地方の格差解消といった課題は、何十年にもわたって政治の場で議論されてきたテーマの一つだったが、なぜ今のタイミングでこれが特に主要な政策として取りざたされるのか。言うまでもなく、背景にあるのはここ2年の新型コロナ禍である。
保健所がコロナ対応の事務手続きで忙殺されるなど、自治体業務の効率化の遅れが浮き彫りとなり、民間においても紙ベースで構築された業務プロセスのせいで、バックオフィス部門が「ハンコ出社」を強いられるといったように、日本におけるデジタル技術の活用は官民ともに遅れが指摘されている。
その一方で、オフィスへの出社が禁忌される状況に強制的に置かれたことで、テレワークは一気に普及した。場所を選ばないワークスタイルが広がった影響で、東京都への転入者は20年、21年と過去最低水準を更新しており、人々の意識はこれまでの東京一極集中から徐々に変わり始めている。コロナ禍で社会の構造が大きく変わった今、日本社会全体の課題となっているデジタル技術の普及を促進することで、高齢化や過疎化といった地方の課題を解決し、同時に岸田内閣が掲げる経済政策である「成長と分配」を実現していこうというねらいがこの構想にはある。
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