【米オースティン発】中国Lenovo（レノボ）は、グローバルの年次イベント「Lenovo Tech World 2023」を、米オースティンで10月24、25の両日（現地時間）に開催した。「AI for All」を掲げ、サーバーからPCまであらゆる製品にAIを搭載し、すべての人にAIの価値を提供していくとした。生成AIに関しては、データを保護しながらその利点を享受できるよう、企業向けにはプライベート基盤モデル、個人デバイス向けにはパーソナル基盤モデルの確立を提唱。また、米NVIDIA（エヌビディア）とのパートナーシップ拡大を発表し、関係強化を強くアピールした。展示ではレノボが目指すAI活用の未来を示した。
（取材・文／堀 茜）
 

情報を守り生成AIを活用する「ハイブリッドAI」

　基調講演に登壇したヤンチン・ヤン会長兼CEOは、イベントのテーマである「AI for All」について、ポケットからクラウドまであらゆるコンピューティング能力を提供している同社だからできることだとして、「全ての人にAIを届け、誰も取り残さない。インテリジェントトランスフォーメーションをあらゆる業界で実現したい」と決意を述べた。
 
　AI技術の中でも昨今とりわけ注目されているのが、生成AIだ。ヤンCEOは、トレンドの火付け役となった米OpenAI（オープンエーアイ）の「ChatGPT」など、パブリッククラウド上で一般に公開され、誰でもアクセスできるAIを「パブリック基盤モデル」と呼ぶ。パブリック基盤モデルは一般的な知識しか学習しておらず、ユーザーごとの個別の課題に最適化されていない点がビジネス活用において課題になる。自社のビジネスについて正確な答えを出したい場合には、リアルなビジネスデータや機密情報などをクラウドに開示しなければならない。

　ヤンCEOは、「多くの企業は秘匿性の高いデータを自社で保有したいと考えている」と指摘。この課題を解決するため、個々の企業や個人に最適化された生成AIアプリケーションを、機密データやプライバシーデータを保護しながら活用できるようにする、レノボの「ハイブリッドAI」ビジョンを紹介した。生成AIのパワーを十分に引き出し、そこから大きな成果を得るためには、タイプの異なる複数の基盤モデルをハイブリッドで扱う必要があるという考え方だ。

　ハイブリッドAI実現のため、ヤンCEOは、企業向けには「プライベート基盤モデル」、個人デバイス向けには「パーソナル基盤モデル」の確立がかぎになるとした。いずれも機密情報やプライベートデータをユーザーの環境にとどめたままで生成AIを活用できるメリットがある。企業のプライベート基盤モデルであれば自社のデータセンター内、パーソナル基盤モデルであればPCやタブレット、スマートフォンといった個人のデバイス内で処理を完結させるイメージだ。

　同社のAI対応デバイスは、ローカルなナレッジベースに基盤モデルを構築しているのが特徴。AI対応PCの場合、パーソナル基盤モデルに学習させるデータは、デバイス内で指定したフォルダ内にあるデータのみに限ることができ、学習データがパブリッククラウドに送られる心配がない。ヤンCEOは「プライベートな基盤モデルを使うことで、データを保護し、プライバシーを守りながら生成AIのメリットを享受できる」と強調した。

エヌビディアとパートナーシップを拡大

　AI推進においてレノボが最も重視するのが、GPUを供給するエヌビディアとの連携強化だ。両社は今回のイベント初日にパートナーシップの拡大を発表。その中心となるのは、商用のAIアプリケーション基盤である「NVIDIA AI Enterprise」の実行に最適化されたレノボのサーバー「ThinkSystem SR675 V3」と、ワークステーション「ThinkStation PX」だ。ThinkSystem SR675 V3には、エヌビディアの「L40S GPU」「BlueField DPU」「Spectrum-Xネットワーキングプラットフォーム」が搭載される。ThinkStation PXは、システム内に最大四つの「RTX 6000 Ada GPU」の搭載が可能で、高度なAI機能とデータセンター級のパフォーマンスをデスクトップで実現するとしている。

　これにより、生成AI用に設計されたエヌビディアの最新技術を搭載したレノボのオンプレミス製品でAIを活用するという、ハイブリッド・クラウド・アプローチが可能になる。またレノボのソリューションは、米VMware（ヴイエムウェア）が発表した、企業のデータ活用を支援する生成AI用プラットフォーム「VMware Private AI Foundation with NVIDIA」もサポート。ヴイエムウェアの顧客に対しても生成AIの導入効率化を支援する。
 
　基調講演にはエヌビディアのジェンスン・フアンCEOが登場し、レノボとの関係強化をアピールした。両社は、協業による具体的な展開事例として、生成AIを含むコンピューティングを自動車業界へ進出させたことを挙げた。フアンCEOは、「世界最大の業界は（自動車をはじめとする）交通輸送業界で、それがコンピューティング業界に変化しつつある」と指摘。自動車に生成AIを組み込むことで、IT業界にとって巨大な新しい市場が生まれるとの見通しを示した。

　エヌビディアが4年前からAI分野で連携しているヴイエムウェアのプライベートAIは、ディープラーニング、ファインチューニングなどあらゆる処理を行うが、そのスタック全体をレノボのサーバー上でサポートできるようになる。フアンCEOは、「生成AIの革命はクラウド上で始まったが、価値の高いデータを持っているのはエンタープライズだ。今回の連携によって、世界中のエンタープライズ企業に生成AIを届けられるようになる」と期待を寄せた。ヤンCEOは「運輸業界、ヘルスケア、金融サービスなど多様な市場にリーチしている。最も素晴らしい技術を提供するために（エヌビディアとの）パートナーシップを次のレベルに持ってこられて大変うれしい」と述べた。

手話翻訳AI、AI搭載PCなど未来の方向性を提示

　イベント会場では、PCやスマートフォンなどのデモ機が展示され、レノボが自社の製品にAIをいかに搭載していくか、未来への方向性を提示した。
 
　事例の一つが手話翻訳AIだ。デモンストレーションでは、聴覚障害のあるブラジル人男性が、カメラに向かって手話で話すと、AIが男性の動きを分析。瞬時に手話をポルトガル語に翻訳する様子を紹介した。男性は「レノボのAI技術によって、いつでも誰とでも繋がれるようになった」と笑顔を見せた。
 
　リアルタイム手話通訳AIは、数千時間もの手話録画データを事前学習している。レノボが目指す、あらゆる言語で誰とでもコミュニケーションができる世界を体現する例として、ポルトガル語の手話対応を約5年の開発期間で実現した。国によって異なる各国手話の翻訳に対応していくことも可能だという。会場内では、開発担当者がカメラに向かって手話をすると、AIが動きを分析して学習する様子も披露された。

　パーソナル基盤モデルを搭載したPC「ThinkPad Pシリーズ」のデモ機では、PC内の特定データを事前学習した生成AIを使うことで、作業を効率化する様子を実演した。大規模言語モデル（LLM）がデバイス上で推論を行うので、インターネットに接続する必要がないのが特徴。PC内の特定の情報を事前学習させてLLMをパーソナル化することで、個人が持つ最新情報や思考を反映させることができるため、自身が関わるプロジェクトなどについて生成AIの機能を活用することができるとした。

　レノボグループの米Motorola Mobility（モトローラ・モビリティ）は、ユーザー体験を刷新するアイテムとして、自由に折り曲げられるスマートフォン端末の試作機を展示した。ニーズに応じてさまざまな形状に曲げたり成形したりできるディスプレイを使用。折り曲げてテーブルに置いたり、手首に装着したりできる。手首に巻きつけることで、両手を自由に使える状態で画面を見ながら買い物ができるなど利便性が向上。自在に形を変えられることで使い方の可能性は無限に広がるとした。
 
　試作機には、デバイス上でローカルに実行される生成AIモデルを搭載し、ユーザーが自分のスタイルをスマートフォンに拡張することを目指した。このコンセプトにより、ユーザーは自分の服装の写真をアップロードするなどして、自分のスタイルを反映した画像を生成。デバイスのカスタム壁紙にすることもできるという。まだコンセプト段階で製品化の具体的な計画はないが、新たなテクノロジーで端末の可能性を切り開いていくとした。