【スペイン・バルセロナ発】米Nutanix(ニュータニックス)は5月21~23日(現地時間)、スペイン・バルセロナで年次カンファレンス「.NEXT 2024」を開催した。会場に集った4000人を超える顧客やパートナーがもっとも期待していたこと、それはおそらく「米VMware(ヴイエムウェア)の製品からの移行を検討する顧客を、ニュータニックスはどう受け入れようとしているのか」という問いに対する回答だったのではないか。ニュータニックスは、混乱の中にあるヴイエムウェアユーザーの受け皿となる準備ができているのか。現地での3日間の取材をもとにレポートする。
(取材・文/五味明子、編集/日高 彰)
米Broadcom(ブロードコム)によるヴイエムウェアの買収が完了した2023年11月以来、ヴイエムウェアの顧客とパートナーは、ポートフォリオの大幅な改組やライセンスの契約変更、既存事業の一部終了といった、ブロードコムが次々と実施する“変革”に当惑し、少なくない顧客がほかの基盤への移行を検討している。
だが、カンファレンス期間中、ラジブ・ラマスワミCEOをはじめとするニュータニックス幹部“Broadcom”や“VMware”といったキーワードを直接口にすることはほとんどなく、移行へのアプローチを大々的に宣伝することもなかった。5月23日に日本の報道陣とのグループインタビューで、ヴイエムウェアユーザーの受け入れに関して問われたラマスワミCEOは「顧客の期待はわかっている。われわれの仕事は顧客とのコンセンサスを探りながら、長いスパンでジャーニーを継続していくことだ」と回答し、移行の支援は息の長い取り組みになるとの見方を示した。
ラジブ・ラワスワミ CEO
世界中の企業が採用してきたヴイエムウェアの製品に代わって注目度が高まっているにもかかわらず、むしろ慎重な態度を崩さないように見えるニュータニックスの姿勢は、どんな戦略に裏打ちされているのか。
IT環境の刷新を3段階で支援
調査会社の米Gartner(ガートナー)は4月3日付で「世界中でブロードコムによるヴイエムウェア買収の影響を受けないCIOはほとんど存在しない」という見解を示している。その影響は少なくとも28年までは続くとみられている。
これらの企業のインフラの成熟度やヴイエムウェアへの依存度は、当然ながらひとくくりにすることはできない。.NEXTの期間中、ニュータニックスは新しい製品や機能に関するプレスリリースを10本ほど発信しているが、発表内容は大きく「導入(Adopt)」「モダナイズ(Modernize)」「イノベート(Innovate)」という三つのフェーズに分けられる。これらは顧客のITインフラの成熟度を表しており、それぞれのフェーズに応じたプロダクトやエコシステムを提供していくことで、顧客のインフラ環境をスケールさせていくことが狙いだ。
ニュータニックスがあえてこの三つのフェーズを提示した背景には、買収以来、混乱の中から抜け出せないでいるヴイエムウェアユーザーへのメッセージが含まれている。これからも続くであろうヴイエムウェアユーザーの混乱に対し、中長期的な姿勢で臨みながら顧客との“ジャーニー”を構築していく。前出のラマスワミCEOの回答は、こうしたニュータニックスの姿勢をまさに表したといえる。
ここであらためて.NEXT 2024における主な発表を整理しておこう。まず「導入」のフェーズだが、これには顧客のNutanix環境への移行そのものを支援する内容が含まれ、10周年を迎えたハイパーバイザー「AHV」の新たな導入オプション/プログラム(「Cisco UCS」ブレードサーバでのAHV実行、「vSAN ReadyNode」構成のサポート)や、新規顧客/チャネル向けのプロモーションなどがアナウンスされた。
次の「モダナイズ」フェーズに関しては、AHVのエンタープライズ向け新機能(セキュアスナップショット、マルチサイトディザスタリカバリー、ライブマイグレーションパフォーマンスの拡張)や、プラットフォームエンジニアリング基盤「Nutanix Kubernetes Platform(NKP)」など、クラウドネイティブなデータセンターの構築に向けた発表があった。
最後の「イノベート」フェーズは、モダンアプリケーションやAIのためのクラウドプラットフォームの展開に関するもので、23年に発表した「Project Beacon」の拡張をはじめ、生成AIアプリケーションの開発を支援するコンテナベースのプラットフォームの最新版「Nutanix GPT-in-a-Box-2.0」や、新たなAIパートナープログラムなどが披露された。
また、これら三つのフェーズをカバーする大きな発表として、米Dell Technologies(デル・テクノロジーズ)との協業もあった。ニュータニックスとデルが共同で、デルのx86サーバー「PowerEdge」をベースとしたハイパーコンバージドインフラストラクチャー(HCI)のアプライアンスを開発し、さらにデルのソフトウェア定義型ストレージ製品「PowerFlex」をNutanix Cloud Platformでサポートすることが明らかになった。これらのソリューションは現時点では準備中で、年内のアーリーアクセス提供が予定されている。
エコシステムの強化で“移行先”としての準備が進む
全体の発表を通して重要なポイントは大きく三つある。一つめは、やはりヴイエムウェアユーザーを受け入れる準備を着々と進めている点だ。ニュータニックスはもともと自社製品のAHVだけでなく、ヴイエムウェアの「vSphere」やマイクロソフトの「Hyper-V」など、他社製ハイパーバイザーをHCI環境で選択することも可能にしていた。だが、ブロードコムのヴイエムウェア買収により、多くの顧客がvSphere以外の選択肢を本格的に探し始めており、今回ニュータニックスが発表したAHVの拡張は、ヴイエムウェアユーザーの移行検討の有力な候補となることを強く意識していることがうかがえる。また、かつてヴイエムウェアの親会社であったデルと共同でHCIアプライアンスを開発するという動きも、時代の流れを実感させる発表だといえる。
二つめは1年前に発表したテクノロジービジョンである「Project Beacon」を、PaaSレベルからインフラ領域にも適用を拡大し、今回の.NEXTのテーマでもあった「Run everywhere.」を実現するためKubernetesベースの環境構築を着実に進化させていることだ。
中でもエンジニアリングプラットフォームのNKPは、.NEXT 2024での最大の発表であり、買収したD2iQ(ディーツーiQ、旧Mesosphere=メソスフィア)の技術をベースにしていることでも注目されている。既存のKubernetesプラットフォームは各ベンダーがマネージドサービスとして提供している場合が多いが、NKPはユーザーの環境にデプロイして展開するプロダクトで、すでに利用中の他社製品も含めたKubernetesプラットフォームをオンプレミス/クラウドを問わずに管理することも可能だ。
米ニュータニックス トニ・クナウプ ジェネラルマネージャー
また、NKP自体はCloud Native Computing Foudnationに準拠したオープンなKubernetes環境だ。ニュータニックスでクラウドネイティブ部門を担当するトニ・クナウプ・ジェネラルマネージャーはインタビューで「ポータビリティーが高く、ロックインされない環境を顧客に提供するなら、オープンでなければ難しい。インフラ基盤の管理と運用の簡素化、AIを含むモダンアプリケーションの開発のシンプル化など、プラットフォームエンジニアリングのあらゆる場面でその恩恵を実感できるはずだ」とそのメリットを強調している。
三つめはパートナーシップの変化と拡大だ。今回の.NEXT 2024でニュータニックスはいくつものパートナーシップを発表したが、まず目を引いたのが米Cisco Systems(シスコシステムズ)や前出のデルといったハードウェアベンダーとの協業だ。かつてHCIベンダーとして完結していたニュータニックスが、個別のサーバーやストレージ機器を用いる3Tier構成のサポートを開始し、新たなエコシステムを構築することで「Run everywhere.」の拡大を図ろうとしている動きには注目しておく必要があるだろう。
国内からも要望が強かった3Tier構成への対応
こうしたニュータニックスの新たな動きに対して、日本の顧客やパートナーはどのような反応を示しているのだろうか。.NEXT 2024には日本から70人ほどの顧客とパートナーが参加したが、ニュータニックス・ジャパンの金古毅社長によれば「デルとの提携に象徴される3Tierのサポート拡大に大きな衝撃を受けていた」という。以前に比べて総数は減ったものの、日本の顧客の中にはまだ「ニュータニックス=HCIアプライアンスベンダー」とイメージしている企業が少なくないが、今回発表されたデルやシスコとの提携強化は、そうした旧イメージを打破する大きなトリガーとなる可能性が高い。
ニュータニックス・ジャパン 金古 毅 社長
「かつてはせっかくNutanixを導入するのだからHCIで十分、3Tierはいらないという声も多かった。しかしここ1年ほどは“3TierでもNutanixを動かしたい”という要望、とくにパートナー企業からの声が大きくなっている。そういった日本の顧客/パートナーにとって、今回の.NEXT 2024の発表はかなり衝撃だったのではないか。ただし3Tierのすべてをサポートするわけではない。たとえばストレージの場合、IPストレージはサポートするが、それ以外は(現状では)やらない。3Tierのサポートにあたっては今後、そういった選択を積み重ねていくことになるだろう」(金古社長)
また、VMware環境からの移行を検討するユーザーの取り込みについては「日本でももちろん、移行先としてNutanixを検討している顧客やパートナーは多い。彼らからはNutanixが、移行にあたって生じるであろうさまざまなチャレンジを一緒に乗り越えてくるパートナーなのか、その姿勢を明確に示してほしいという期待を強く感じている。プレッシャーは大きいが、テクノロジーカンパニーの社員としてワクワクしているところでもある」(金古氏)と話し、国内でも移行の受け皿となるためのサポート体制を丁寧に構築していく考えを示した。
「アプリケーションを一度書いたらどこでも動く(Write Once, Run Anywhere)」というコンセプトは、30年近く前にJava言語が登場したころから理想のインフラ像として語られてきたが、Kubernetesの登場によってその実現が近づいてきたかに見える。
ラマスワミCEOに「ニュータニックスは本当に“Run Everywhere”を実現できると思うか」とたずねると、「当社の製品はすでに“Many Place(たくさんの場所)”で動いている。そういう意味では達成できている部分は多いが、新しいアプリや環境は次から次へと生まれてくる。顧客の要望を考慮しながら、その一つ一つに対応していきたい。われわれのジャーニーはエンドレスだ」という答えが返ってきた。そのジャーニーはいま、ブロードコムのヴイエムウェア買収により大きな転換点を迎えつつあるのは間違いない。