米SpaceX(スペースエックス)が開発した衛星ブロードバンドインターネット「Starlink」の法人向けサービス「Starlink Business」が日本市場での存在感を強めている。大手キャリア3社は多様なパートナーと手を組み、衛星インターネットと各社が有するアセットを組み合わせたサービスが徐々にそろいつつある。Starlink Businessは、海上やへき地といったITビジネスが展開しにくかった通信不感地帯を、新たな商機を生み出す「フロンティア」へと変える可能性を秘める。
(取材・文/堀 茜、藤岡 堯)
Starlink Businessとは?
Starlinkは数千機の低軌道周回衛星群によって構築されるインターネットアクセスサービスで、回線が整備されていないエリアや電波が届かない場所などでのブロードバンド接続を実現する。従来の衛星通信サービスに比べて大幅に高速・低遅延のデータ通信が可能となる点が強み。Starlink Businessは法人・自治体向けに提供するサービスで、専用アンテナの導入、帯域の優先によって、個人向けプラン以上の高速かつ安定した通信環境が利用できる。
KDDI
海洋DXのインフラに
KDDIは2022年12月、国内で最初にSrarlink Businessの取り扱いをスタートした。当初は地上向けのみだったが、23年7月には海上向けの「マリタイム」を発表。領海外での利用が可能になった24年2月以降、商船、漁船、旅客船などで活用が広がっている。
海上でのインターネット利用については、海況情報や気象情報を把握し、運航に役立てることに加え、乗組員に対する福利厚生の充実という側面がある。長期の船内滞在を余儀なくされる乗組員の間では、余暇時間における動画視聴やSNS利用、家族や友人らとの連絡などを目的としたインターネットへのニーズが強くある。KDDIのビジネスデザイン本部エネルギー・運輸営業部営業5グループの山下和・リーダーは「船で働く人の中には、Starlinkが搭載されている船を名指しして乗る人も多い」と実情を明かし、人材確保の観点から通信環境を整えたいという思いにもフィットしていると指摘する。
遠洋・近海漁船を複数所有する漁業会社の長久丸(三重県尾鷲市)は、近海一本釣りカツオ漁船にStarlinkを導入した。これまで使っていた衛星通信サービスは速度や通信量、コスト面などの課題があったが、Starlinkはこれらを解消。現在は通信量を気にすることなく、潮流や海水温、海中プランクトンの濃度、他船の位置といった情報をリアルタイムに収集できるようになり、漁業の効率化につなげている。また、乗組員の高速通信利用を可能としたことで、船内の労働環境改善にも大きく貢献しているという。
KDDIはマリタイムの間接販売を強化している。既存の取次代理店数社に加えて、24年4月には船舶用の電子機器・サービスなどを提供する古野電気(兵庫県西宮市)と業務提携した。ハード・ソフト両面で海事ソリューションを展開する企業との協業となり、山下リーダーは「顧客の課題解決のために、パートナーの業界に特化した価値あるアセットを組み合わせることは、ビジネス拡大に向けて大きな意味がある」と期待を寄せる。さらに7月2日には、Starlink Businessの販売パートナーにダイワボウ情報システム(DIS)が加わった。DISが持つ全国各地での営業網を通じて、より多くの顧客にサービスを届けビジネスを拡大したい考えだ。
KDDI 山下 和 リーダー
KDDIはStarlinkが海上DXのインフラとななり、市場はさらに拡大するとみている。船舶以外にも、海洋調査や洋上風力発電に関連する事業、洋上採掘現場などでの利用に関する問い合わせが寄せられており、山下リーダーは「洋上での活用シーンは増えていくのではないか」と展望する。
NTTコミュニケーションズとARAV
建設機械の遠隔操作に活用
NTTコミュニケーションズ(NTTコム)は24年6月、建設DXに取り組むスタートアップARAVとの協業による建設機械の遠隔操作・自動化ソリューションを発表した。ARAVが開発したアタッチメントをショベルカーなどに取り付け、NTTコムが構築した通信環境を介して操作する。通信回線は固定回線や5Gに加え、Starlink Businessにも対応する。
提供の背景としてNTTコムは、建設業界では、過酷な労働環境や人手不足、働く人の高齢化などにより、生産性向上や働き方改革が喫緊の課題となっていると指摘。建機の遠隔操縦や自動化による現場改善に大きな注目が集まっている点を挙げる。ソリューションの効果として▽建機の操縦者を物理的に危険なエリアから離すことによる危険作業の減少▽山岳部など通信の構築が難しいエリアでの遠隔操作の実現▽現場の無人化・省力化ーなどが期待できるという
説明会では、東京・大手町のNTTコム本社から、千葉県柏市に置かれた無人のショベルカーを動かすデモストレーションが披露された。オフィスで操作する人は画面を見ながら土を掘削したり、掘った土をトラックに積み込んだりし、遅延なく作業できることを示した。
実装にあたってはNTTコムがARAV側の技術と通信環境を一括で提供する。Starlinkに、メッシュWi-Fiの「PicoCELA」や映像伝送ソリューション「Zao Cloud View」などを組み合わせて通信エリアの拡大、映像伝達の低遅延化を図り、より最適な操作環境を用意することもできるという。
NTTコムのビジネスソリューション本部スマートワールドビジネス部スマートワークサイト推進室の小野文明・室長は「ARAVの技術を当社が通信によってサポートすることで、建設現場のDXを支援できる。NTTグループの総力をあげて最適な通信環境を提供する」と説明。拡販にあたってもNTTコムの営業部隊が対応するという。
NTTコミュニケーションズ 小野文明 室長
NTTコムがStarlink Businessを業界特化ソリューションの一部として提供するのは今回が初めて。小野室長は「建設向けのソリューションを発表したことで、他業種からも『こんな使い方はできないか』といった声が寄せられるのではないか」と述べ、さらなるビジネスの拡大に期待を寄せた。
アクティオとソフトバンク
関連機材含めパッケージレンタル
総合建設機械レンタルのアクティオは24年5月、ソフトバンクと業務提携を結び、Starlink Businessと関連機材のパッケージレンタル事業を開始した。アンテナ本体と共に、メッシュWi-Fi機器や発電機、ポータブルバッテリーなどを貸し出し、山岳地域や離島、電波が届かない高層ビル建設の現場などにインターネット環境を整備する。ユーザーにとっては、アンテナやルーターといった機材の運用や保管、ネットワーク構築などの手間が省けるメリットもある。
事業を立ち上げたきっかけについて、アクティオの営業本部レンタルDX営業部の川上修明・副部長は24年1月に起きた能登半島地震を挙げる。キャリア各社によるStarlinkを活用した被災者支援を通じて、その有用性を実感。自然災害の多い日本の特性を踏まえ、有事にも備えとなるStarlinkを商材に組み込めないか検討を開始した。
ただ、災害への備えとしてだけでは平常時の稼働率が確保できないため、自社の主要顧客層である建設業のニーズを探った結果、超高層階やへき地でのインターネット環境構築サービスに商機を見出したという。最近の建設現場では、連絡用途以外でもさまざまな場面でタブレットを中心としたデジタルツールが用いられており、不感地帯での通信の確保は課題になっているようだ。
アクティオ 川上修明 副部長
アクティオは元より、通信関連機器の貸し出しを手掛けており、この分野でのノウハウや技術を豊富に有している。川上副部長は「Starlinkだけを貸し出すのでは商売になりにくい部分もある。そこから先のネットワーク環境も含め、アクティオが持っているものをトータルで提供できるのではないかと考えた」と語る。
サービス発表後の反響は大きく、本年度は50台のアンテナを用意していたが「見立てが甘かったのではと思うほどだ。非常に問い合わせが多く、好調な滑り出し」と川上副部長は話す。大手ゼネコンから中堅・中小企業に至るまでまで広範な層から関心が寄せられているそうだ。今後は市場への訴求を強化し「25年度には数百台規模まで扱えるようにしたい」(川上副部長)と意気込む。
さらに、NTN(非地上系ネットワーク)を活用したサービスが市場に広がっていることを受け、アクティオとしてもNTNによる独自のサービスを展開したいとの将来像も描いており、ソフトバンクと共同でさらなるビジネス伸長を図る考えだ。