IoTを活用したまちづくりに取り組む自治体が増えている。世界的な「スマートシティ」の潮流や、政府によるデジタル田園都市国家構想などを受け、自治体は検討段階から本格的な実装へと踏み込みつつある。その実現を下支えする技術の一つが「FIWARE」(ファイウェア)と呼ばれるデータ共有・連携基盤だ。FIWAREをベースとしたプラットフォームはIoTデバイスやアプリケーションを統合し、スムーズなデータのやりとりや分析を可能とする。発展が見込まれる自治体IoTにおいて、存在感を増すFIWAREに迫るとともに、活用事例から自治体IoTにおけるベンダーの役割を探る(文中の役職は取材時)。
(取材・文/藤岡 堯)
NECが日系で唯一、開発に参画
FIWAREは、欧州連合の官民連携プログラムで開発された次世代インターネット基盤ソフトウェアだ。プログラムは、BtoC領域のインターネットビジネスで米国に先行された欧州が、公共を含めたBtoB領域で米国に対抗する意図があるとされ、次世代インターネット技術における欧州の競争力強化と、社会・公共分野のアプリケーション開発支援を目的に進められた。FIWAREはプログラムの中核となる基盤ソフトウェアとして位置付けられている。
FIWAREはスマートシティに限った基盤ではなく、物流や交通・輸送、農業、エネルギーなど多様な分野での活用が可能だ。では、なぜ公共向けの利用に注目が集まっているのか。日系企業として唯一、FIWAREの開発に加わり、現在はその普及を民間主導で推進する非営利団体「FIWARE Foundation」に、最上位のプラチナメンバーとして参画するNECに話を聞いた。
「都市OS」の要求機能に合致
NECクロスインダストリーユニットの望月康則・NECフェローは「FIWAREにおいてスマートシティでの採用が成功したのは、スマートシティとFIWAREのアーキテクチャーの親和性が高かったからだろう」と指摘する。
NEC
望月康則 NECフェロー
内閣府が公表したスマートシティに関するリファレンスアーキテクチャーでは、スマートシティのデータ基盤となる「都市OS」に求める機能として▽相互運用(つながる)▽データ流通(ながれる)▽拡張容易(つづけられる)──の3点が示されている。同ユニットの西岡満代・スマートシティ事業推進部門上席プロフェッショナルは、FIWAREの仕組みはこの要求に合致すると説明する。
NEC
西岡満代 上席 プロフェッショナル
FIWAREの大きな特徴に、オープンソースソフトウェアであり誰でも自由に使える点がある。標準化されたオープンAPI、標準データモデルを備え、複数プレイヤーによる相互運用が実現しやすい。
プラットフォームに載るサービスが有するデータを仲介し、分散的に管理・連携させる機能も有しており、データ流通にも適している。プラットフォーム自体については、独立したモジュール群で構成されているため、拡張性に優れる。
同社ではオープンデータを主として扱うFIWAREに、秘匿性の高いパーソナルデータの利活用サービス、ID管理、認証ソリューションなどを組み合わせた都市OSを2017年から展開。国内で初めて高松市が採用したのを皮切りに、22年6月時点で13自治体が導入する。構築中や検討中の案件を含めると「ものすごい数」(望月NECフェロー)になるという。FIWAREは欧州を中心に多くの国で先行する成功事例があり、効果が想像しやすい点が採用につながっているようだ。
デリバリー自体は全国に拠点を有するNECグループで担うことになるが、西岡上席プロフェッショナルは「(FIWARE上に載せる)サービスをパートナーがつくり、つなぐという連携はある。われわれもスマートシティは地元の企業に輝いていただくべき事業領域だと考えており、そういう事例がもっと必要だとみている」。
さまざまなプレイヤーにFIWAREへの理解を深めてもらうため、FIWARE Foundationではトレーニングやワークショップなどを提供する「iHub Base」を世界各地に開設している。日本ではNECが主体となり、アジア初の拠点を運営する。望月NECフェローは「せっかくFIWAREを使っていただくのであれば、正しく理解し、うまく活用していただきたい」と話す。
ただし、導入すればなにもかもがうまくいくというものではない。自治体側には、FIWAREでどのような課題をいかに解決していくかという意識が求められる。「FIWAREはあくまで道具。どう使うかは自治体側が考えなければならない」(望月NECフェロー)。FIWAREを使ったソリューションを自治体に導入するベンダーにも、自治体が抱える課題を把握し、どう解決できるかを提案する能力が問われるといえる。
スマートシティの今後の展望について、望月NECフェローは民間も含めたデータ利活用がより拡大するとみる。NECの都市OSを採用する札幌市は22年12月、自治体としては初となるAPIによるデータ取引市場を開設した。現在は行政によるオープンデータが中心だが、将来的には民間データの有償取引を拡大し、産業、観光、防災、福祉など多様な分野のサービス開発につなげる考えだ。このような動きが活発になれば、スマートシティの可能性はさらに広がる。
まちの課題を可視化し、解決へ インテックと魚津市
インテックはFIWAREを利用した自治体向けIoTプラットフォームを提供している。21年夏に市場展開を開始し、22年12月には富山県魚津市の導入事例を発表した。魚津市では22年10月からごみ収集車の稼働状況を、11月から河川水位監視、積雪監視、除雪車の稼働状況をそれぞれ可視化し、行政運営コストの削減や市民に対する情報公開の効率化などにつなげている。
(左から)インテックの安吉貴幸部長、
魚津市の込山翔主事、インテックの當流谷牧子氏
魚津市は21年度からの第5次総合計画で、スマートシティ政策の推進を盛り込んだ。同市企画部企画政策課未来戦略室の込山翔・主事は背景について「まちの課題を見える化することがきっかけだった」と語る。人口減少によって行政のマンパワーも低下する中、持続可能なまちづくりの観点から「まちを数値化し、定量的に判断できるデータを持ち、それを可視化できるもの」を探すため、地元のSIerであり、日頃から付き合いのあるインテックに相談したことが導入の契機となった。
プラットフォームでは、IoTによるセンシング情報や、画像データ、国や他の自治体が保有するオープンデータなどを集約し、市民生活に関連する情報をダッシュボード上で見える化する。
ごみ収集車の稼働状況を例にとると、車両のGPSセンサーによって現在位置や通行ルートが把握可能となる。渋滞や悪天候などで遅れが生じ、市民からいつ収集車がくるかを聞かれた際、従来は業者が無線で位置を確認するため時間がかかっていたが、プラットフォームの導入後はダッシュボード上で即座に特定できるようになった。
河川水位や積雪監視についてもセンサーやカメラなどで得たリアルタイムデータをダッシュボード上に集約する。23年度には、通学路の安全確保に向け、センサーを活用した子どもの見守り事業を展開する予定だ。
自治体向けIoTプラットフォームの特徴について、インテック行政システム事業本部行政システム開発部地域情報システム課の當流谷牧子氏は「メインのお客様である中小規模の自治体にもデジタルの恩恵を届けるため、スモールスタートできる点を目指した」と説明する。
FIWAREをベースとし、「Amazon Web Services」の活用によって物理的なコストを下げた。通信面は独自のアンテナなどは必要とせず、アンテナレスで使える通信規格や通信キャリアの回線の利用を前提とする仕組みだ。独立系SIerである強みを生かしてハードの縛りを設けず「いい製品があれば、それに対応する」(當流谷氏)ことができる。魚津市も使いたい機能だけに絞り、小さく始められる点を評価したという。
稼働直後は市役所内だけで利用していたが、23年2月末にはオープンデータの部分を市民向けに公開している。込山主事は「スマートシティは、これまで市役所内で閉じていたことを外に出し、いろいろな主体でまちづくりを考えてみようという取り組みだ。(プラットフォームは)一緒にまちの課題を話し合うためのツールとなる」と期待を寄せる。
インテックビジネスイノベーション事業部の安吉貴幸・クロスインダストリー企画部長も外部連携が欠かせないと指摘。「市民の皆さんや外部のサービス、アプリケーションなど、いろいろなものがつながってくることで、課題解決が図られる」と述べ、地域のベンダーをはじめとする多様な主体の参画が重要になるとした。
プラットフォームは23年1月に石川県羽咋市での導入が公表されるなど、複数の自治体から相談が寄せられているという。拡販にあたっては、非IT系を含めた各地域の事業者と協力する。安吉部長は「自治体と地域の事業者が課題解決のためにつながり、収益を生み出せるモデルができれば、ウインウインの関係となる」と訴える。プラットフォームと連携するアプリケーションを手掛けるパートナーについても、積極的に募りたい考えだ。
一方で「入れてからが始まり」と安吉部長は強調する。プラットフォームを地域が効果的に運用することで、初めて導入の意義が生まれる。そのためにはベンダー側も努力が求められる。當流谷氏は「データ利活用の価値をわかりやすいかたちで示していかなければならない」と付け加えた。
NEC、インテックの両社が共通して指摘するのは、スマートシティはスマート化して終わりではないという点だ。スマート化によって生成されるデータをもとに成果を継続的につくりだす必要がある。そのためにはベンダーも自治体の抱える悩みと向き合い、市民の理解を得ながらともに事業を進めることが求められるだろう。