Special Feature
大手PC2社が欧州事業撤退 親会社の思惑が大きく影響
2023/09/04 09:00
週刊BCN 2023年09月04日vol.1983掲載
シャープ傘下でPC事業を行っているDynabookが、2023年4月に欧州市場から撤退した。また、富士通ブランドのPC事業を行うレノボグループ傘下の富士通クライアントコンピューティング(FCCL)も、24年4月を目途に、欧州市場から撤退することになりそうだ。両社の欧州PC市場からの撤退には、欧州市場の市況悪化だけでなく、親会社の戦略上の思惑が大きく関わる。
(取材・文/大河原克行 編集/藤岡 堯)
Dynabook
Dynabookについては、8月4日のシャープの23年4~6月期決算説明会で、同社の沖津雅浩・副社長が明らかにした。撤退は4月末に完了していたが、5月11日の23年3月期決算発表時には触れられていなかった。沖津副社長は説明会で「PC事業の構造改革を進めるなかで、欧州から撤退することを決定した。構造改革が進んだPC事業の収益は大きく改善している」と、欧州撤退を23年4~6月期決算の増益要因の一つにあげた。
シャープ 沖津雅浩 副社長
Dynabookの欧州PC事業は、市場環境の悪化などを背景に、厳しい状況が続いていたのは確かだった。コロナ禍やウクライナ情勢の影響を受けて、PC市場の低迷は長期化。22年度には市場に多くの在庫が滞留し、Dynabookでは、欧州販売会社の組織体制の見直しなどに着手していた。
Dynabookは「(欧州の)PC市場に関しては、リモートワークの広がりにより、大幅に需要が急増したものの、21年末以降、劇的に低下し、欧州市場全体では前年割れの状況にあった」と指摘。「過剰なチャネル在庫のために競争が激化するとともに、顧客の需要は依然として弱く、とくに、ローエンドやボリュームゾーンセグメントでの値下げ圧力が引き続き強い状況だった」と説明する。その上で「欧州本社業務の合理化や収益性の低い販売地域の縮小などの暫定的な措置を講じてきたが、必要な安定性、収益性、成長力を確保できないことが明らかになった」とコメントしている。
販売ルートや顧客の絞り込みなどにより、Dynabookの欧州事業には回復の兆しが多少見えていたが、長期的な観点から撤退に踏み切ったようだ。この背景には、シャープの親会社である台湾・鴻海科技集団(フォックスコン)の思惑が強く反映されているとみられる。
シャープは23年3月期決算において、ディスプレイデバイス事業の減損などにより、2608億円という大幅な最終赤字を計上した。親会社出身の戴正呉氏が22年6月に会長を退任し、同じグループ出身の呉柏勲・社長兼CEOにバトンを完全に渡してから初めて迎えた決算で、6年ぶりの大きな赤字。その理由は戴氏が退任間際に子会社化した液晶パネル生産の堺ディスプレイプロダクト(SDP)の業績不振ではあるものの、現在のシャープ経営陣に対する親会社の不信感は高まっている状況にある。
実際、親会社の劉揚偉会長は、7月3~5日にかけて、シャープ本社を訪れ、経営幹部や事業責任者、中堅社員と、3日間に渡って徹底した議論を行った。本社訪問以外のスケジュールはなく、目的を絞り込んだ来日だったことは明らかであり、緊急事態であることをうかがわせる。
沖津副社長は「今後は、成長戦略をどう作るかといったことを鴻海側へ定期的に報告することになる。新規事業への取り組みを含めて、中期経営計画を見直しているところだ」と話している。大規模な赤字をきっかけに、鴻海の厳しい経営手法が改めて導入されることが宣言されたともいえ、Dynabookの欧州PC事業の撤退は、タイミング的にも、その最初の一手だったといえる。
実は、Dynabookの前身となる東芝のPC事業にとって、欧州市場は特別な意味を持っている。東芝は一時期、ノートPC市場において、世界トップシェアを誇っていた企業だ。その発端となった製品が、世界初のラップトップPC「T1100」である。1985年4月に発表したこの製品は、欧州で先行して発売され、その後、米国で展開。それに対して、日本での市場投入は次期モデルとなったJ-3100(海外ではT3100)まで待たなくてはならず、最も遅い市場参入となった。日本では、NECのPC-9800シリーズが全盛の時期であり、IBM PC互換のT1100には競争力がないと判断したのが、日本市場参入が後回しとなった理由だが、このエピソードからもわかるように、東芝のPC事業は欧州から始まったといっていい。
一時期は欧州には生産拠点を設けて事業展開を進めていたが、その後、台湾Acer(エイサー)などによる低価格攻勢によって市場構造が変化。東芝のシェアは落ちていった。シャープが東芝のPC事業を買収した時点では、欧州市場における存在感はすでに低かった。東芝で欧州PC事業に携わったある関係者は、Dynabookの決定について「欧州市場において、日本のPCブランドの価値を高めてきたという自負があった。個人的には、寂しい結果になった」と残念がる。
FCCL
富士通ブランドのPC事業を行うFCCLの欧州市場撤退の検討が始まった背景には、富士通の法人向けPC事業の決断がある。
40年以上の歴史を持つ富士通のPC事業は、18年5月にレノボグループ51%、富士通44%、日本政策投資銀行5%のジョイントベンチャーとして再スタート。現在、富士通ブランドのPCの開発、生産はFCCLが担当し、法人向けPCや教育分野向けPCの販売については富士通、個人向けPCの販売はFCCLと分担している。この販売体制は海外事業においても同様である。
富士通は20年に北米の法人向けPC市場から撤退しており、今回の欧州の撤退はそれに続く流れだ。対外的には正式に発表していないが、8月上旬に社内の関係部署に限定して通達しており、そのなかで、24年4月という時期を示している。残るアジア市場については事業規模が小さく、富士通にとって、欧州の撤退は事実上の海外PC事業からの撤退といえる状況だ。それに伴いFCCLも欧州市場からの撤退を検討し始めているとみられる。
富士通は96年7月に英ICLとの合弁会社の富士通ICLコンピューターズを設立して、欧州市場に本格参入。これをベースに99年10月には独Siemens(シーメンス)との合弁でオランダにFujitsu Siemens Computers(FSC)を設立。富士通の欧州市場におけるポジションは、出荷台数で第2位、売上高で第3位を誇る規模となり、一時期は、欧州向けに年間300万台を出荷していたほどだ。
だが、09年4月に富士通がFSCを100%子会社化し、富士通テクノロジー・ソリューションズに社名を変更。それまで使用していた「FUJITSU-SIEMENS」のダブルブランドが使用できなくなったことや、個人向けPC事業からも撤退したことで、欧州における存在感が低下していった。
富士通は、独アウグスブルグにPC生産拠点を持ち、FCCLからの委託というかたちで生産を続けてきたが、FCCLがレノボ傘下となってから5カ月後の18年10月に、この生産拠点を閉鎖することを発表し、20年に閉鎖した。それに伴い、FCCLは20年4月、同じアウグスブルグに欧州市場を対象にした法人向けPCの開発拠点を新設したほか、それに先立つ20年3月にはチェコで生産を開始し、欧州における富士通ブランドの法人向けPC事業を継続してきた。
FCCLが独アウグスブルグに置くPC開発拠点
今回の富士通の決定によって、これらの拠点が不要になれば、FCCLの欧州撤退はより現実的となる。レノボと富士通の契約では、法人向けPCの販売は富士通が担当することになっているため、FCCLが継続して取り扱うことはできない。加えて、レノボは欧州市場でトップシェアを有しており、販売数量が限定的な富士通ブランドのPCを混在させるよりも、レノボブランドに統一したほうがいいという判断が働くのは明らかだ。
レノボとの関係に加え、富士通が23年度からスタートした同社の新中期経営計画の存在も見逃せない。25年度を最終年度とする計画では、成長戦略の中核に「Fujitsu Uvance」を置き、サービスソリューション事業によって、全社収益の拡大を目指す内容となっている。これに対して、ハードウェアビジネスはノンコア事業に位置づけられ、22年度にはPFUをリコーに売却したほか、エアコン事業を行う富士通ゼネラル、半導体事業の新光電気工業も、売却を含んだ再編に取り組んでいるところだ。
一方、欧州ビジネスは、富士通のサービスソリューション事業にとって海外事業の半分以上を占めており、ここでの収益改善が計画の重点課題の一つになっている。欧州市場のてこ入れは不可避な取り組みであり、プロダクトビジネスの切り離しは必要条件の一つであろう。
今回の動きはレノボの日本事業再編を加速することにつながるとの見方もある。FCCLが欧州市場から撤退すれば、FCCLは国内PC事業に特化した事業体になり、今後、開発、生産、販売するPCは、国内市場の要望にあわせた製品づくりに集中することになる。その観点からすれば、日本で評価が高い世界最軽量のノートPCの開発、生産も維持することができそうだ。
だが、レノボは、同様に日本市場に特化したビジネスを行っているNECパーソナルコンピュータがNECブランドでPC事業を展開し、旧IBMのPC事業のThinkPadと、グローバルに展開しているレノボブランドのPCも販売している。課題となっていたレノボブランドのPCの認知度の浸透についても、20年度からのGIGAスクール構想で整備された教育分野向けPCではトップシェアを獲得。日本における存在感を増しているところだ。
レノボとNECとの間では、26年6月にNECブランド使用に関する契約が終了する。この契約の期日が間近であること、FCCLの国内事業への特化が進むこと、レノボブランドの国内認知度の向上といった要素が、今後のレノボの日本におけるPC事業体制にどう影響するのかが気になるところだ。
(取材・文/大河原克行 編集/藤岡 堯)

Dynabook
シャープの大幅赤字が遠因か
Dynabookについては、8月4日のシャープの23年4~6月期決算説明会で、同社の沖津雅浩・副社長が明らかにした。撤退は4月末に完了していたが、5月11日の23年3月期決算発表時には触れられていなかった。沖津副社長は説明会で「PC事業の構造改革を進めるなかで、欧州から撤退することを決定した。構造改革が進んだPC事業の収益は大きく改善している」と、欧州撤退を23年4~6月期決算の増益要因の一つにあげた。
Dynabookの欧州PC事業は、市場環境の悪化などを背景に、厳しい状況が続いていたのは確かだった。コロナ禍やウクライナ情勢の影響を受けて、PC市場の低迷は長期化。22年度には市場に多くの在庫が滞留し、Dynabookでは、欧州販売会社の組織体制の見直しなどに着手していた。
Dynabookは「(欧州の)PC市場に関しては、リモートワークの広がりにより、大幅に需要が急増したものの、21年末以降、劇的に低下し、欧州市場全体では前年割れの状況にあった」と指摘。「過剰なチャネル在庫のために競争が激化するとともに、顧客の需要は依然として弱く、とくに、ローエンドやボリュームゾーンセグメントでの値下げ圧力が引き続き強い状況だった」と説明する。その上で「欧州本社業務の合理化や収益性の低い販売地域の縮小などの暫定的な措置を講じてきたが、必要な安定性、収益性、成長力を確保できないことが明らかになった」とコメントしている。
販売ルートや顧客の絞り込みなどにより、Dynabookの欧州事業には回復の兆しが多少見えていたが、長期的な観点から撤退に踏み切ったようだ。この背景には、シャープの親会社である台湾・鴻海科技集団(フォックスコン)の思惑が強く反映されているとみられる。
シャープは23年3月期決算において、ディスプレイデバイス事業の減損などにより、2608億円という大幅な最終赤字を計上した。親会社出身の戴正呉氏が22年6月に会長を退任し、同じグループ出身の呉柏勲・社長兼CEOにバトンを完全に渡してから初めて迎えた決算で、6年ぶりの大きな赤字。その理由は戴氏が退任間際に子会社化した液晶パネル生産の堺ディスプレイプロダクト(SDP)の業績不振ではあるものの、現在のシャープ経営陣に対する親会社の不信感は高まっている状況にある。
実際、親会社の劉揚偉会長は、7月3~5日にかけて、シャープ本社を訪れ、経営幹部や事業責任者、中堅社員と、3日間に渡って徹底した議論を行った。本社訪問以外のスケジュールはなく、目的を絞り込んだ来日だったことは明らかであり、緊急事態であることをうかがわせる。
沖津副社長は「今後は、成長戦略をどう作るかといったことを鴻海側へ定期的に報告することになる。新規事業への取り組みを含めて、中期経営計画を見直しているところだ」と話している。大規模な赤字をきっかけに、鴻海の厳しい経営手法が改めて導入されることが宣言されたともいえ、Dynabookの欧州PC事業の撤退は、タイミング的にも、その最初の一手だったといえる。
実は、Dynabookの前身となる東芝のPC事業にとって、欧州市場は特別な意味を持っている。東芝は一時期、ノートPC市場において、世界トップシェアを誇っていた企業だ。その発端となった製品が、世界初のラップトップPC「T1100」である。1985年4月に発表したこの製品は、欧州で先行して発売され、その後、米国で展開。それに対して、日本での市場投入は次期モデルとなったJ-3100(海外ではT3100)まで待たなくてはならず、最も遅い市場参入となった。日本では、NECのPC-9800シリーズが全盛の時期であり、IBM PC互換のT1100には競争力がないと判断したのが、日本市場参入が後回しとなった理由だが、このエピソードからもわかるように、東芝のPC事業は欧州から始まったといっていい。
一時期は欧州には生産拠点を設けて事業展開を進めていたが、その後、台湾Acer(エイサー)などによる低価格攻勢によって市場構造が変化。東芝のシェアは落ちていった。シャープが東芝のPC事業を買収した時点では、欧州市場における存在感はすでに低かった。東芝で欧州PC事業に携わったある関係者は、Dynabookの決定について「欧州市場において、日本のPCブランドの価値を高めてきたという自負があった。個人的には、寂しい結果になった」と残念がる。
FCCL
富士通の決断で帯びる現実味
富士通ブランドのPC事業を行うFCCLの欧州市場撤退の検討が始まった背景には、富士通の法人向けPC事業の決断がある。40年以上の歴史を持つ富士通のPC事業は、18年5月にレノボグループ51%、富士通44%、日本政策投資銀行5%のジョイントベンチャーとして再スタート。現在、富士通ブランドのPCの開発、生産はFCCLが担当し、法人向けPCや教育分野向けPCの販売については富士通、個人向けPCの販売はFCCLと分担している。この販売体制は海外事業においても同様である。
富士通は20年に北米の法人向けPC市場から撤退しており、今回の欧州の撤退はそれに続く流れだ。対外的には正式に発表していないが、8月上旬に社内の関係部署に限定して通達しており、そのなかで、24年4月という時期を示している。残るアジア市場については事業規模が小さく、富士通にとって、欧州の撤退は事実上の海外PC事業からの撤退といえる状況だ。それに伴いFCCLも欧州市場からの撤退を検討し始めているとみられる。
富士通は96年7月に英ICLとの合弁会社の富士通ICLコンピューターズを設立して、欧州市場に本格参入。これをベースに99年10月には独Siemens(シーメンス)との合弁でオランダにFujitsu Siemens Computers(FSC)を設立。富士通の欧州市場におけるポジションは、出荷台数で第2位、売上高で第3位を誇る規模となり、一時期は、欧州向けに年間300万台を出荷していたほどだ。
だが、09年4月に富士通がFSCを100%子会社化し、富士通テクノロジー・ソリューションズに社名を変更。それまで使用していた「FUJITSU-SIEMENS」のダブルブランドが使用できなくなったことや、個人向けPC事業からも撤退したことで、欧州における存在感が低下していった。
富士通は、独アウグスブルグにPC生産拠点を持ち、FCCLからの委託というかたちで生産を続けてきたが、FCCLがレノボ傘下となってから5カ月後の18年10月に、この生産拠点を閉鎖することを発表し、20年に閉鎖した。それに伴い、FCCLは20年4月、同じアウグスブルグに欧州市場を対象にした法人向けPCの開発拠点を新設したほか、それに先立つ20年3月にはチェコで生産を開始し、欧州における富士通ブランドの法人向けPC事業を継続してきた。
今回の富士通の決定によって、これらの拠点が不要になれば、FCCLの欧州撤退はより現実的となる。レノボと富士通の契約では、法人向けPCの販売は富士通が担当することになっているため、FCCLが継続して取り扱うことはできない。加えて、レノボは欧州市場でトップシェアを有しており、販売数量が限定的な富士通ブランドのPCを混在させるよりも、レノボブランドに統一したほうがいいという判断が働くのは明らかだ。
レノボとの関係に加え、富士通が23年度からスタートした同社の新中期経営計画の存在も見逃せない。25年度を最終年度とする計画では、成長戦略の中核に「Fujitsu Uvance」を置き、サービスソリューション事業によって、全社収益の拡大を目指す内容となっている。これに対して、ハードウェアビジネスはノンコア事業に位置づけられ、22年度にはPFUをリコーに売却したほか、エアコン事業を行う富士通ゼネラル、半導体事業の新光電気工業も、売却を含んだ再編に取り組んでいるところだ。
一方、欧州ビジネスは、富士通のサービスソリューション事業にとって海外事業の半分以上を占めており、ここでの収益改善が計画の重点課題の一つになっている。欧州市場のてこ入れは不可避な取り組みであり、プロダクトビジネスの切り離しは必要条件の一つであろう。
今回の動きはレノボの日本事業再編を加速することにつながるとの見方もある。FCCLが欧州市場から撤退すれば、FCCLは国内PC事業に特化した事業体になり、今後、開発、生産、販売するPCは、国内市場の要望にあわせた製品づくりに集中することになる。その観点からすれば、日本で評価が高い世界最軽量のノートPCの開発、生産も維持することができそうだ。
だが、レノボは、同様に日本市場に特化したビジネスを行っているNECパーソナルコンピュータがNECブランドでPC事業を展開し、旧IBMのPC事業のThinkPadと、グローバルに展開しているレノボブランドのPCも販売している。課題となっていたレノボブランドのPCの認知度の浸透についても、20年度からのGIGAスクール構想で整備された教育分野向けPCではトップシェアを獲得。日本における存在感を増しているところだ。
レノボとNECとの間では、26年6月にNECブランド使用に関する契約が終了する。この契約の期日が間近であること、FCCLの国内事業への特化が進むこと、レノボブランドの国内認知度の向上といった要素が、今後のレノボの日本におけるPC事業体制にどう影響するのかが気になるところだ。
シャープ傘下でPC事業を行っているDynabookが、2023年4月に欧州市場から撤退した。また、富士通ブランドのPC事業を行うレノボグループ傘下の富士通クライアントコンピューティング(FCCL)も、24年4月を目途に、欧州市場から撤退することになりそうだ。両社の欧州PC市場からの撤退には、欧州市場の市況悪化だけでなく、親会社の戦略上の思惑が大きく関わる。
(取材・文/大河原克行 編集/藤岡 堯)
Dynabook
Dynabookについては、8月4日のシャープの23年4~6月期決算説明会で、同社の沖津雅浩・副社長が明らかにした。撤退は4月末に完了していたが、5月11日の23年3月期決算発表時には触れられていなかった。沖津副社長は説明会で「PC事業の構造改革を進めるなかで、欧州から撤退することを決定した。構造改革が進んだPC事業の収益は大きく改善している」と、欧州撤退を23年4~6月期決算の増益要因の一つにあげた。
シャープ 沖津雅浩 副社長
Dynabookの欧州PC事業は、市場環境の悪化などを背景に、厳しい状況が続いていたのは確かだった。コロナ禍やウクライナ情勢の影響を受けて、PC市場の低迷は長期化。22年度には市場に多くの在庫が滞留し、Dynabookでは、欧州販売会社の組織体制の見直しなどに着手していた。
Dynabookは「(欧州の)PC市場に関しては、リモートワークの広がりにより、大幅に需要が急増したものの、21年末以降、劇的に低下し、欧州市場全体では前年割れの状況にあった」と指摘。「過剰なチャネル在庫のために競争が激化するとともに、顧客の需要は依然として弱く、とくに、ローエンドやボリュームゾーンセグメントでの値下げ圧力が引き続き強い状況だった」と説明する。その上で「欧州本社業務の合理化や収益性の低い販売地域の縮小などの暫定的な措置を講じてきたが、必要な安定性、収益性、成長力を確保できないことが明らかになった」とコメントしている。
販売ルートや顧客の絞り込みなどにより、Dynabookの欧州事業には回復の兆しが多少見えていたが、長期的な観点から撤退に踏み切ったようだ。この背景には、シャープの親会社である台湾・鴻海科技集団(フォックスコン)の思惑が強く反映されているとみられる。
シャープは23年3月期決算において、ディスプレイデバイス事業の減損などにより、2608億円という大幅な最終赤字を計上した。親会社出身の戴正呉氏が22年6月に会長を退任し、同じグループ出身の呉柏勲・社長兼CEOにバトンを完全に渡してから初めて迎えた決算で、6年ぶりの大きな赤字。その理由は戴氏が退任間際に子会社化した液晶パネル生産の堺ディスプレイプロダクト(SDP)の業績不振ではあるものの、現在のシャープ経営陣に対する親会社の不信感は高まっている状況にある。
実際、親会社の劉揚偉会長は、7月3~5日にかけて、シャープ本社を訪れ、経営幹部や事業責任者、中堅社員と、3日間に渡って徹底した議論を行った。本社訪問以外のスケジュールはなく、目的を絞り込んだ来日だったことは明らかであり、緊急事態であることをうかがわせる。
沖津副社長は「今後は、成長戦略をどう作るかといったことを鴻海側へ定期的に報告することになる。新規事業への取り組みを含めて、中期経営計画を見直しているところだ」と話している。大規模な赤字をきっかけに、鴻海の厳しい経営手法が改めて導入されることが宣言されたともいえ、Dynabookの欧州PC事業の撤退は、タイミング的にも、その最初の一手だったといえる。
実は、Dynabookの前身となる東芝のPC事業にとって、欧州市場は特別な意味を持っている。東芝は一時期、ノートPC市場において、世界トップシェアを誇っていた企業だ。その発端となった製品が、世界初のラップトップPC「T1100」である。1985年4月に発表したこの製品は、欧州で先行して発売され、その後、米国で展開。それに対して、日本での市場投入は次期モデルとなったJ-3100(海外ではT3100)まで待たなくてはならず、最も遅い市場参入となった。日本では、NECのPC-9800シリーズが全盛の時期であり、IBM PC互換のT1100には競争力がないと判断したのが、日本市場参入が後回しとなった理由だが、このエピソードからもわかるように、東芝のPC事業は欧州から始まったといっていい。
一時期は欧州には生産拠点を設けて事業展開を進めていたが、その後、台湾Acer(エイサー)などによる低価格攻勢によって市場構造が変化。東芝のシェアは落ちていった。シャープが東芝のPC事業を買収した時点では、欧州市場における存在感はすでに低かった。東芝で欧州PC事業に携わったある関係者は、Dynabookの決定について「欧州市場において、日本のPCブランドの価値を高めてきたという自負があった。個人的には、寂しい結果になった」と残念がる。
(取材・文/大河原克行 編集/藤岡 堯)

Dynabook
シャープの大幅赤字が遠因か
Dynabookについては、8月4日のシャープの23年4~6月期決算説明会で、同社の沖津雅浩・副社長が明らかにした。撤退は4月末に完了していたが、5月11日の23年3月期決算発表時には触れられていなかった。沖津副社長は説明会で「PC事業の構造改革を進めるなかで、欧州から撤退することを決定した。構造改革が進んだPC事業の収益は大きく改善している」と、欧州撤退を23年4~6月期決算の増益要因の一つにあげた。
Dynabookの欧州PC事業は、市場環境の悪化などを背景に、厳しい状況が続いていたのは確かだった。コロナ禍やウクライナ情勢の影響を受けて、PC市場の低迷は長期化。22年度には市場に多くの在庫が滞留し、Dynabookでは、欧州販売会社の組織体制の見直しなどに着手していた。
Dynabookは「(欧州の)PC市場に関しては、リモートワークの広がりにより、大幅に需要が急増したものの、21年末以降、劇的に低下し、欧州市場全体では前年割れの状況にあった」と指摘。「過剰なチャネル在庫のために競争が激化するとともに、顧客の需要は依然として弱く、とくに、ローエンドやボリュームゾーンセグメントでの値下げ圧力が引き続き強い状況だった」と説明する。その上で「欧州本社業務の合理化や収益性の低い販売地域の縮小などの暫定的な措置を講じてきたが、必要な安定性、収益性、成長力を確保できないことが明らかになった」とコメントしている。
販売ルートや顧客の絞り込みなどにより、Dynabookの欧州事業には回復の兆しが多少見えていたが、長期的な観点から撤退に踏み切ったようだ。この背景には、シャープの親会社である台湾・鴻海科技集団(フォックスコン)の思惑が強く反映されているとみられる。
シャープは23年3月期決算において、ディスプレイデバイス事業の減損などにより、2608億円という大幅な最終赤字を計上した。親会社出身の戴正呉氏が22年6月に会長を退任し、同じグループ出身の呉柏勲・社長兼CEOにバトンを完全に渡してから初めて迎えた決算で、6年ぶりの大きな赤字。その理由は戴氏が退任間際に子会社化した液晶パネル生産の堺ディスプレイプロダクト(SDP)の業績不振ではあるものの、現在のシャープ経営陣に対する親会社の不信感は高まっている状況にある。
実際、親会社の劉揚偉会長は、7月3~5日にかけて、シャープ本社を訪れ、経営幹部や事業責任者、中堅社員と、3日間に渡って徹底した議論を行った。本社訪問以外のスケジュールはなく、目的を絞り込んだ来日だったことは明らかであり、緊急事態であることをうかがわせる。
沖津副社長は「今後は、成長戦略をどう作るかといったことを鴻海側へ定期的に報告することになる。新規事業への取り組みを含めて、中期経営計画を見直しているところだ」と話している。大規模な赤字をきっかけに、鴻海の厳しい経営手法が改めて導入されることが宣言されたともいえ、Dynabookの欧州PC事業の撤退は、タイミング的にも、その最初の一手だったといえる。
実は、Dynabookの前身となる東芝のPC事業にとって、欧州市場は特別な意味を持っている。東芝は一時期、ノートPC市場において、世界トップシェアを誇っていた企業だ。その発端となった製品が、世界初のラップトップPC「T1100」である。1985年4月に発表したこの製品は、欧州で先行して発売され、その後、米国で展開。それに対して、日本での市場投入は次期モデルとなったJ-3100(海外ではT3100)まで待たなくてはならず、最も遅い市場参入となった。日本では、NECのPC-9800シリーズが全盛の時期であり、IBM PC互換のT1100には競争力がないと判断したのが、日本市場参入が後回しとなった理由だが、このエピソードからもわかるように、東芝のPC事業は欧州から始まったといっていい。
一時期は欧州には生産拠点を設けて事業展開を進めていたが、その後、台湾Acer(エイサー)などによる低価格攻勢によって市場構造が変化。東芝のシェアは落ちていった。シャープが東芝のPC事業を買収した時点では、欧州市場における存在感はすでに低かった。東芝で欧州PC事業に携わったある関係者は、Dynabookの決定について「欧州市場において、日本のPCブランドの価値を高めてきたという自負があった。個人的には、寂しい結果になった」と残念がる。
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